表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルデナの祈り  作者: 春乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

18/29

第18話 新しい居場所

カーテンの隙間から、ほのかな光が差し込んでいた。

ふと目が覚める。


(……あれ? ここ……? そうだ……本邸にいるんだった)


見慣れない天蓋が視界の上に広がっていて、急に落ち着かなくなり、静かに身を起こした。


(セラは……また見回りかな?)

夕べ落ち込んでいた白猫は、さっそく出かけてしまったらしい。


昨日は、本当にいろんなことがあった。

咄嗟の行動だったけれど、セラフィナ様を守れた。それだけは胸を張っていいと思う。


学園の寮に入る前までは、ほとんど言葉を交わしたこともなかった。

それなのに、セラフィナ様が私を見る目には、いつもどこか――悲しみの色があった。


(何かあるのかな?って思っていたけど、親友……母様を思い出していたのね)


そっと息を整えながら、身支度を始める。


「それにしても、この部屋セラフィナ様が準備したんだろうなぁ。母様の趣味そのまま」


まだ両親と暮らしていた小さな家を思い出す。もちろんこの部屋の家具は高級品だけど、雰囲気が似ている。


そんなことを思いながら、身支度を終えたころ、控えめなノックが響いた。


「エルリーナ様、おはようございます」


聞き慣れた声に扉を開けると、オルガが入ってきた。

目が合った瞬間、少しだけ肩を落とす。


「ああ……もうお仕度を終えられていたのですね」


「うん。今日は早く目が覚めちゃって」


「……そうでしょうけれど……」

口元に苦笑が浮かぶ。

「本邸なんですもの。こういうときくらい、私にお世話を焼かせてください」


その言い方がどこか嬉しそうで、少し悔しそうで、思わず笑ってしまう。


「ごめんね。もう習慣になっちゃった。でも、髪はオルガに結ってほしいな」


「……そういうことを言われると、許してしまいますわ」

と、小さくため息をつきながらも、結局は嬉しそうに道具を取り出す。


そして、話をしながら髪をオルガに任せていると――


「え?……朝食を私も一緒に?」


思わず振り返る。

手を止めたオルガが、微笑みながらこちらを見る。


「はい。本邸に滞在されている間は、基本的にご家族とご一緒ですよ」


「そ、そんな……聞いてないよ……」


急に緊張が押し寄せ、思わず背中が丸くなる。

すると、オルガが軽く肩を叩き、すっと手で背を押し上げた。


「背筋を。エルリーナ様は令嬢なのですから」


「う……うん……」

ぎこちなく正した姿勢のまま前を向くと、オルガが柔らかく笑った。


「大丈夫ですよ、エルリーナ様。昨夜の話し合いを拝見しておりましたが、以前とは全然違いましたよ」


そうかな?と思いながらも――

「でもやっぱり緊張するっ!」


つい声が上ずると、オルガがふっと笑った。


「けれど、背筋がとてもきれいに伸びて、立派な令嬢に見えます」


「それ、オルガが後ろから押したからでしょ?」


言い返すと、オルガが一瞬きょとんとして──すぐに、くすっと笑い出す。


「まあ……確かにそうでした」


「でしょ?」


顔を見合わせて、ふたりで小さく笑った。

緊張がほんの少しだけ、ほどけていく。


♦︎♦︎♦︎


オルガに先導されながら、ダイニングルームへ向かう。

扉を開けると――大きなテーブルには、すでに伯爵夫妻とルーカス兄様の姿があった。


「お、おはようございます。お待たせしてしまい、申し訳ありません」


「エルリーナ、おはよう。大丈夫だ。私たちが早く来ただけだから、気にしなくていい」

と、マーカス様がどこかぎこちない面持ちで言う。


「おはよう。昨夜の話を父上と母上から聞いたよ。もう、前みたいに距離を置かなくても良さそうだね」

と、ルーカス兄様が穏やかな笑みを向けてくる。


「エルリーナ、おはよう。よく眠れた? どこか痛むところはない? 朝食が済んだらお医者様が来るから、ちゃんと診てもらいましょうね」

と、セラフィナ様も少し気を遣いながら声をかけてくれた。


――なんだか、不思議な光景。

あまりに家族らしくて、思わず目を丸くしてしまった。


オルガに促され、セラフィナ様の隣へそっと座る。


すると、マーカス様が一度咳払いをしてから、まっすぐこちらを見た。


「その……あれだ、少しずつでいい。無理にとは言わない……ゆっくりと関係を修復したいと思っている」


「父上、さっきから緊張してない? 顔がちょっと……硬いよ」

と、ルーカス兄様が苦笑する。


「あなたは緊張すると、顔が怖くなるのよね」

と、セラフィナ様まで微笑みながら続けた。


「しょ、しょうがないだろう?」

と、マーカス様がわずかに赤くなって視線をそらし――

そのやり取りに、思わず笑ってしまった。


「……ふふ、ありがとうございます。こちらこそ、よろしくお願いします」


三人は、私の言葉に少しほっとした表情を見せた。


そのあとは、さっきまでの勢いが嘘のように落ち着いた空気になり、私の負担にならないようにと、会話が続いていく。


まだ少しぎこちないけど、いい関係を築いていきたいと思った。


♢♢♢


朝食を終えて自室に戻り、しばらくすると女性のお医者様がいらっしゃった。


落ち着いた手つきで診察が進み、頭の傷も丁寧に確認される。


「急激な魔力の使い過ぎと疲労、そこに衝撃が重なって倒れたのでしょう。傷は思ったほどではないので、大丈夫ですよ」


そんなふうに告げられて、ほっとする。

昨日のことを思い返して緊張していたけれど、ひとまず安心していいらしい。


「明日、上級生の試験……見に行っても大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。ただし、無理はしないようにしてください」


「はい、わかりました。ありがとうございます」


お医者様は、この後ハロルドを診てから帰ると言い、部屋を後にした。


「ねえ、オルガ。伯爵家にいる時は、離れで過ごしたいんだけど……無理かな?」


「そうですね……」


そんな会話をしていると、控えめなノックが響いた。

オルガが扉を開けると、マーカス様だった。


「入ってもいいか?」


「どうぞ」とオルガが下がると、マーカス様は静かに部屋へ入ってきた。


「医者から、体調は問題ないと聞いた」


そう言いながら、いつものように少し表情が固い。ソファから立とうとした私を、手で制して座らせたまま、向かいに腰を下ろす。


「その……明日の上級生の試験だがな。ルーカスが出ることだし、セラフィナと私と……三人で見に行こうと思う。もし体調が良ければでいい。無理はさせない」


「えっと……私も一緒に、ですか?」


「もちろんだ。……その、家族として、だ」


今まで、自分は嫌われていると思っていたけど、そうじゃなかった。

まだ緊張してしまうけど、ちゃんと向き合うと決めた。


「ありがとうございます。ご一緒させてください」


マーカス様は短くうなずき、安心したように息をついた。


「……そうか。では、明日は無理せずに行こう」


不器用な優しさが胸に染みて、私はそっと微笑んだ。


「あの……お願いがあります」


「なんだ? なんでも言ってくれ」


「伯爵家にいる間は、離れで過ごしたいんですけど……だめでしょうか?」


「っ!……やっぱり、私たちと過ごすのは嫌なのか?」


私は思わず、首をぶんぶんと横に振った。

「違います! お祖父様の書斎に、まだ読んでいない本があって……それに、オルガたちとパンを焼いたり、バルドと鍛練をしたりしたくて……」


勢いで言ってしまったけれど、貴族らしい過ごし方ではない気がして、だんだん声が小さくなる。


「本か……父上が集めていたものだな。パンを焼けるのか? すごいな……。バルドと鍛練も……なるほど」


マーカス様はしばし黙り込み、視線を少し落とした。

考え込んでいるような、言葉を選んでいるような、そんな静かな間が流れる。


やがて、ゆっくりと顔を上げた。


「……わかった。離れで過ごすこと自体は構わない。ただし――」


その声音は穏やかで、けれど父親らしい厳しさも少しだけ混じっていた。


「長期休暇に入ったら許可する。朝食と夕食は本邸で取ること。家族だ、顔を合わせる時間は大事にしたい」


「……はい」


「それと、夜は必ずこの部屋で休みなさい。離れに泊まるのは認められない」


「わかりました」


「離れで過ごす時は、オルガとミリアを同行させる。無理をして体調を崩さないように」


その言葉のひとつひとつに、学園に行く前と変わらない日常を守ろうとしてくれている優しさがにじんでいた。


「はい……気をつけます」


「鍛練は――医者から許可が出てからだ。焦る必要はない。元気になってから、ゆっくり再開すればいい」


「はい、わかりました」


マーカス様はようやく安心したように小さく息をつき、

「それなら問題ない」と優しくうなずいた。


少し迷いながら、私は口を開いた。


「それから……たまには、マーカス様もお祖父様の書斎にいらっしゃいませんか?」


「え? 父上の? ……なぜ?」


驚いたように目を瞬かせるマーカス様に、私はそっと続けた。


「お祖父様の日記があるんです。だから……読んでいただきたくて」


お祖父様が残した想いを、マーカス様にも知ってほしい――そんな気持ちが自然とこぼれた。


マーカス様は、少し戸惑い咳払いをする。

「あ、うん……時間ができたら、行ってみよう」

そう言って立ち上がり、扉の前で一度だけ振り返る。


「それじゃあ、また。ゆっくり休むように」

その穏やかな声が、そっとあたたかさを残して部屋から去っていった。


(離れの書斎に行きたいな……ちょっと本を取ってくるくらいなら――)


「エルリーナ様、離れにはまだ行けませんよ。旦那様が長期休暇の時と、おっしゃられていましたよね?」


心の内を言い当てられて、苦笑いする。

「うぅ……わかりました」


素直に頷くと、ふっと力が抜けた。

無理をしなくていいと、みんなが言ってくれる。

その安心感に包まれながら、本邸での時間に身を委ねた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ