短編版 ワルイ人
授業終わりの放課後。今、俺はなぜか壁ドンをされています。
金髪のロングヘアに、首から頬に掘られた、蝶と蓮の入れ墨。
雨川高校に通うこの男、蝶乃空音は、この雨川地区を仕切る極道組織、蝶乃組の一人息子。
学校内で教師、生徒含め多くの人に恐れられている。
俺、水口流も、もちろんこいつのことを恐れている。
それなのに……。
「お前、流だっけ……。親が確か政治家なんだっけ」
「わかっているなら、離れてほしいな、俺は世間体を気にしないとい
けないんだから」
「……そーかい。わかったよ」
空音は、頭をポリポリとかきながら生徒玄関の方に歩いて行った。
俺は不良が大嫌いだ。
*
「ただいま帰りました」
高い柵に囲まれた大きな屋敷。水口家が住む屋敷。
自分よりも二回りほど大きい扉を引き、開ける。
「おそかったな、流」
玄関の先にいたのは、この家の主、国会議員の水口正。俺の大嫌いなクソ親だ。
こいつのお陰で、飯には困らない。でも、それ以外は本当のゴミだ。
プライベートの時間もないし、人間関係もすべてこいつに管理されている。
こいつの口癖は「私の顔に泥を塗るな」。
俺という存在は、こいつによって作られたクソみたいな存在だ。
「もう、学習時間は過ぎている。一体外で何をしていた」
「勉強時間なので、勉強してきます」
「父親の話も聞けない餓鬼に育てた記憶はないぞ」
何と言おうが、俺は無視を貫く。
正直、こいつの言いなりのこの生活に俺は限界を迎えていた。
「……全く」
おれは部屋に戻った。ベッドと、机と参考書だけの無機質な監獄。
そこで、俺は一度深い溜息をついた。
*
次の日、教室で空音が話しかけてきた。
「お前、ちょっと付き合えよ」
授業が始まるほんの少し前、そんなことを言ってきた。
「昨日も、言っただろう?俺はお前と話す気はないと」
あっそ、と言いまた空音は自分の席についた。
前から、思っていたがこいつ、授業とかはちゃんと受けるよな。
「お前ら、席につけ~」
そうして、先生が教室に入ってきて授業が始まった。
午前の授業はつつがなく進み、昼休み。
「流。ちょっと来い」
空音は俺の首根っこをつかんで廊下に引っ張り出す。俺は必至に、抵抗し何とか昼飯の弁当をとることに成功した。
連れてこられたのは、屋上前の踊り場。
俺の目の前に立つこいつは、威圧感がある。
「……で、何の用だよ」
こいつに、力で勝てるはずがないのは分かっていた。だから諦めて、こいつと昼飯を食うことになった。
「おまえ、俺ん家来いよ」
極道の家に?なんで、俺が。まさか、殺される?
いつも、俺は弱みを人に見せるなと言われている。だから、空音にもほかの人のように接していたがそれが良くなかったのか?
頭の中はもう、グルグルと回り続ける。
すると、突然、空音は俺の制服を捲り上げる。
「なにすんだよ⁉」
空音はやっぱりと言い、制服から手を放す。俺はすぐさま制服を正す。
「俺は、親父にこう教わったんだ。困ってる奴はどんな奴でも助けてやれって」
「俺は、困ってなんかない」
「本音を言わない奴が困ってないわけないだろ?俺に嘘ついても意味ないぞ」
空音は、何事もないかのように、購買のパンを齧っている。
その姿がだんだん腹立たしくて……。
「お前に何がわかるんだよ‼」
俺は、周囲の目も気にせず、空音の胸倉をつかんだ。
「おーおー、まるでヤンキーじゃん。流くん」
空音の顔は、さっきまでの飄々としたものではなく、怒りを感じる恐ろしいものに感じた。反射的に口に出るのはごめんごめんと、永遠とこぼしていた。
「その怒りを向ける相手は、俺じゃないし。謝る相手も俺じゃないよ」
その声は、優しく。心の熱を冷ましてくれる。
空音は、残りのパンを一口で平らげ、階段を下りる。
「じゃあ、放課後な」
取り残された俺は、俯き、ただ弁当を口に運んだ。
腹がズキズキと痛む。
誰にも知られたくなかった、知られてはいけなかった。俺だけの秘密。
――水口流は虐待されている。
*
放課後、空音の少し後ろを歩き数十分ほど歩いた。目の前には和風な屋敷があった。
一目でわかる、周りとの空気感が違う、この異世界感。
「いつもお疲れな、親父いるか?」
門の前に立つ若い男と、空音が何か話をしている。
「流、行くよ」
言葉遣いといい、所作といい、こいつは何もかもが丁寧だ。
門を潜り抜けるときに、若い人にお辞儀をされたが、どこか堅苦しい。というか、極道ならではの威圧感?みたいなの感じる。
「ただいま。カシラ~、ちょっと相談が……」
お邪魔しますと一礼して、屋敷に入る。木造の内装は、檜の鼻を抜ける香りが広がるし、ぱっと見大きい、和風の家という内装だ。もっと極道って、日本刀がドンッって感じで置いてあるものだと思ってた。
「空坊が同級生連れてくるなんて初めてだな」
「どうしても、カシラ達の力が必要だったんですよ」
「ほう……なにがあった」
「……あの」
なぜか、声が出ていた。目の前にいるスキンヘッドの男が怖かったからじゃない。というかむしろこの人はすごい安心する人だった。
でも、何故か分からないけど、自然と声がこぼれている。
「俺を、ここに入れさせてください」
頭を下げた。深く長く。空音は少し驚いていたようだが、目の前の男はドンと構えていた。そしてその眼は、鋭く、優しい目から、人を殺す人殺しの目になっていた。
「……俺は、親に虐待を受けてきました。親の言いなりでこの年まで友達もいなかったし、全て親に決められた人生を過ごしていました」
目の前の、恐怖に、声が震える、指の先までガタガタと音を立てて震える。
「……それ以上は良い。ひとまず、しばらくは客室を開けてやる。そこで寝な」
「ありがとうございます!」
「ただし、親元を離れるならそれだけの覚悟をしてもらう」
「……小指とか落とすんですか?」
「ブッ……ガハハハッ! お前、面白いな気に入ったよ」
「ひとまず、後で親父と一緒に説明するから、こいつ部屋に通していいすか?」
「おう、親父が来たら呼ぶわ」
「ありがとうございます。カシラ」
どうして、笑われたのか、分からないけど。訳も分からず、俺は部屋を後にした。
親に反抗した。家出した。それだけで、心臓が爆発しそうなのに、こんなことになったら……。その後の記憶はすっかり抜けていた。
*
次の日、小刻みに響く包丁の音と、何かが焼ける音が響く。鼻孔を小麦が焼ける香りがつつき、俺は目が覚めた。
「おはようございます」
キッチンの方に進むと昨日門に立っていた若い人が数十人分の朝食の準備をしていた。
「何か手伝わせてください」
「いえ、大丈夫ですよ」
「いや、でも……」
「いいじゃん、こいつしばらくここに居るんだし、少しぐらい手伝ってもらえよ」
「空音さん……」
そんな話をしながら、朝の時間を過ごした。
*
朝食を食べた後、俺と空音は、昨日と同じ部屋に通された。
「今日は、お前ら学校休め」
中に入っていきなり、スキンヘッドの人にそう言われた。
「でも、そうしたら……」
「冷静に考えてみな?今学校に行ったらまた親のところに戻るかもしれないぞ」
聞いた話だと、昨日の夜、空音が俺のことをこの人たちに話したらしい。
その結果、学校に親が乗り込んできているかもしれない。だから安全に考慮して休んだ方がいいとのこと。
「君の親のことは早急に対応している。問題が解決したらちゃんと学校に行ける。それまでの辛抱だ」
いつまでも、でも、でも。と親の束縛から離れられない俺を、根気強く説得してくれた。
結局、家で二人で勉強や家事の手伝いをすることでお互いに話が付いた。
「そういえばさ、なんで空音は俺の事気づいていたの?」
二人で向き合って勉強中、そんな話になった。
「そりゃ、ここは生傷の絶えない場所だから、怪我してるってのはなんとなくわかるよ。それに流は、時々腹抑えてたし」
「ばれてたのか……」
「だから、親父の教え通りに、お前に声かけた」
「そっか……」
雑談はすごく弾んだ。今まであまり友達のいなかった俺にとって、ここまで会話が弾んだのは初めてで楽しかった。
いろんな話をして、あっという間に時間が流れた。
空音は、組のために会計の勉強をして、この組の役に立ちたいと思っているようだ。
「俺の夢は、話したよ。お前の夢は?」
「俺の夢か……」
考えたこともなかった。親の言うとおりに生きていくものだと諦めていたから。
「夢は、まだない。でも、一晩の恩しかないけど、個々の人たちに恩返しがしたい」
へぇ、と空音は笑った。
まだ、何も解決したわけではない。
でも、空音と出会って、確実に俺の心境に変化があった。
この変化が、一体どんな未来に導くのか分からないけど、それを見ていくのも楽しそうだ。
――これは、不良みたいな優等生と、優等生を演じる不良が、成長していく物語。