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碧天の雨  作者: 鴻上ヒロ
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9.いじめと冤罪事件と僕

 ある日、授業が終わると生徒指導室に呼び出された。心当たりがまったくなかったが、昼休みによく一緒に遊んでいた友達が揃って呼び出されていて、彼らには何か心当たりがあるらしかった。僕だけキョトンとして生徒指導室に行くと、近所に住む6年生がいる。


 彼は発達障害を持っているらしいが、子どもの頃は知識がなくわからなかったが、きっと何かがあるんだろうというふうには思っていた。誰かが彼をからかうことがあったが、僕は庇うことも加担することもしなかった。


 目の前で知っている人がからかい始めたら、「そういうことしたらあかんよ」と流石に軽く止めてはいたが。


 先生が深刻そうに話をした。


 聞くと、どうやら彼がタイヤを転がして遊んでいたところ、そのタイヤをここにいる僕の友人たちが思い切り蹴飛ばしたそうだ。よくある小学生の少し過ぎた悪戯という感じだが、問題は何度もしていたこと。一度では周囲からは悪戯やからかいで済むようなことでも、面白がって何度も繰り返せば客観的にも立派な虐めになる。


 そんなことしてたんか、と僕は呆れていた。


 しかし、待てよ。


「え、僕はなんで呼び出されたん?」

「お前の名前もあがっとったからな」

「ええ……知らんねんけど」


 被害者が僕の名前をあげたそうだが、僕は一切関わっていないし、それどころか知りもしなかった。昼休みによく一緒に遊んでいる友達とはいえ、いつも一緒に遊んでいるわけではない。僕は複数のグループにいたから、違うグループで遊んでいるときのことだろう。


 僕は断固として「やってないし知らない」と言ったが、教師は「やってないなら被害者が名前を出さないだろう」と譲らなかった。確かに、普通に考えればそれはそうかもしれないが、僕は本当にやっていなかった。


 それに、被害者曰く「この子達と一緒にいることが多いから、あのときもいたんじゃないか」という理屈だった。実際はもう少し、しどろもどろとしていたけれど、要約するとそういうことだ。つまり、僕の姿を見てもいないのに名前をあげ、教師はそれを頑なに信じていると。


 そんなの、言ったもん勝ちじゃないか。


 反論しまくっていると、だんだん友達が僕を注視するようになった。


 教師は信じてくれないし、友達は早く帰りたそうに見てくるし……。僕がやっていないことなど、友達はみんなわかっていたから白い目では見られなかったが、「いい加減諦めろよ、帰れなくなるやろ」という視線のように感じた。


 教師も、僕が反論するごとに顔をどんどん引き攣らせていった。コンビニのときもそうだったが、子供が大人に対して理屈で反論すると、大人はすごく苦い顔をすることがある。怒りにも見えるし、呆れにも見えるし、恐怖にも見える。そんな顔をする。


 僕はそれ以上反論するのをやめ、やっていないことなのに謝罪させられた。コンビニでのことを思い出して胸がすごく痛くなったが、仕方がないことだと無理やり自分を納得させた。


 何より屈辱的だったのは、親に謝罪するという宿題を課せられたことだ。親には既に連絡がいっているとのことで、逃げ場は無かった。僕は大嫌いな親に、理不尽に被せられた罪に対して土下座して詫びた。万引き冤罪のことを持ち出され、とても気分が悪くなった。


 あのときは現場にいて、「止められなかった」「告げ口することもできなかった」という二つの罪が僕にあったから、冤罪とはいえ謝る理由が無いわけじゃなかったが、今回は何一つとして理由がなかった。


 その日は何をどうしても眠れなかった。


 ただ姉さんに会いたい。


 そう思い、翌日に姉さんたちの家に行った。学区が結構離れるほどだから自転車ではしんどかったが。


「おーヒロくん……何かあったと?」

「ちょっとね」

「寝れとらんみたいやし、とりあえず布団敷くね」

「うん」


 姉さんが敷いた布団に寝転がり、いつものように姉さんの胸に顔が引き寄せられる。思い切りため息をつくと、姉さんが「特大やね」と笑った。その言葉がなんだかおかしくて、僕も笑う。


「お姉ちゃんに話してみ」


 何があったかを話すと、姉さんは怒っていた。どうしてこの人が怒るのだろうと不思議だったが、怒ってくれるのが嬉しかった。


「クソー! 担任教師め! 生徒指導め!」

「ちょ、耳元で叫ばんで」

「その子は悪くないけど! 教師が! クソ!」


 別に、担任教師は普段はクソというほどじゃない。気さくで面白い良い先生だと思っていたから、あんなに信じてくれないとは思わず、びっくりしたくらいだ。だから、大人なんてこんなもんかと思った。親のこともあったから、特に。


 養父母さんが特別なだけで、大人なんて普通はこんなもんなんだと。


「悔しかったね、ヒロくん」

「うん、ばり悔しい」

「私が文句ば言っちゃりたいくらいばい!」


 話が聞こえていたのか、少し遠くから養母さんの声が聞こえた。


「いい子なのにねー」

「いい子ではないと思うけども」

「いい子よー? 私の話をしたとき泣いてくれるくらいにはね」

「そりゃあ、あれは泣くやろ」


 姉さんが何事でもないことかのように語るのも、余計に涙を誘う。養父母さんは深刻そうに話していたが、当の本人は今が幸せだからそれでいいと言っていた。それもまた、泣けた。


「もう何かあっても反論するだけ無駄な気がしてきた」

「まあ体力使うけんねー」

「そうそう」

「ただ、私はどんどん反論したらいいと思うけどね」

「そう?」

「誰も信じてくれないなら、自分が信じてあげないとね」


 自分が自分を信じなければいけない。反論しないと、自分を疑うことになる。だから反論するのは悪いことじゃなく、むしろ自分を守るためにはいいことなんだと姉さんは言う。養母さんも遠くから「理不尽には心の拳ばい!」と言っていた。


「じゃあ次なんかあっても反論する」

「何もない方がええけどね」

「まあね」

「あと、誰も信じなくても私が信じるけんね~」


 そう言って、いつもの調子で頭を撫でてくれた。


「とりあえず寝な」

「うん、ありがとうお姉ちゃん」

「よーしよしよし……羅生門」

「それはやめて」

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