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第三十二話 恒星クジラは朝市へ

 朝早くに目を覚ました。


 時刻は午前七時、普段よりも少し早い朝である。ベッドから起き上がり、目を擦りながらもグーっと伸びをした。少しだけ覚醒、フラフラ歩いて洗面所へと向かう。


 鏡を前にして自分を見ると、何ともけた顔をしていた。蛇口をひねって水を出す。まだまだ引っ付いている睡魔を振り払うために、手で器を作ってバシャリと顔を洗う。


 二度三度そうすると、綺麗さっぱり眠気は飛んでいった。タオルで顔に付いた水気をふき取り、今度は歯ブラシに歯磨き粉を付ける。シャカシャカと歯を丁寧に磨いて、睡眠中に生じた口内の汚れを掃除した。口をゆすいで、ヨシ終わり。


 その他諸々の準備を終えて、ユニットバスルームからベッドの方へと戻る。


「おーい、起きろー」

『うーん、あと五分……』

「駄目です、さっさと起きなさい」

『悪魔めー』

「そもそもお前、人間みたいに寝ないだろ。あとメモ飛ばしてる時点で起きてるじゃねぇか」


 受け取ったメモを見ながら俺は言う。


 『あと五分』の後にご丁寧に『……』を書き、悪魔と俺を呼称したメモにはめちゃくちゃ精巧に悪魔の絵が描かれている。ここまでやって寝ている、微睡まどろんでいるなど有り得るわけが無い。


 布団を引っぺがし、さっさと服を変える事を命ずる。ぶーぶーと文句を言いいながら、いや『ぶーぶー』と書かれたメモを投げつけるように俺に飛ばしながら、セイは服装を変える。


 不満タラタラのセイは鬱憤を晴らす様に、丸めて野球ボール大にまで圧縮された掛け布団を俺に向けて射出。白い弾丸はドムリと俺の腹にめり込んだ。






 腹の中に何も入っていなかったのが幸いして、部屋を汚さずに済んだ俺。しかし空きっ腹ゆえにそれは鳴き声を上げる、空腹なのだ。


 ホテルの宿泊プランで朝食付きにして済ませる事が多いのだが、今日に関しては違う。何故なら、ホテルから少し行った所で朝市が行われているから。そしてそれと同時に朝食を提供するお店も多くあるのだ。


 折角ならその地特有のお店で食事にしたい。セイほど食い意地は張っていないが、記事のネタにもなるし、やはりグルメは需要の大きいコンテンツである。


 朝市を目当てにする人々と同じく、俺達もまた道を行く。川沿いの道に、昨日は無かった簡易な露店が出現していた。並ぶ新鮮野菜などが観光に訪れた人々の目を惹いている。


 だがそちらは後、まずは朝食だ。


 開かれている朝市のすぐ近く、というかその最中。おにぎりと豚汁を出すお店があった。ガッツリではなく程々、朝市の風景を副菜とするならばよく合うだろう。


 すぐに足をそちらに向け、手早く注文を済ませる。ビニールに包まれたおにぎりと紙コップに入った豚汁、それらは小さな木桶に入れられていて何ともお洒落である。


 店先の椅子に掛け、朝市を行く人と商売をする店主たちを眺める。引っ切り無しに人が来ては、露店を覗いて店主たちとの会話を始めている。いくつかの物を買って、客は笑顔で去っていった。


 ここの日常の景色をのんびり見ていると、くいくいとセイが俺の袖を引く。何を主張したいのかは何となく分かってはいたが、聞いてみてやる。


「……どうした」

『それ、ちょうだい』

「いやだよ、俺の飯が無くなるだろうが」


 図々しきは我が居候。二個しかないおにぎりの内の一つを寄こせ、ときた。流石に受け入れる道理など無し、代わりとしてその額にデコピンをお見舞いしてやった。


 食料奪取を強硬されてはかなわない。残る一つのおにぎりをさっさと腹に納め、俺達は少し慌ただしく店を後にする。


 朝市の人の波の中に俺達も入った。歩けないようなぎゅうぎゅう詰めではないし、人とぶつかる程の窮屈さでもない。だが、今は連休時期ではないにもかかわらず、ある程度の人出ひとでがある。


 これがここの日常というわけだ、そしてその一部に俺達も入る。俺一人ならば普通だが、隣を歩く少女が人の日常に入っていくのは面白い事だ。


 野菜、果物、米に漬物、木工品。本当に色々な店がある。恥ずかしながら俺は、この朝市は漬物が大多数だと思ってた。ここまで多種多様とは中々興味深い。


 セイが立ち止まり、フラフラと一つの露店へと吸い込まれていく。そこは果物を扱っているお店だ、食い意地モンスターめ。


「いらっしゃい~。あらぁ可愛い子ねぇ」


 店主の女性がニコニコとセイに笑顔を向ける。並ぶカゴの前に屈みこみ、少女は品物をジィっと見つめ始めた。


「ああ、うちのがすみません」

「良いのよぉ。こーんな可愛い子が店先にいてくれたら、他の人も寄ってきてくれるもの。感謝感謝、ふふふ」


 頭を下げる俺に、老年の女性店主は何とも現実的な気遣いを返してくれた。思わず俺も笑ってしまい、あっという間に店主のペースに引き込まれる。


 近い距離感と垣根の無いやり取り。これも朝市の良さの一つだ。


 朝市の事、扱っている果物の事、訪れるお客さんの事。


 色々な話を店頭でしている間もお客さんはやって来て、果物を手に入れて去っていく。どうやら先程、店主が言った社交辞令は本当に効果のある話だったようだ。


 周りに目を向けると、店頭で座り込む白髪少女をチラチラと見ている人がそこそこいる。となれば、そんな特徴的な子が熱心に見る物が気になって店へ吸い込まれる人も発生するだろう。


 しかしだからと言って、いつまでも店頭に居座るのは邪魔でしかない。何か買い物をして、そろそろお暇するべきだ。


 セイに顔を近づけて、何が欲しいのかを確認する。店主から見えないようにメモ用紙が俺の手に滑り込み、それに書かれている物を確認して店主に伝えた。


 袋に入れられたそれを代金と引き換えに受け取って、俺達は朝市を背にしてホテルへと戻る。ガサガサと鳴る袋の中には、宝石の様な桜桃さくらんぼが沢山。セイの客引きに感謝も込めて、ちょっと多めに入れてくれたのだ。


 ホテルのチェックアウト時間も近い。


 旅はまだ続く。

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