Day1, Sep. Reden ist Silber, Schweigen ist Gold.
始めてシリーズものを上げてみました。
週一くらいの更新を目指します。
この船が向かうのはヒエルソリア国際学園。世界各地の島を、学区で振り分けてまるまる所有している。だから、王家・名家が集うのには持ってこいの場所だ。
それだけでなく、全世界から集められた才覚ある子供も、希望を胸に抱いてやってくる。
しかしそれと同時に、貴賤関係なく誰もが、「現実」を思い知らされる場所でもある。
――ぽーっ、ぽーっ
辺りの空気を揺らす汽笛の音が響き渡る。そんなはずないのに、帽子が飛ばされそうに感じられて、頭を押さえてしまう。それはきっと、私に学がないからなのだろうか。
港がいつもの喧騒を取り戻して緊張が解けて帽子を押さえた手を下す頃には、ここは人が住める限界であることを示す潮風が吹いている。帽子を押さえるべきはこの時なのに、私はつい、この潮風の匂いに感じ入ってしまう。やっぱりいつ嗅いでも新鮮だ。新鮮で、普段の生活に存在しないものだからこそ、人はそこに希望を見出すのだろう。
――もっとも、それは学園に向かう生徒だけの話。私には関係がない。
いや、関係がないわけではない。事実、私はこの船にこれから乗ることとなっている。
使用人として。
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でも、希望もないのに現実だけつきつけられる嫌な仕事だ、とは誰も思っていないはずだ。ここのお給金はいいし、一般教養のようなものも(そのようなものが存在するということでさえも)、本人に意思があれば現場から学び取ることもできる。
決して、嫌な仕事だとは思っていない。
決して。断じて。
「ねぇ、クリスティーナちゃん相手してよぉーん」
やっぱりこいつうざいわ――
ンんッ! 使用人の口が悪くなっていいことなど何もない。気を取り直して本来の業務に戻らないと。仕事の根っこの部分を見つめ直して、職のありがたみを思い出せ! 仕事をする、それすなわち生きていくことなのだから、私は生きることを諦めないように、仕事を放り出さない。
――ご用件をおっしゃられて頂かないと困ります。
そんな風に生きていく中で、人はそれなりの困難にぶつかる。
その中でも私がここ最近嫌というほど衝突しまくっているのが、人付き合い。
誰だって、馬が合う合わないはある。だけどそれを乗り越えなければ、雇われの身である私は仕事ができない。
――じゃあさ、オレとクリスちゃんがたどり着く、東の果ての運命の地は、ド・コ・ナ・ノ・カ、教えてくんない?
どこ行くか分かってんじゃねぇか!
ンんッ! だから、私は十分耐えた。耐えたから。
――こちらアルゴノート号はアルル公国領アクア・フォッキーを発ちまして、何都市かに寄港してから、学園東区のケルソネソス・タウリケに到着します。’’運命’’というのは私には分かりかねますが、二週間で到着する予定ですよ。それと、私の名前は「クリスティーナ」なので略さないでそうお呼びください。
今日はもう耐えなくても、いいよね?
「クリスちゃ~ん、『運命』ってのはそういうことじゃなくて、オレとの―—ォホホーン!!!!」
殴ったらなんかすっきりした。
「クリスティーナと、お呼びください」
「分かったから、ね、クリスちゃ…」
「ンんッ!」
「ティーナちゃん! 殴るのを止めてさ、前にも言ったけどオレの実家まで来ようよ! バラ色の人生――」
「の墓場には私、行きませんので」
「つれないこと言わないでよぅ」
「私、もう戻ります」
「また明日も会おうね~」
去り際まで煩い男。食堂を通りかかっただけで絡まれるとは思っていなかった。
さっきから気持ち悪い話声を周りにまき散らしていたのがこの公子サマ。同僚に聞いたところ歴史ある名家の坊ちゃんだそうだ。いくらその公子サマがそんなエラい人で、私が貧民であることを差し引いても、人を選ぶ権利くらいはあると思う。
黙ってれば、少しは良く見えるのに。
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「命知らずな馬鹿もいるもんだな。だってあの変人って、ザクス=エルンスト公爵のお世継ぎだぜ?」
「おいおいお前、学園の連絡船乗るの初めてか? あのウェイトレスと公子様の絡みはもはや有名なんだよ。一回どっかの貴族が諫めようとしたらしいんだけど、一言で追い払ったんだってさ。さすがはいいとこの公子様だって言いたいよ」
「まぁあのウェイトレス、公然とあんなことしてるから客から話しかけられないけど、傍から見たら可愛いしな。それに加えて、ほら、『告白』だっけ、『革命の理念的立役者』とか言われてたアイツの......」
「あれだろ、しつけられて喜ぶやつ」
「公子様も案外そんな感じであのウェイトレスを気に入ってんのかもよ」
「さすがはいいとこの坊ちゃんだな」
ルソーの『告白』を読みたいと思っているのですが、なかなか時間が取れませんね。
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