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Day9, Sep. Scherben bringen Glück!

少々更新が遅くなりました。すみません。

 今日でとうとう9日目。実は昨日で寄港は最後になる。後は海峡を通ってポントネ海に入り、ケルソネソス・タウリケに着けば今回の仕事は終わり。

 旅が終わりそうな時特有の物寂しさに襲われて、昨日のちょっとした冒険のことなんかも思い出しながら、私は目の前にある皿を全て洗えば眠りにつける、という所まで来ていた。


 「クリスぅ、愛しの公子様がダウンしてるらしいじゃない」

 「海水で食器洗いっていうのも楽じゃないですね」


 こういう話題は乗った方が負けだ。適当な話題を振り直すに限る。


 「何かしらの世話とかしてあげた?」

 「最後のすすぎだけにしか真水は使えないんですよね。移動する距離に対して寄港する回数が多すぎると少し前までは思ってたんですけど、毎回タンクを取り換えているところを見てからそうは言えなくなりました」

 「どうやら病気ってほどじゃないらしいから、海峡に緊急渡航して置き去りにする必要はなさそう」


 駄目だ。やりとりをする気が双方にないから会話が成り立たない。

 最後の寄港を偲んでセンチメンタルになってたけど、危うく無駄になるところだったらしい。全然無駄になっていても問題はないが、心象に悪い。


 「私と公子様の関係を探って何が楽しいんですか」

 「確かに何もないところを掘ってもしょうがないね」


 分かってるなら最初からやらないでほしい。



 ――私達は特に話すこともなく、ただただ、皿を洗い続ける。

 が、ともなく(おそらくは退屈な作業に耐えかねて)話しかけてきた。


 「ねぇ、ちょっと暇じゃない?」

 「え、まあ」


 本音を言えばさっさと仕事を終わらせて寝たいけれども、一応は話に乗ることにした。話が合わないこともないから問題ないだろう。これまで何回か同じ船に乗ったことがあるから分かる。


 「ちょっとした言葉遊びしない?」

 「あんまり頭使わないやつにしてくださいね。眠いし、そもそもあまりおつむは良い方ではないので」

 「分かってる分かってる、でもクリスが公子様といっつもやってることでしょ、こういうのって」


 そうかな......そうかも...... イヤリングの時だって、無駄に意味深な文言を蓋に書いてあったし。何かしらの意図はあったのかもしれないけど、読み取るのに手間がかかりすぎる。

何かにつけて頭を少しひねらせようとしてくるのは公子様の悪い(ひょっとしたら良い)癖だ。


 「私たちの言葉ってやたら長いじゃない」


 確かにそうだ。例えば、チステード語だと、「蒸気船の旅」を一単語で表す。「蒸気」「船」「旅」の三語に一切のスペースを入れないのだ。こういうことが分かるのも、そもそもこの職につけたのも、シュベリーンでの義務教育の成果といえる。ちなみに義務教育も「国民」と「学校」の二語を合体させて表す。


 「そうですけど、それがどうかしたんですか」

 「たまにすごくひどいのがあるから、もう少し簡単にできないかなって」


 この仕組みが合理的で好きなのだけども。そんなにひどいかなぁ。


 「いまいち納得いっていないようだから、一つテストしましょ。適当に思い浮かべたものの説明をするから、その名前言ってみて。ただし、ちょっと難しめの語彙でお願いね。短い単語ばかり言われても興ざめだから」


 どうあがいても本人が望む結論しか出なさそうなルールだけど、一度話に乗ってしまったからには、皿洗いの片手間に付き合おうじゃないか。


 「第一問。一つの問題に対して互いに話し合うこと」


 「既にミッテアイナーンダー(互いに)で立証されてるのでは?」とかいう疑問はこの際無視することにして、答えは――


 「オウゼイナンダ―()ゼッツォン()

「てっきりディスクッスィオン(議論)にするものかと思ってたのに。頑固かと思いきや案外素直に言うことに従う時もあるのね。続けて第二問よ――」


 何を持って私が頑固と言うのか聞きたいところではあるけど、これも無視して続く言葉に耳を傾ける。

 しかし、この他愛ない遊びは打ち止めになった。


 「あ―。やっちった」

 「お皿、割っちゃいましたね」


 給料から弁償分が天引きされるけたたましい音に耳をふさぐ。目も背ける。

 自分がまだ仕事に不慣れだったころはもっとひどかった。隣の同期 (つまりは彼女)が受け取った給料より、私が受け取った方が露骨に少なかった時は少し落ち込んだ。でもその時の私ほど深刻に悩んでいる様子でもないし、慰める必要もないかな――


 「おいちょっと待て」


 船内に戻ろうとする体を衣服ごとがっちり掴む。


 「いやー、ちょっと掃除用具をね...」

 「そんなにこっそり行こうとしなくてもいいんですよ」

 「この場面を切り抜けられる良いトンチない?」

 「二枚目以降の皿の分の金額が給料から引かれるだけですよ」






 こうして一通り話した後、ただ黙りこくって割れた皿を見つめている。

 これじゃあ話し始める前に逆戻りだ。

誰も皿を片付けようとしないのは、互いが互いに片付けさせようとしているのか、皿を割った興奮から冷めて途方に暮れているのか。やっぱり慰めた方がいいかもしれないなんて考えを巡らせていると――


 「たかが陶器の屑に私の給料を削られてたまるか!」


 突然叫び出した。するとすぐに、皿の破片を海に名一杯振りかぶって蹴り落とし始めた。スカートの裾を掴みながら、蹴る足に重心をとられるほどに力強く。「一枚くらいじゃばれない」という思考の小賢しさの裏に、確かな心の闇。

 私含めて、ここの船員は血の気が多いように思える。


 「これで完璧ね」


 海に浮かぶ陶器に月の光が反射してロマンチックだ。ロマンチックか?


 「クリスと公子様が掃除していればより完璧だったのだけど」


 確かにチステードには、結婚祝いのパーティの来客はそれぞれ陶器を玄関の前で割り、その破片を新郎新婦が片付ける、という習慣がある。


 「じゃあやっぱり二枚目以降の皿も割らないと駄目ですね」


 そしてその習慣では、割られる陶器は多ければ多いほど幸福をもたらすとされる。


 「割り過ぎたら流石にバレるからやめて」

 「これからは『何もないところ』をむやみやたらに掘らないことをおすすめします」

 「よく考えたらポルタ―アーベント(結婚祝い)も長いかも?」

 「実は割って欲しかったりします?」



 ここからは後日談になる。当たり前と言えばそうだが、皿の枚数はしっかり管理されているらしく、速攻で誰が割ったかバレていた。通常よりも少し多めの減給となるそうだ。



#################################



 「商船に頼み込んで直通便に乗せてもらったはいいものの、やっぱ食事が不味くてたまりゃしないぜ」



 ――こんな言葉使いではあるがれっきとした下級貴族の跡取りなので、上品なものしか食べさせられたことのない彼にとって、この船旅はあまり快適なものとは言えなかった。



「あと夜は雑魚寝なのも頂けねぇな――」


「文句言ってる暇があるならそこにある荷物をさっさと運ばんか!」


 それに、船主がおっかないのも頂けねぇ。

 怒鳴られてきまりが悪くなって、ふと海面に目をやれば、


 ――皿の破片が美しく広がっていた。綺麗、か? いや、奇妙だ。







##################################


 船長に言われて、結局公子サマの部屋の前まで来てしまった。皿洗いの時に言われた通りになるのも嫌だし、適当な理由――公子サマの病気が想像以上に悪かったみたいな――でもつけて帰ってしまおうか。


 扉の前でああだこうだ考えていると、話し声が聞こえて来た。

 悪いことだと分かっていても、きっと気づかれないだろうという思い込みからか(もしかすれば見つかっても私ならば見つかっても大丈夫だという醜い打算があったからか)、ドアにそっと耳を当てる。


 「ところで、エスターラントのフィアンセはいつ東区に来るのか覚えているか?」

「覚えてないけど、っていうかまだフィアンセじゃないでしょ。そこ何よりも大事だから」

 「お前と年が釣り合って、エスターラント皇家出身ならあの方しかいらっしゃらないだろう」


 公子サマにフィアンセ。当然と言えば当然だ。いくら私が政治に疎いといっても、帝冠領エスターラントがチステード帝国と仲が悪いことくらいは知っている。

 おとぎ話でよく見た、国同士の仲を取り持とうと、本人たちの意思は関係なしに結婚させられるアレだ。

 不意に逃げ出しそうになったけれど、大丈夫。平静さを保って聞いていられる。


 「オレにはクリスちゃんしかいないから。結婚する予定のない人のことをフィアンセとか呼ばんし」

 「あまり本気になるなと忠告したはずだが」


 一瞬、息を呑んだ。そう呼びかけた先が、ドアのさらに奥だったような気がしたからだ。

 私はドアの前から離れられない。


 「そんな...... いや、忠告に対して何か言ってたとしてもただの生返事か何かだから。忘れといて」

 「まあ、あんなに粘り強くお前に付き合ってくれる娘は少ないだろうし、執着する理由も分からなくはない」

 「ああ」

 「そういえば、『営業スマイル』という言葉を最近聞いてだな」

 「あ゛あ゛」

 「生返事になりきれていないぞ」


 その後、部屋の外へ溢れだした笑い声に背を向けて、使用人が泊る部屋まで戻った。

 国家機密が飛び出してきそうな会話を盗み聞いても冷や汗が噴き出るだけ。あまり将来役に立つことのなさそうな教訓を胸に、深く、深く眠った。


当然登場人物たちは一休さんは知りません。

が、本文でそれを踏まえている理由は......謎です。

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