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Day11, Sep. Da kommt man vom Regen in die Traufe.



 要塞都市、ケルソネソス=タウリケ。かつてはオトマリッシュ帝国領であったが、インゴルト帝国の強い主張により、学園領となった。海運上の要地であり、古代から様々な民族や国家が争った歴史がある。




 「着きました!」


 船旅の終わりなんて何回も経験しているはずなのに、私は船を降りるときに思わずそう言ってしまう。

 それを知っている大体の仕事仲間はクスリと笑って済ますし、そもそも小声なのだから突っ込む方がおかしいと思うのだが、こやつは例外。

 「あんたどこ行ってもそれね。感性に問題があるんじゃないの」

 「ならそちらの上陸してからの第一声は何だったんですか?」

 「ほら、あの、それよ。『寒ッ!』みたいな......」

 「私と大して変わらないじゃないですか」


 こう何回もあちこちを行き来すると、旅情をいつしか忘れ去ってしまう。

 たとえ目の前に広がるのが、「学園」と呼ぶには仰々しすぎる堅牢な要塞建築だったとしても。



 ◆◆◆


 

 私たち乗組員は旅を終えると、学園中の宿舎に泊ることになる。申請すれば帰郷することも可能だが、大体は年末年始に帰る。

 そして、学生の長期休みに合わせて私達も出港する。次は確か10月。

 でも休み期間が短いから今回ほどの遠出はできない。その中でもトリエストは遠い方。どこへ行くにしろへレスポントス海峡には絶対行かないといけないのだけど、昨日と同じ調子なら多分安心。


 沿岸要塞を抜けると、時代錯誤とも思える建築がずらりと並んでいる。

 アーチ状の門をくぐって見えてくるのは、やや小さめながらも天井は金箔で彩られ、これでもかと言うくらいに贅を尽くした大聖堂。東区の顔とも言える大講堂のドーム状の屋根は、思わずひれ伏したくなるような荘厳さを持っている(学園最東端ゆえの豪華さとも言える)。それと似たような形式の建物が、整然と区画整理された街並みの中に詰め込まれている。なんだか私の息も詰まっちゃいそう。



 でもそれらには目もくれず、馬も使わないで、都市の奥へと歩いて進む。見えていた同僚たちはどこかに行ってしまった。さっきまで話していたアイツさえもいない。私が折角それっぽい感想を思い浮かべているのに、薄情な女だ。学生街には娯楽が付き物だし、アイツ含めて皆遊びに行ったのだろう。


 歩き続けるうちに、眩しいほどに豪華な建築はすっかり見えなくなり、農地もぽつぽつと見え始めてくる。少し厚着した私服が煙たくなってくる頃に、目的地は現れた。

 巨大だけども豪華さはない。装飾も最低限。ドアマンなんてもっての外。


 なぜなら、ここは使用人用の宿舎だから。



 ◆◆◆



 「クリスちゃん、今日も早いわね」

 「はい。あんまり遊んでいると、お金、使いすぎちゃいますから」

 「それなら......いいんだけどね」


 管理人さんに軽く挨拶をして、自分の部屋へと向かう。


 「クリスちゃん、ちょっと待って!」

 「何ですか?」

 「ほら、手紙届いてるよ」


 そう言って管理人さんは一枚の封筒を手渡してきた。

 差出人は「テレーザ」とだけある。見覚えのない名前だ。差出元は、カンディア島?

 自分の部屋に入って、すぐに封筒を開ける。

 誰が送ってきた手紙かは分かるが、どんな要件だろう。少し上質な紙に、綺麗な筆記体で書かれている。


  ――親愛なる貴女へ、神の御加護を。

  お名前も存じ上げないのにも拘わらず、こうして手紙を送った非礼をどうか、お許しください――こんな堅い文章は私には似合わないわね。率直に要件だけ言わせてもらうわ。

  貴女が船へ戻る前に行っておくべきことではあったのだけれど、また休暇が来たときに会えないかしら?

  私はカンディア島で待っているから、都合がよければまた話を聞かせてね。

  敬具、テレーザ。



 これを読んで初めて、互いに名前を言っていなかったことに気づいた。ならどうしてここが分かったのだろう、と疑問に思ったけれど、答えは二枚目の手紙にあった。



  ――追伸。貴女へ手紙を送れた理由について。

  あの後チステード船がもう一本来たの。乗組員さんに貴女のことを訊いてみたら、その子が代わりに手紙を送ってくれるって言ってくれたの。

  「ザクス=エルンスト公家の――」って言っただけで、「クリスですね。渡しておきます」って。貴女って有名人なのね。

  それと貴女、学生だったりはしないわよね?



 その同僚は誰だ。私のことを「クリス」と呼ぶくらいだから、知り合いなのは確かだ。

 手紙がもう届いているということは、海峡で追い抜かされたのかな。後で管理人さんに誰が届けに来たのか訊いておこう。ここにいる間にとっ捕まえようじゃないか。

 あと私が学生なわけないのに。使用人ごときがそこまで公子サマと懇意になれるわけがないと思っているのだろうか。


 「嫌な妄想しちゃいました。疲れているんですかね」と呟いて、ベッドに潜った。

 十分も経たないうちに、私の意識は途切れた。



 ◆◆◆



 ケルソネソス=タウリケ中心部には、学園関連の施設が集中する。いくつかを見てみよう。

 要塞の一部は教室として使われており、軍事教練の授業においては良い見本だ。

 大講堂は普段授業では用いられず、専ら式典でのみ用いられる。

 大聖堂と大講堂を繋ぐように長く伸びた回廊の内側に、現代を代表する学者や、最新鋭の設備、そして何よりも時代を背負うこととなる若者たちがひしめき合っている。


 そして、大講堂と海を挟んだ向こう側に、学生用の寮が聳え立っている。

 そんな学生寮のとある相部屋の一室で、とある男子二人が辞書を睨みながら、何かを話しているようだ。


 「お前の話を纏めるとこうだ。公子様の後を付けると、空を飛ぶ黒い機械仕掛けの鳥がいたと」

 「そうだ」

 「それを見た公子様が手元にあった銃でそれを打ち抜いて」

 「一発でだ。結構カッコよかったな」

 「その残骸をこっそりお前が持って帰ってきた」

 「多分バレてないと思いたい」


 彼らのうち一人が拾った黒い残骸。おそらく切断面と思われる部分は銃で見事に破壊されており、その先の形状を予測することは難しい。流線形をした棒状の部材の先端には、薄い羽のようなものが数枚付いているが、鳥類のそれとは似ても似つかない、無機質なものだ。 


 「俺にはこの塊が鳥には見えないんだが」

 「でも確かに飛んでたんだよ、それが。で、飛ぶものと言ったら鳥か虫くらいだろ。そんなデカい虫はいるわけねぇーし、鳥以外にどう呼べばいいんだよ」


 慣れない言語の辞書をめくりながら、おどけたような口調で言う。


 「そもそもお前の見間違い、ってことはないのかよ」

 「いいや、違うね! 絶対に見た」

 「まあ、お前のことを信じられないってわけじゃないけど......」


 疑念は残る。物理学を学んだことのある二人ならば、心の奥底では分かっているはずだ。

 こんな小さな機体に、飛行を可能にするほどのエネルギーをもたらす機構が載るわけがない、と。

 それでも、機体に残された小さな手がかり――インゴルト語で書かれた数単語――を無視するほど、彼らは年老いていなかった。

 やっと、一人の顔が辞書から離れた。


 「後はこれを読みやすいように転写して......」

 「俺にも見せてくれよ」


 二人は一枚の紙の前で密着する、とすかさず一人がわめく。


 「分かったからそんな近づいてくんな、気持ち悪い!」

 「それ歓迎会に飛び込んできた公子様の前で同じこと言える?」

 「お前銃の教練で的に当てたとこ見たことねぇぞ」

 「隣の的のど真ん中に当てたことならある」

 「お前のおバカエピソードはどうでもいいんだよ」

 「じゃあ何ならどうでもよくないんだよ!」

 「『お前は公子様じゃねぇ!』って言いたかっただけだよ!」


 二人だけで秘密を共有するという状況に舞い上がってしまったのかもしれない。

 肩で息をするほどにヒートアップした状態から持ち切り直した後、二人はいっせいに読み上げる。


 「「スハプットニェ・ヴォイスカ・ロッシイースコイ・フェデラツィ」」

 「って、なんて意味だ?」


 もっとも、読み上げたところで意味が分かるわけではない。


 「女性形造格の硬変化だから、この形容詞を名詞に直して......できた!」

 「早く聞かせろよ!」


 「ルゥシヤ?連邦地上部隊、かな?」


 ここまで至るのに二人は相当の労力をかけた。これ以上壊れないように丁重に扱いながら、残骸を調べつくした。公子に見つかったときの言い訳を考えた。辞書を図書館から借りた。ついさっきだって無駄に論争もした。


 「どこだよ!!!」


 しばらくして、一人は本を黙って閉じ、もう一人もまた黙って残骸を引き出しに入れた。

 結局、さらに謎が増えただけだった。


お久しぶりです。

あ奴、語学に堪能らしい。ルゥシヤってどこなんだろうなー(すっとぼけ)

ルゥシヤ語の文法についてはネットで調べたことを適当に言わせてるので、合っている保証はありません。作者より賢いキャラは存在しえないんだよなぁ。

次で9月編終わり。リアルだと10月が終わり!

良ければ感想をください。

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