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Day10, Sep. Was man sich eingebrockt hat, das muss man auch auslöffeln.

 「朝から目を擦って、どうしたんだい?」


 窓には壮麗な海峡都市。船内には騒騒しい公子サマ。今日は珍しく一人のようだ。


 「少し眩しかっただけなので、お気になさらず。そちらこそ、昨日はよく休めましたか?」

 「クリスティーナちゃんに心配してくれるなら休んでなくても休んだのと同じくらい元気になれるね」


 どうやらまだ回復しきっていないらしい。


 「では、まだ仕事があるので」


 無言で肩を掴んでくる公子サマ。私はその手を押しのけて返事をする。


 「分かりましたよ。少しだけでお願いしますね」

 「そうと決まったなら早速、と行きたいことだけど......」

 「その前振りは話が長くなるときにするものだと思うのですが」


 もう朝の9時半だと言っても、まだ朝食を食べている人はいる。毎回もう少し暇な時間に来ればいいのに......とも思ったけど、話せるタイミングは仕事中しかない。


 「そういえばイアリング付けてくれてんじゃん」


 一応例外もあるにはあるか。だからといって仕事が終わるまでずっと待たれてるのも何だかずっと見張られているみたいで身震いがする。


 「話題を作りたい時にだけ指摘するのは逆効果ですよ」

 「逆効果があるなら裏効果とか対偶効果とかもあるのでは?」

 「意味わかんないこと言ってないでさっさと話し始めてください」


 すると、公子サマは一息置いて、椅子に深く腰掛けた後、足を組んだ――そういうマフィアものでも見たのだろうか。

 思い返せば公子サマがわざわざ行ったっていう(そのせいでその日の出航が遅れた)レギオンはマフィアが根を張っている地域だと聞く。貴族とそこら辺の権力ってやっぱり癒着してたりするんだろうなぁ。


 「いや、確か今回の渡航で最初にオレがクリスティーナちゃんにした話って、フレンケレン旅行の話だったよね?」

 「それがどうかしましたか?」

 「そっちもカンディア島に着いた時にはどっか行ったらしいじゃん。なんかこっちだけ旅行談を話してるって状態、アンフェアじゃなーい?」


 あからさまな善意の押し付けというか、理論のこじ付けというか、そういうものを目の当たりにしている気がする。


 「そう思うならなんでこれまで聞かなかったんですか?」

 「そちらが指摘する通り話題切れだよ」


 なら話しかけなければいいじゃないですか、と言おうとも思っていたが、ついさっき話を聞くと首を縦に振ってしまった手前、小旅行の顛末を語らないわけにはいかなかった。

 カラっとしていて、日差しが眩しいあの地域特有の気候。今となれば少し恋しくもあるアイベックス。オリーブをふんだんに使った郷土料理。帰り際にも変わらず草を食べていたアイベックス。「クリクリ」の愛称で親しまれるアイベックス......

 やっぱりまだ恋しくはなかった。ちょっとしたトラウマになっているのかもしれない。カンディアのことを思い出そうとしても、アイベックス以外のことはあまり思い出せない。

 何とかアイベックスにはできるだけ触れずに、最低限話し終えることに成功すると公子サマが口を開いた。


 「オレとしてはひじょーーーーにその女の子のことが気になるけど、敢えて深堀りしないことにするよ。だってオレには、君という......」

 「気になるんですね」

 「名前だけでもおねがい♡」


 大の男の上目遣いはやっぱり精神にくるものがある。


 「そもそも知らないことをお教えすることはできないのですみません」

 「オレのプライドは弄ばれる運命なのサ......」


 わざとらしく感傷に浸る公子サマを後目に、アルゴノート号はゆっくりと停止した。

 詳しいことはよく分からないが、ここの海峡(名前は確かへレスポントス海峡だった気がする。覚えづらい)周辺の地域は確かに学園領ではあるのだが、同時に「海峡委員会」なるものの支配も受けているらしい。

 要するに、ここは学園と委員会の二重の支配を受けているせいで、連絡船であっても自由に通行できないのだ。

 だから通行する際には委員会のちょっとした船内検査がある。もちろんいつもあるわけではない。委員会側が適当にピックアップした船にだけだ。

 海沿いに古くから建てられた商館も今や学園所有の建物だ。船を少し止めて、検査の順番を待つにはちょうどいい。

 船が止まり、地上に降りられるようにあったところで公子サマが話し始めた。


 「今回も委員会の連中が来るのかぁ」

 「うまくいけば一瞬ですから、そう気負わないで。そもそもあんな人たちに今回も当たるとは限らないじゃないですか」

 

 そう、人にもよるが、この委員会の審査はやけに高圧的なのだ。それでは当時の回想をどうぞ。



  ――Day10, Jul.  Er valt over smaak niet te twisten.


  今日は海峡を通過する日。そして、必ずそこにいる、委員会の審査隊。


  「船長、乗組員の整列は済みましたかね?」

  「ええ、出来れば手短にお願いします」


  審査隊の隊長と思しき男が、口角をゆがませて答える。


  「私どもとしましても、”異常”がなければスムーズに事を進めるつもりではあるのですよ」


  口ではこう言いつつも、毎回必ず些細なことに難癖をつけて突っかかってくる。審査隊の仕事って、実はストレスがすごいとかそういうことなのだろうか。

  私は気が短い方だから、あのネチネチとした言い草で詰められたら手以外にも色々な場所が出てしまいそうだから、出来れば貧乏くじは引きたくないなぁ。

  悲しきかな、この舐め回すような視線に射抜かれた、哀れな子羊がここに一人。


  「おい、そこのお前、さっきから挙動不審じゃないか?」


  さあ、まずは軽いジャブ。子羊くんは上手く返せるのだろうか。


  「ィィいいえ!」


  しっかり顎に食らったようだ。心なしか発音もおぼつかない。


  「ま、事情は察してやらんことはない。君、名前は?」

  「イグナルス・フォン・バルテルスです!」


  それを聞いてまた口角を吊り上げる隊長さん。バルテルス?くんも些か察しが悪いようだ。あまり耳馴染みのない名字だなぁ。少し同情しないこともないけど、そもそも検査があることは最初から分かってたんだから、ちょっと恥ずかしいものが部屋にあるくらいで、犯罪級のものが部屋に潜んでいるわけじゃないだろう。本当に、ちょっと恥をかくだけで済む話なのだ。

  恥をかく当人にとってはこんな論理知ったこっちゃないだろうし、どちらかと言えば委員会の方が悪いと思うけれど。絶対に。


  「船長、彼の部屋番号を」


  少し安堵していたバルテルスくんの血の気が一気に失せていく。


  「――。底意地の悪いことをなさる」

  「番号は?」

  「私が同行しよう。部屋に行くのは彼と私と貴方のみ。これでどうだろうか?」

  「非常にツマラナイ。実にツマラナイ提案ですよ船長。――ああ、もういいよさっさと行こう」


  完全にセコンド様様といったところだ。バルテルスくんの秘密は船長と彼自身の間だけでしまっておいてもらおう。



  ......。


  何が楽しくてこんなことをしているのだろうか。


  三人が廊下へと進もうとする。興奮に似たごまかしが意味を成さなくなる。

突然、誰かが声を上げた。


  「いやあ、すみません。彼に個人的な物を預けていたのですが、中々言い出せず」

「誰だ! おま......」


  声がする方を向いてみる。長すぎず、短過ぎない金髪だ。癖毛ではあるけど、きちんと整えられているように見える。服装は制服だから代わり映えしないはずなのに、目が吸い寄せられる。今この瞬間は確かに、童話で語られる理想像そのものが歩いていた。


  「自分から名乗った方がよろしいですか?」


  表情からみるみるうちに余裕さが失われていく。ここまでに快いデジャヴュを私は初めて味わった、が。


  「いやいや、学生さん。私の仕事はこの海峡における秩序を維持することにあるのですから、あなたが誰であるかに関係なく、怪しい持ち込み物は検査せねばならぬのですよ」


  そんな中でもできる限りのカウンターを繰り出した。確かに、誰の目にも公子様が嘘をついてバルテルスくんをかばっているようにしか映っていなかっただろうから、隊長さんが十分自分に勝機があると考えても無理はない。だからこそ、次の言葉は意外だった。


  「じゃあ、預けてたもの、持ってきましょうか?」


  それは隊長さんにとっても同じことだったようだ。感情が目まぐるしく変わっていく様は、見ていてとても小気味がいい。さらに公子様が畳みかけていく。


「ただし、あなたにしか見せられません。船長にさえも見せられません。職務上必要だからという理由でそれを見たいなら、見せるほかありませんが」


  しばらく考えて、一応の結論が出たのかは知らないが、審査隊は隊長に連れられてすごすごと引き返していった。






 ――前回の審査の様子はおおよそこんな感じだったと思う。ずっと今日は公子サマをこき下ろす流れだったのに、そういう訳にもいかなくなったような気がしてきた。

 回想にほぼ本文が乗っ取られるほどの長さでもってヨイショされ続けられたら、そりゃそんな気分にもなる。

 まあ、でも、あくまで回想なので。私が勝手に心の中にとどめておいただけのものなので。遠慮は必要ない、はずだ。


 「でも、一応前回お灸的なものは添えましたよ」

 「それで火薬庫に火が付いてたらどうしようもないし。アイツら人には厳しいけど自分たちには甘そうだから。ここら一帯の海峡を塞いで、籠城するための武器とかため込んでるんだよ。で、全責任がオレに擦り付けられるわけ。公位継承権なんてオレが女の子に振られる間に消滅するね」


 振られる云々は時間が短いことの例えなのだろう。深刻に悩んでるのか悩んでないのか分かりづらい。正しいことをしたのだから、後ろめたさを感じずに堂々とすればいい、と思えるのは平民の特権だろうか。


 「いや、身分を捨ててクリスティーーーーーーナちゃんと幸せな時間を過ごすのも、アリかもしれないなあ?

クラウンを賭けた恋。実に素晴らしいじゃあないか」


 確実に悩んでなかったわ。


 「丁重にお断りします」

 「継承権が......消えていない......?」


 相変わらず馬鹿なことを言い合っていると、船長が全体に向けて船を降りるよう指示を送った。

 つまり、そういうことだ。




 審査隊の到着を待っていると、醜悪さがすっかり抜けた、はっきり言ってしまえば疲れたような顔をしている男がのそのそと部下を連れてやってきた。2か月前の隊長さんである。

 さっさと指示らしき文言を部下に耳打ちして、船長の所まで歩いていく。

 船長は困った様子で――


 「一人、いるはずの乗客がいないのですよ、隊長殿」


 乗客の失踪。「失踪」なんて仰々しい言葉を使ってはいるが、実際はただ生徒が寄港先で遊ぶために船を降りただけだ。

 最終的には生徒たちは始業式までには帰ってくるので(ギリギリまで帰ってこない奴らのための俗称「救援船」もある。必要最低限のモノとヒトしか持っていかないので、使用人にとってはかなりつらいことになる)、面倒くさい審査隊に当たらない限りは問題ないし、連絡船側もそこまでは気にしない。

 しかし、当然のことながらそうなってしまった場合が問題だ。いなくなった生徒のことを引き合いに出してネチネチと詰めてくる。


 そういう事情もあり、公式には一度乗った船を許可なしで下りてはいけないことになっているのだが、誰もそのルールを気にしないのが現状だ。

 ほぼ実家が太い連中の子女しか連れてこられないこともあってか、ルールを遵守しようとする心がけがなっていないようだ。

 まあ、使用人の中にも皿を割ったことをなかったことにしようとした阿呆はいるわけだが。


 「ああ、そのことですか船長。一人少年が船に乗り遅れてしまったと申し出をしてきましてね......」


 心を入れ替えたのか。それとも公子サマの家経由で絞られたのか。後者であるようにしか思えないところ辺りに、私の斜に構えた態度がにじみ出ているような気がする。

 周囲も大体審査隊の後ろからでてきた彼奴に冷たい視線を浴びせてはいるものの、その表情からは驚きが隠せていない。


 少年に軽く注意した後はさっさと引き上げてしまった。なんとも拍子抜けといった感じで、海峡通過審査は終わった。



 船に乗客・乗員共々引き返していく時に、わざわざ乗員が固まっている後ろの方に行こうとする公子サマを引き留めるクレメンスさん、グッジョブ!


――――――――――――――――――――――――――――


 「お皿の件、バレたのってあなたのせいじゃないでしょうね?」

 「普通に違いますけど」

 「そんなことはどーでもいいのよ。どーでも」


 大体何の話をしたいのか分かるが、さっさと話を済ませてしまおう。もう夜だからさっさと寝てしまいたい。


 「公子サマがどうかしたんですか? 何もないところを掘ってもどうしようもないんじゃありませんでしたっけ?」

 「進展がないと分かっていたとしても聞いちゃうのがゴシップ好きの性なのよ。普段からずっとそういうのに飢えてるから偽の情報に騙されちゃうわけなんだけど」

 「何ですか、『偽の情報』って?」

 「船長の言うことを一応あなたが聞いたってこと」


 一瞬、また自分の背筋が凍ったような気がした。


 「直前で引き返したので確かに偽ですね」


 興奮して目を輝かせている。そんなに人の私生活を根掘り葉掘り聞き返すのが楽しいことなのだろうか。


 「なんで引き返したのよ? もったいない」

「それは......なんとなくですよ。そんなことより、今日の審査隊、随分とあっさりでしたよね」

 「ザクス=エルンスト公爵家様様ってことね」



##################



 「いやぁ、こう何日も会ってないとお前でも寂しくなるもんなんだなぁ」


 皆が案外あっけなく審査が終わったことに胸をなでおろしている一方、シキリエン以来離別していた二人は船上で漸くの再会を果たした。


 「こっちも色々と大変だったんだぜ? いつも授業サボってほっつき歩いてる連中の生命力が妙に強い理由を身に染みて感じたね」


 剥けなくてもいいような皮が剥けた、すっきりとした表情。悪ガキになり切れない子供の素直さ故のものである。


 「そこらへんは追々話してもらうとして」

 「新興地方領主の跡取り息子二人のアイロニカルな船上模様かぁ、面白くなさそうだなぁ」


 数日前の甲板上の出来事から全く事が進んでいない(ように見える)からか、馬鹿な行動の一応の動機を思い出させようと矢継ぎ早に問う。


 「カンディア島で、結局面白いことなかったのかよ」


 待ってましたと言わんばかりに笑みを浮かべ、何やら羽のようなものが付いた金属の塊を取り出す。

そして、他人に聞かれないようひっそりと話し出した。


 





 「この羽が回ってな、こんな無機質な塊が、空、飛んでたんだよ! それを公子様が撃ち落としてさ!」


一応「異世界」のお話なので。

没になった台詞を供養のために載せときます。前回の更新から日が開いてしまってすみません。感想を頂ければ幸いです。



 「やるんならもうちょっと自然に話題を変えなさいよ。あ―あれ? 絶対ザクス=エルンスト家が手を回したんでしょ。こんな偏屈な女に熱を上げてたとしても、唯一の男子がヨハン公子殿下なんだから大事にせざるを得ないのでしょうね」


 偏屈とは心外だ。血の気が多いことは否定しないけど。


 「不満そうな顔してるけどね、あの公爵家はチステード帝国内でも相当の権力を持ってるんだから。公妾どころかただ関係を許しただけでも謎の年金が振り込まれてくるくらいには国力もある。その切符を自ら手放してる自覚あるの? ありながらそんなことをしているとするならあなたは偏屈、あるいは、


 ――性悪女、なのかもね」


 私の癇に障るようにわざわざ表現を選んでいるようにしか思えない。



 「うら若き公子様の純情を弄ぶ悪女、っていうことですか?」


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