D∀γII, ∽∃q; 弱り目に祟り目
筆がノってしまったので投稿します。次回の更新は早くとも二月末です。
専用単語っぽいものが羅列されていますが、設定をただベラベラ話すだけのシーンを回避するための苦渋の策です。その単語が物語上重要になったときには、どういうものなのかハッキリ分かっているようにするつもりです。
学園東区、ケルソネソス=タウリケ。
この場所に限った話ではないが、ある程度の家格を認められた貴族の子息は、学生寮に住まない。
中心部から少し離れた一つの住まいの主となり、その内部で絶対的な権力を行使する。
学園関係者は俗にその住まいを、「宮殿」と呼ぶ。
当然内部には主に気に入られた者しか入ることはできないが、一度でも入れば、主に保護されているとみなされる。これが、平民出身者の一先ずの目標だ。
平等を謳う学園であっても、実情はこんなところである。飛びぬけて優秀な生徒でない限り、何も考えずにのほほんと暮らせるような環境ではない。優秀な生徒でさえも宮殿入りすることは珍しくないのだからなおさらの事である。
もちろん、それを目指さない生徒もいることは言うまでもない。
◆◆◆
「やっとこさ帰ってこられた訳だ」
「お前はずっと口説いてただけ......でもないか」
引き算に見出す東方的な美学のような、質素さの中に優美さを兼ね備えた建造物の前には、守衛が二人。
顔パスで敷地内に入った後、裏口の扉を開け、二人は帰ってきた。ちなみに正面から入らなかった理由は、「自分でも開けられるのにドアマンに開けさせるのが何かイヤ」とのことである。
平民出身者のほとんどは「もっと狭い部屋でも生活できるのにバカ広い宮殿に住んでいるのが何かイヤ」とくらい思っていそうだが、そういったノンデリ発言のせいで公子がコミュニティから孤立気味というわけでもない。これこそそこそこの人望がなせる業である。
「オレの愛銃を労ってたんだよ! 勘違いしないでほしいね!」
「否定すべきところを間違えていると思うのだが...... それと声は一応抑えておけ」
もちろん、へレスポントス海峡にも、ケルソネソス=タウリケにも武器はご法度である。インゴルトの貿易にとっての生命線であるがゆえに、当局が目を光らせているのだ。学園自治の例外である。
そんな小言を聞き流し、何やら儀式の所作のような恭しい様子で公子は銃を飾り棚に安置している。使用人がやってきたことに気づかないほどに集中しているようだ。
「おい! 呆けるな!」
「え⁉」
「昼食の用意ができているそうだ。連絡船のときといい、しっかりしてくれ。頼むぞ」
「あ、ああ。でもね、この銃本当にすごくてさぁ、『光学照準器』って言うんだけどこれ、旧フレンケレンでわざわざ作らせた、と言ってももちろんオレも協力したんだけど、ほらここ見て! 家紋付き!」
早口でまくし立てる公子を前にして、「結局具体的に何がすごいかは言わないんだな」と内心でツッコミを入れつつ、それを遮ろうとしてクレメンスが口を開く。
「他のメンバーもいるのだから急いだらどうなんだ」
◆◆◆
「これより、我らがザクス=エルンスト陣営の学期前評議会を始める!」
「そんな畏まらなくていいから。ただ食事するだけでしょ?」
張り切るクレメンスに、どちらかと言えば不真面目な公子。ここまでならありきたりな場面だが、今回はここにあと二人加わる。
「クレメンスは力みすぎです。もっと力を抜くべき」
「せいぜい呼びかけても4人しか集まらないような泡沫陣営なんだから、本人の好きなようにやらせたらいいじゃないですか。僕が眠気に負けてしまう前に決めるべきことをさっさと決められれば問題ないんです。
あとクレメンス、これ終わったらベッド使っていいか?」
「最後のは普通家主に訊かない? オレ一応公子だよ? おそらく将来あなたの主君になるんだよ?」
家具はどこか牧歌的な、柔らかい雰囲気を持った様式をしている。窓の向こうの、古典的で、かっちりとした景色とは対照的だ。
そんな家具が並んだリビングは、内装だけで言えばどこかの中流階級の家のものと大して変わらない。
意図的に貴族趣味を徹底的に排した家庭的な空間で、4人は堅い――踏み込んで言えば政治的な匂いのする――表現を、自らの集まりに対してしている。
「宮殿」の主をリーダー、出入りする生徒をメンバーとして、自然発生的に出来上がるのが「陣営」だとか「派閥」だとか言われるものである。卒業後の人脈づくりの側面もあるが、学園の自治に対して影響力を持たせることが主な目的だ。が――
「好きに使ってもらって構わない」
「オレの話聞いてる?」
「4人とは聞き捨てならんなぁ。この住まいで唯一の室内使用人であるワシを差し置いて、何が『ザクス=エルンスト陣営』じゃい! 今からアンタらに出す料理全部ワシが食ってもいいんじゃぞ!」
「誤認だったねぇ! 5人だけに」
...........。
「公子様、アンタもう耄碌したんか? なんなら今から飲み込みやすい粥に替えてやってもいいぞ? アンタの分はワシが代わりに食ってやるから」
「さては人の料理食いたかったただろ? そうなんだろ!」
「誤魔化したな」
「誤魔化してます」
「誤魔化したとかどうでもいいからさっさと本題に移らん? 眠いんだけど」
「本来食事というのは神聖なものであってその間に議論するなど言語道断ましてや今後の方針を決めるような重大な議論に於いては言うまでもなく」
「ヨハン、本題に移れ」
「はいためしてガッテン承知の助!」
――しかし例外は存在する。公子がリーダー然としていないことと思われるかもしれないが、違う。
「じゃあ、始めようか」
公子がそう言ったところで、4人は変わらず食事を続けている。しかし明らかに、部屋の雰囲気が変わった。緊迫している、しかし飾り窓から覗く、謂わば懐古趣味のこけおどしとは異なる緊迫感。
一都市の一家庭の一リビングから、それこそ、ザクス=エルンスト公国の宮殿、公爵が客人を迎える書斎への変化。
決して目に見えるものではないが、眠気が吹き飛んでしまうほど確かに、誰しもが感じたその変化。
いつの間にか老人は部屋を去り、部屋には4人のみが残った。
公子以外の3人が、公子に目を向け、意識を向けて、次の一言を待っている。
「今回の議題は――」
「オレたちが『異世界』と仮称する勢力に関してだ」
普通なら、何の前置きもなく「異世界」と言われれば、それについて問い返すだろう。
もう一度「異世界」と言われてはじめて、天国やら煉獄やら地獄やらを想像するのが関の山だ。
しかし、ここに集まっているのは一般人ではなく、「ザクス=エルンスト公爵位継承者の一派」である。有象無象の集まりではない。科学全盛の時代に、旧時代的な神学の議論をする暇はないのだ。
至って大真面目に、そのような社会的地位のある団体が、既存の言葉では説明しがたいような――悪く言えば全くもって馬鹿馬鹿しい概念について議論していることは、本来あり得ないことなのだと強調しておく。
おずおずとした様子で、紅一点のイレーネが手を挙げ、公子が頷いた。
「新しい手がかりが見つかったのですか?」
「そうだとも。ほら、この『飛行装置』を見たまえ」
そう言って、公子が黒々とした機体を食卓の上に載せる。
「こりゃ今回は随分と綺麗に墜としたな、ヨハン。で、何処で見つけたんだよ、それ?」
フリッツがキャベツの酢漬けをつつきながら尋ねる。
「レギオンだよ。エスターラントの端っこ」
フリッツはその答えを聞くと、フォークを持ったまま笑った。
「おい! 学園領でもなけりゃ僕らの公国でもないなんて、やっぱり天性の冒険家か、お前?」
「ドクター、ヨハン? アイプレシューム?」
「学生が博士号を名乗るな」
「クレメンスさんよ、どうせどっかの大学が名誉博士号くれるんだから時間の問題だろ?」
いつもの騒がしい雰囲気が戻ってきたことに安堵しつつも、イレーネは軌道修正を図る。
「クレメンス、ツッコミの方向性がズレています」
「そうですよね、僕もそう思います。
なあ、もっとあるだろ、クレメンス? ほら、『お前は本来その文言を言われる側だ』とか何とか」
「そういうことを言いたいわけじゃないです」
シニカルに振る舞っているように見せているけれど、私を含めて皆似た者同士ですね、とイレーネは心の中で笑う。結局のところ、全員がこの空間を楽しんでいるのだ。だから、つい、ユーモラスな、コメディカルな言葉が口から漏れてしまう。
「まあ、イレーネちゃんもこう言ってるわけだし、そろそろ本題に戻るとして――」
公子が「飛行装置」に刻まれた紋章を指さす。
「以前に見つかった数機全てに見られるこの紋章について、一応調べてみたが、よく分からないんだよね。
紋章官の息子に見せてみたけど、何の手がかりもなかった。唯一分かっているのは、インゴルト語で書かれた『ルゥシヤ連邦地上部隊』の文字だけ。材質も不明」
「出現場所の法則とかはないのか?」
フリッツがフォークの先を公子に向けて、問いかけるが、答えたのはクレメンスであった。
「今回がレギオン。ザクス=エルンスト領内のエルフェスでヨハンが見つけたのが始まりらしい。カンディア島、旧フレンケレンのマッサリアでも見つかった。例示しなかったものも含め、エルフェスを除けば全て港町である。
それとこれは質問と関係ないことだが......貴様本当に貴族か?」
フリッツはフォークを引っ込めつつ、アンタの隣にいるのも貴族にしてはかなりの変わり者だけどな、と毒づこうとしたが、止めた。
イレーネが声を上げる。
「そもそも、なぜ『異世界』側は機体を飛ばすのでしょうか」
「そりゃあねぇ、これまで散々話してきたことじゃない。でしょ? フリッツ?」
フリッツが声を裏返らせて答える。
「僕? えーっと、低空飛行して盗撮を――」
「フリッツ」
クレメンスが口を挟む。フリッツはちらりと公子の顔を見て、改めて言う。
「地上部隊、つまりは軍による偵察が目的としか考えられない。
でもそれと法則とを結びつけるのは今ある手がかりだけじゃ無理だろ?」
「法則ねぇ......」と言い、公子は目の前の食事を口内に放り込む。イレーネとすぐにいつもの調子を戻したフリッツも同様に。
ただ、長らく発言していなかったクレメンスは、生真面目さがゆえにこの状況をよしとしなかった。
「そもそもの話、機体を飛ばしている勢力を『異世界』と呼ぶこと自体が荒唐無稽なのではないか?
どこかの国が秘匿技術で秘密作戦を実行していた、と取る方が遥かに自然ではないか」
「なぁクレメンス、この状況でそれを行うことは不可能に近いって前に言っただろ?」
フリッツの言ったことは正しい。
技術を秘匿して生み出そうとしても、よっぽどの変わり者を除いて、それができるほどの高度な頭脳はほとんど学園に集中している。
そもそも新興国であるチステードは、他国製品から自国産業を守ろうと高関税政策を採っているので、国境審査はかなり厳しい。外国がこんな兵器を滑り込ませるのは不可能なはずだ。
しかし――
「オリュッセルベルク王国ならば、可能ではないのか?」
公子が声を荒げる。同じ領邦で、しかも明確に皇帝ー非皇帝の対立関係があるオリュッセルベルク王国ならば、あり得ない話ではない。
「ありえない! あの皇帝が、同じチステード人を攻撃することがどれほど悪手かを理解していないわけがないだろう!」
「合理的に考えれば――」
「違う! とにかく違うんだよ!」
公子は昂揚していた。そこにいたのは鷹揚な公子ではなく、憔悴した、駄々をこねている一人の少年であった。
少年は周囲を見渡し、一呼吸置いた。3人の顔が、少年の心を落ち着かせた。
少年は、再び公子となった。
「いや、取り乱して悪かった。きちんとした理由があって、オレはオリュッセルベルク王国がこの機体製造に関わっているとは考えづらいと思う。
世界語が併記されていないこと。併記が慣例化した革命戦争以前の発明品ならそれでもいいけど、戦果を欲していたオリュッセルベルクが戦争で投入しなかった意味が分からない。爆弾を付けて体当たりとか、使い方はいくらでもあると思う。
インゴルト語で表記されていること。もしこれが何らかの被害を起こしたとして、真っ先に疑われるのはインゴルトになるけれど、直接インゴルトとザクス=エルンストに利害関係はない。偽装するにしても、フレンケレン共和派とか、仮想敵国のアンジェリンとかでしょ。
こんな高い技術があるなら、市場で儲けた方が何倍もオトク、ってこと。こんな軽くて丈夫で、しかもしなやかなカーブを描けるくらいに可塑性のある素材に需要がないわけない」
ひとしきり公子が話した後、イレーネが問う。
「それで、因果関係についてはどう?」
公子は一拍置いて、答えた。
「明確な答えは、この場では出せない。だけども、答え合わせは簡単。
東の最果て、バックス山脈のそのまた向こうの『異世界』トランス=オリエントに行けば、自ずと分かるはず」
ザクス=エルンスト陣営の特異で究極的な目的を、公子は改めて3人へ告げた。
◆◆◆◆
長期休暇が終わるころの学生街の夜は、学生寮の扉の奥から聞こえてくる怨嗟の声を無視すれば、決まって静かである。
しかし珍しく今日は一人の女が――イレーネが歩いている。「課題なんてとっくの前に終わらせましたよ」と言いたげな呆れ顔だ。
少し彼女の話をしよう。
彼女は本来口下手な方である。
とある小領邦――現在はザクス=エルンスト領である――の首都で生まれた彼女の話し相手は、決まって彼女の両親、特に母親だった。特に親しい友人はおらず、家事の手伝いが終われば、決まって自室で一人思案にふけっていた。
平民階級の子供が入学する方法は、全世界の各地方都市に設置された連盟の支部が行うテストに合格するか、辺境に派遣される試験官に偶然出会えるかの2択であり、彼女のルートは前者である。
郷紳の子女を狙ったそれ用の私塾が現れるような、稀有で人気の高い共学校の試験を、ごく平均的な――それこそクリスティーナと同等である――教育しか受けていない彼女は、文字通り独力で通過したこととなる。
何が彼女を特殊たらしめるのか。きっと彼女のクラスメイトにそれを訊いても「分からない。そもそもイレーネとは誰か?」という返答があるのみだろう。
しかし公子にこの顛末を語ってみれば、彼は笑って「そいつら目ん玉ママンの腹ん中に置いてきちゃったんじゃないの?」と一笑に付すに違いない。
それはさておき、アインシュタインの相対性理論は、如何にして生まれただろうか。
「『如何にして』も何も、アインシュタインが考え出した以外にあるのか」という声が聞こえてくるが、そういった諸君に問いたい。
もしマクスウェル方程式がなければ、もしニュートンの運動方程式がなければ、もし微積分学がなければ、アインシュタインは相対性理論を生むことができただろうか。
よもや「アインシュタインはそれらの全てを発見し、相対性理論までたどり着いたはずだ」と考える者はいないだろう。
しかしイレーネはそういった類の人間である。
相対性理論とまではいかなくとも、彼女は日々触れる情報だけで、知の体系を創り上げてしまう人間である。
彼女にとっては、リンゴが落ちることも、正方形のタイルで囲まれた三角形も、風呂に入って水があふれることも、港から遠ざかる船がやがて水平線に沈んで見えなくなることも、全てが思案の材料なのである。
ただ、イレーネの欠点を一つ挙げるとしたら、それは彼女が両親のような話相手を見つけようとしなかったことだ。彼女の学業成績はそれなりに高いのだが、大して認知されていない理由はここにある。
その後なんやかんやでザクス=エルンスト陣営に属することとなったのだが、その経緯についてはまた次の機会に。
話を現在に戻すと、その後の会議はつつがなく進行した。
それが終わると公子は用事があると言ってどこかへ行き、クレメンスは寮に戻り、フリッツは二階のベッドへ向かった。
そうして手持ち無沙汰となったイレーネは、ひとまず「宮殿」の書庫で時間を潰し、夕方には寮へ戻った。が、自室で彼女は外套に紙切れが入っていることに気づいた。
「『午後8時に、オレの部屋まで来て』ですか」
もし公子が普通の貴族であればこの手紙はそういう意味になるのだが、少し前にクレメンスからの愚痴を聞いたばかりの彼女は、破天荒な公子との関係性も手伝って、その言葉の真意を図りかねていた。
宮殿にイレーネのみが呼ばれるのは初めてだったので、変に緊張して歯磨きはしてきたが、特に理由はない。
門番に軽く挨拶をしてドアを開けてもらい、中に進む。
「静かです」と呟いても、それに答える者はいない。
廊下の絵画にさえも少しの寂しさを感じるものの、見慣れた宮殿の廊下を迷わず進み、行き慣れない公子がいる部屋のドアノブを掴む、が。
――!
誰かの叫び声が、どこかから聞こえる?
いや、誰かではなく公子。どこかではなくドアの奥。
イレーネは、躊躇せずドアを開けた。
「ヨハン!」
イレーネの視界に入ったのは、机の上でうつ伏せになっている公子だった。
ただの寝言か、と安心して、単なる好奇心から机上に目を遣る。
日記帳が、開きっぱなしになっていた。
約束を反故にされた分のお返しだ、としか思わずに、それを読んだ。
瞬間、イレーネは自分の目を疑った。
Warnung。警告を意味する単語から文章から始まっている。
単なる悪ふざけだと思う思考の退路は、自分の手紙ともTagebuchの文字とも一致しない筆跡に塞がれていた。
イレーネの焦りとは無関係に、公子の瞼は開いた。
なんか生徒会系っぽいですね。図らずも。
チステード帝国連邦について補足。バルバリアン公国+ザクス=エルンスト公国+オリュッセルベルク王国+その他の小さい領邦=チステード帝国連邦となります。
帝位は最初に挙げた三邦でかわりばんこです。建国から現在に至るまで、オリュッセルベルク王が皇帝となっています。
それと没原稿です。
「少し水を差すようですが、これだけは言わせてください。
ヨハン、これって本当に私達がやる必要がある仕事なのですか?」
間髪入れずに公子が答える。
「親父が命じた。オレは首を縦に振った。皆はオレに協力してくれる。それだけの話でしょ?
今更そんな疑問蒸し返したってしょうがないじゃん。結局誰かが一応原因究明に努めないといけないんだからさ、ね?」
「まあ、のんびりやってこうよ。自治会長選挙に出るわけでもあるまいし、時間は無限にある。
引き続き、港町の小さな団体が発行しているような新聞を集めてもらって、できればカルアーフェ大陸の方もお願いしたいね」
「カルアーフェの文字って、この中に読める人います?」
「それについては追々。じゃあ解散!」




