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エルデナの祈り  作者: 春乃


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第16話 守る手と残る疑問

一年生の剣術・騎士科が試験の準備を始めるころ。

私たち魔術科は、待機場所で出番を待ちながら、演習場の観覧席を何となく眺めていた。


ふと視線を上げた瞬間――胸がぴたりと止まる。


(……えっ、オルガがいる!)


観覧席の中央あたり。

高位貴族用の席に、イグナリエル伯爵夫妻の姿があった。


マーカス様はいつも通りの端正な姿勢で前を向き、

隣のセラフィナ様は、どこか緊張したように表情を固くしている。

そして、その背後に控えているのは――


エリオットと、オルガだった。


(いつも、一緒にいるのはハロルドとマルタなのに、めずらしい…… でも、嬉しいな)


「エルリーナさん、どうかしたの?」

振り向くと、ルイス様がいた。

「あの、観客席をみていました」


「上級生の試験が始まったら、満員になると思うよ。私たちは前座みたいな感じだからね」


ラファエル様が肩をすくめ、観客席に視線を向ける。

「あ……セレーネだ」


「え、どこ? あっ、いた! やっぱり綺麗だな。ラファエル! 従姉だからって、オルディアス公爵令嬢様を呼び捨てかよ」

ルイス様が半分呆れたように言いながらも、視線はしっかりセレーネ様を追っている。


「第二王子殿下の婚約者になってからは、あまり会えていなかったからさ。後で挨拶に行こうかな」


「ラファエル様! 私もお供します!」


「えー……しょうがないな、わかったよ、ルイス」


「やったぜ!」


(第二王子殿下って……たしか、生徒会長の人)

二人のやり取りは賑やかで、待機場所の緊張を少し和らげてくれた。


目の端には、相変わらず伯爵家夫妻とエリオット、そしてそわそわと周囲を見渡しているオルガの姿。

それを見ていると、胸の奥がふっと温かくなった。


(よし……頑張ろう)


ちょうどその時、教師の声が演習場に響いた。


「一年生、剣術・騎士科――前へ!」


場の空気が一変し、騎士科の生徒たちが二組ずつ結界内へ進む。武器を構え、互いに呼吸を合わせ、緊張と期待が混ざった空気が場を包む。


私たちは待機場所でその様子を見守りながら、次にやってくる自分たちの出番を意識し、自然と姿勢を正した。


制限時間は一試合15分。結界は二つのエリアに分かれ、それぞれのエリアに一組ずつ入る。魔道具から現れる仮想魔物と戦う一年生の相手は、比較的弱い魔物だ。


剣術・騎士科の試験が始まると、結界の内側に淡い光が満ち、魔道具が作動する低い音が響いた。



「次、魔術科だよね。準備しておこうか」

ラファエル様が声を落として言うと、周囲の空気が少しだけ引き締まる。

私も深く息を吸い、胸の奥に宿る魔力をそっと確かめた。


(見ていてくれる人がいる。……頑張らなくちゃ)


「さぁ、みんな!準備はいいか?」

ヴァレンティス先生の低い声が鋭く響く。


「練習してきたことを思い出して、落ち着いてね」

フェルン先生の優しい声が心にしみる。


先生方の声で、待機場所の空気が一気にひとつになった。

緊張している子もいるけれど、それ以上に “ここまでやってきた” という確かな実感が場を支えている。


「一年生、魔術科――前へ」


呼ばれた瞬間、緊張が広がる。


「行こう!ラファエル、エルリーナさん」


ルイス様の声に、背筋が伸びる。

ラファエル様も静かにうなずき、三人で歩き出した。


観客席のざわめきが遠くなり、結界へ近づくほどに、周囲の魔力の流れが肌に触れる。

深呼吸をひとつ。


(大丈夫。やれる)


結界内に魔物が姿を現した瞬間、ルイス様がぐっと前へ踏み出した。

彼の足元には、土の魔力が淡く揺らぎ、重心がどっしりと沈む。


「こっちは任せて。二人は後ろを頼む!」


魔物が飛びかかり、鋭い爪が振り下ろされる。

ルイス様は地面の魔力を引き上げるように、厚い土の壁を作り出して受け止めた。

鈍い衝撃が響くが、彼は微動だにしない。


(前衛の安心感って、こういうものなんだ……)


その隙に、ラファエル様が横から風を巻き上げる。

鋭い風の刃が空気を裂き、魔物へと飛んでいく――


――はずだった。


刃の縁がわずかに揺れ、軌道がぶれた。


(あ……このままじゃ、逸れる)


私はそっと手をすべらせるように魔力を伸ばす。

水属性の、自分でもほとんどわからないほど薄い魔力。

風と混ざり合いやすい“湿り気”を乗せて、流れを静かに整えた。繊細な魔力操作に、神経が削られる。


風は軌道を取り戻し、そのまま魔物の足元へと滑り込んだ。


「……助かったよ、エルリーナさん」


かすかな声が、風に乗って届く。

ルイス様は何も気づかず、ただ前に集中している。


「今だ、押し切るぞ!」


彼が土の魔力を足元に集めて踏み込み、魔物の動きを強引に止める。

ラファエル様は続けて風を重ね、私はその流れが途切れないよう水で補助する。


風が鋭さを増し、水がその軌道を滑らかに導く。

三人の呼吸が自然に一致し、一瞬で決まった連携。


制限時間より早く魔物は光の粒となり、静かに消えた。


結界が落ち着きを取り戻すと、観客席から控えめな拍手が起こる。

一年生へのものとしては十分な反応だ。


(ちゃんとできた……よね?)


胸の奥の緊張がほどけると、前を進む二人の背中が、いつもより少し頼もしく見えた。


一年生の試験が終わり、結界の空気がゆるやかに落ち着く。観客席では歓声が途切れず、演習場のあちこちで生徒たちが笑顔を交わしている。


私は、自分の胸の内を整理しながら、少し離れたところで立ち止まった。


(オルガに会いたいな……でも)


迷いながらも、深く息を吸い、そっと足を前に出す。観客席のざわめきと、二年生の試験に向けた緊張感が、自然と背中を押してくれる。


(少しだけでも……顔を見に行こう)


そして、二年生の試験が始まるまでの休憩時間、私は観客席へ向かった。

けれど、セラフィナ様のそばにオルガの姿は見えない。どうやら、お茶の準備に行っているようだった。


マーカス様とセラフィナ様は、隣に座る貴族と穏やかに会話を交わしていて、私には気づいていない。

その少し後ろでは――


エリオットがマーカス様の従者として、相手貴族の従者と何かを確認していた。

(あの様子……予定の確認かな?……近づきづらいな)


そう思った瞬間――魔道具から鋭い音が響き、結界のない場所に仮想魔物が出現した。


「え?うそ……なんで?」


教師たちは慌てて制御しようと動くが、仮想魔物が飛ばした石のいくつかが、セラフィナ様のいる辺りに向かって飛んでくる。

「きゃーっ!」

周囲の観客席からも驚きの声が上がる。


(危ない!)


思わず体が動き、前に走った。手のひらから水魔術を広げ、石を受け止めてセラフィナ様がいる辺り全体を守る――しかし、石の勢いは強く、防ぎきれずに私の頭を直撃した。


「うっ……!」


痛みが頭を突き抜けた。その瞬間、マーカス様の鋭い声が耳に届く。


「エルリーナ!ラフィ!」


(守れた……よね。 ……ラフィって?)


視界の端でセラフィナ様が無事なのを確認した途端、胸の奥がふっと軽くなる。

鈍い痛みが広がる中、その安堵に意識が引きずられるように、ゆっくりと沈んでいった。


♦︎♦︎♦︎


うっすらと意識が戻る。どうやら、救護室のベッドの上らしい。

まだ頭の奥に鈍い痛みがあり、体が重い。あの後、倒れていたのだろう。


耳に届くのは、泣き声と落ち着いた声――セラフィナ様とマーカス様だ。


「どうしよう……オリィになんて謝ればいいの?」

「ラフィ、落ち着きなさい。エルリーナの傷は大したことない。さっき医者が言っていたじゃないか」

「で、でも……」

「咄嗟の行動と、疲れが重なっただけだ。すぐに目を覚ます。兄さんの娘だ、そんなに弱くない」


(え?……なんの話?)

そう思いながらそっと目を開けると、右手があたたかいことに気づいた。


「……オルガ?」

「リーナ様!! リーナ様が目を覚ましました!」


今にも涙がこぼれそうな顔で、オルガが私の右手をしっかり握っていた。

私はその手をぎゅっと握り返し、そっと微笑む。


ベッドのそばには、マーカス様の姿もあった。

「エルリーナ!……よかった。もう少し横になっていなさい。エリオット、医者を呼んできてくれ」

「はい。承知しました」


セラフィナ様は涙を拭いながら、静かにこちらを見つめる。

「エルリーナ……」


(うーん……どういうことだろう?)


その後、お医者様にもう一度診てもらい、頭の傷は問題ないと確認された。体調も落ち着いている。


「大丈夫ですね。無理せず安静にしてください」

そう言われ、私はゆっくりベッドに腰を下ろした。


しかし、次に告げられたのは――寮ではなく、イグナリエル伯爵家に連れて行かれることだった。

(え……どうして? 寮じゃないの……?)

オルガはにこやかに私を見つめ、すぐそばで待っていた。


「さぁ、馬車にお乗りください」


気になるのはセラのこと。

(セラ、大丈夫かな……?)

『大丈夫だ』

どうやら、ちゃんと付いてきているみたいだ。

胸に響く声に少し安心し、私は馬車の揺れに身を任せながら、伯爵家へ向かうのだった。


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