第三十八話 恒星クジラは天球を見る
出現の日から比べると、世間は大分と冷静さを取り戻している。クジラフィーバーの熱はまだ収まっていないが、全人類がそれを見るような状況では無くなった。
そんな中で、俺はふと気づいた事がある。
これだけ大きなウェーブが生じているのに、宇宙に関する場所に行っていない。体験経験、一切してない。精々が部屋のベランダから月とクジラを見ただけだ。
すぐ隣の変な少女に振り回されていたせいで忘れていたが、こういう時にこそ宇宙関係の施設やイベントを取材するべきじゃないか! 何してんだよ、俺!
という訳で、セイを引き連れて外に出た。
航空宇宙博物館。
人類の宇宙への挑戦を展示している場所だ。恒星クジラの出現後から来館者が凄まじい程に増えているようで、建物の中は人で一杯だ。
恒星、惑星の解説。スペースシャトルと宇宙服、日本人の宇宙飛行士たちの紹介。人工衛星の大型模型もある。
そして、それらの展示の真ん中にクジラの模型があった。
とはいえ出現からひと月も経過していない。模型は手作り感溢れる物であり、おそらくは博物館の職員の方が頑張って作ったのだろう。特徴的な四枚の胸ビレや六つのライトグリーンの目、地球上のそれとはまた違ったクジラの特徴をよく捉えている。
地球からの距離、月からの推定距離など、現時点で分かっている事が紹介されている。まだまだ研究も何も始まっておらず、不確定な事が多すぎる。しかしだからこそ、人々の好奇心を誘うのだろう。
来場した人々はその模型を背にして写真を撮っている。今しか撮れない写真、将来の記念になるであろう記録だ。百年後には夜空にクジラが居るのが当たり前で、いなかった頃は博物館で紹介されるような事になるのだろう。
そんな当事者である少女は、自身を模して作られた模型をジッと見つめている。
宇宙にある自分とそれの間違い探しをしているのか、それとも自分はこういう姿なのだと再確認しているのか。やっぱりメモが飛んでこない限りは考えがよく分からない奴である。
展示を見ながら館内を進む。
その中でふと、とある解説板の前でセイが足を止めた。
「どうした?」
彼女の隣に寄り、その目が映す物を俺も見る。
太陽系の外から来たセイ。その反対で地球から太陽系の外へと向かって飛んでいった、今もっとも遠い場所にある人工物。太陽系外の探査の為に打ち上げられた孤独の旅人『ボイジャー1号』の説明が書かれていた。
孤独に宇宙を行く姿に、セイは共感したのだろうか? まさかとは思うが、ここへ来る途中に挨拶でもしてきたのか?
たしか彼は今、太陽系の果てに居るはずだ。恒星クジラが初観測された場所は太陽系の外、セイが太陽系ひいては地球に興味を示した理由がそれだったとしたら何ともロマンがある話だ。
「なあ、セイはボイジャーに会ったのか?」
『会った、ちょっと治療もした』
「治療……? 何したんだ?」
『色々壊れてたから直してあげた、ついでにぱわーあっぷ』
「マジか」
まさかの情報が出てきた。
人間の力など及ぶべくもない存在に手を加えられたボイジャー1号、今どんな状態になっているのだろうか。少なくとも人類が想定していた限界を遥かに超える事は間違いない。
人類換算では気の遠くなるような、セイには瞬きするような、そんな時間をかけて彼はどこかに辿り着くんだろう。彼女が来るまで考えた事も無かったが、壮大すぎるロマンの塊だな、宇宙ってのは。
いつの間にか遥か遠い所を行く宇宙ロマンの塊と自分が、セイという存在を通して繋がっていた、なんともおかしな話だ。
そんな不思議な縁を感じながら、俺達は残りの展示をぐるりと見て回った。
プラネタリウム。
星空を投影した天球とその解説。それを椅子に掛けて体験する場所である。宇宙を真っ向から感じられる、そんな施設だ。
入館料を支払い、俺達は隣り合わせで椅子に掛ける。やはりここもクジラ出現以降は人気なようで、座席の殆どが埋まっていた。
上映時間となり、館内の照明が落とされて俺達は宇宙の闇の中へと進入する。光の粒がぽつぽつと天球に生じ、座席に掛ける者を照らしてくれた。
天体の解説が始まる。
地球から見える星々は遥かに遠い場所にある。俺達が見ている光が何万年も前の物である、というのも当然の事だ。地上からそれを観測した先人たちは星を結び、星座として後世に記録を残したのである。
そしていま、そんな歴史の解説を俺が聞いている。人類史は四千から五千年程度、古代人が見ていた宇宙と現代人が見るそれはそこまで変わっていないのかもしれない。
そう考えると歴史は繋がっている事を実感する。地動説天動説で争っていた時代も宇宙はそこにあり、地球はずっと回り続けてきたわけだ。
…………その間、セイはどこで何をしていたのだろう。
星が満ちた天球を観測する隣の彼女を見る。ライトグリーン瞳は、その中に星を宿したかのように光を放っていた。今回は自身で光っているのではない、太陽の光を受けて輝く月の様に光を反射しているのだ。
セイが俺の視線に気づいて、首を回してこちらに顔を向けた。
解説が次へと移る過程でプラネタリウムに闇が満ちる。
その中で俺と彼女は互いの目を見ていた。




