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碧天の雨  作者: 鴻上ヒロ
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7.夜空に瞬く星空に誓う

 ある日の夜のこと。なんとなく居心地が悪く、黙って外に出た。誰も気が付かないように、ソロリと。家を出て行くところといえば、いつもの公園の広場だけ。夜だから姉さんたちがいるわけもないけれど、一人でもやっぱり居心地はよかった。


 ベンチに深く腰をかけて、星灯りと少しの街灯だけで本を読む。正直読みにくいことこの上ないが、その時間がなんだか好きだった。周りはとても静かで、世界にただ一人きりのような気持ちになれた。


 たとえ、少し右を向けば明かりの灯った民家が見えるとしても。その民家から、この薄暗闇の広場は見えないだろうから。


「だーれだ!」


 突然、本を読む僕の視界が暗くなった。同時に声が聞こえたし、温かな手の感触が目の付近にあったから、手で目が塞がれたのがわかった。


「姉さん?」

「正解! 流石ヒロくん、私のこと好きやね」

「こんなことする人姉さんしかおらんけん」

「へへへ」

「でもなんで?」


 姉さんが「よいしょ」とかわいい声で言いながら、隣に腰掛けてきた。肩がピッタリとくっつく距離に、心臓が跳ねる。


「んー? いるかなあっち思って」

「エスパー?」

「ふふふ、たまにヒロくんがいる気がして送ってもらっとったと」

「え、まじ?」

「まじまじ、今日で3回目~」


 正直、すごく驚いた。そんなことをしていたとは。いなかった2回のときは、どんな気持ちだったんだろう。何より、送ってくれている養父母さんはどう思ったんだろう。


 聞くと、「お父さんとお母さんは笑っとった」とのこと。帰った後に鈴ちゃんに呆れられ、藍ちゃんに自分も連れて行けとごねられるとも言っていた。


「姉さんは?」

「んー? 寂しい気持ちと安心の気持ち?」

「安心?」

「うん、逃げ出したくなってないってことやけん」

「……好き」


 姉さんの肩に頭を預けると、肩を抱いてくれた。付き合いたてのカップルのような座り方になってしまったが、当時の僕はそんなことは毛ほども気にしていなかった。ただ隣にいる人が好きで好きでたまらなかった。


「寂しかった? 最近会えとらんやったもんね」

「うん、ここに来るタイミングも無かったけん」

「今日は素直やなあ」

「会いたかった」

「よしよし、ほんまにうちに来れたらええのにね」


 僕も、ずっとそう思っていた。


 だけど、そういうわけにはいかなかった。僕の親は、別に僕に対して虐待しているわけでもネグレクトをしているわけでもない。単に人間として、根底の部分が合わないというのと、信頼関係が無いというだけだったから。そんな状態では、たとえ子供が望んだとしても家を出られないのは幼い僕にもわかっていた。


 といっても、姉さん達の辛さを知っているから、いっそのこと虐待でもしてくれればいいのに、という考えにもならなかった。


「いつかさ、家を出られる歳になったら、一緒に住もうよ」

「うん」

「みんなででもいいし、二人ででもいいし」

「うん」

「あとさ、辛い気持ちがあったらいつでも言ってね」

「辛いことがあったわけやなくても?」

「何もなくても、辛い気持ちになることはあるやん?」


 姉さんの声色が、いつもよりずっと優しく、甘くて、僕はふわふわとした心地よさに包まれる。姉さんの隣は驚くほどに居心地がよくて、僕は居てもいい人間なんだと思えた。そう思うと涙がこみ上げてきて、僕はただ「辛い」「しんどい」「嫌だ」と繰り返していた。


 そんな僕の気持ちを全て「うん、うん」と聞き、姉さんは僕の肩をぎゅっと強めに抱きながら、夜空を見上げていた。


「お姉ちゃん、大好き」

「私も大好きよ~って、お姉ちゃんって呼んでくれた!」

「き、気の所為ちゃう? 姉さんっち言ったと」

「ねね、もっかい! もっかいだけ!」

「機会があればね」

「むむ……手強い」


 僕が姉さんのことをお姉ちゃんとあまり呼ばなかったのは、単に照れくさいからだ。最初に「お姉ちゃんと呼びなさい」と言われたときも、呼ぼうとして照れくさくて、姉さんと呼んだ。それが定着してしまって、さらに照れくさくなった。


 だけど、このときは無性に、お姉ちゃんと呼びたくなったんだ。


「さっきの話、本当?」

「んー?」

「いつか一緒に住むって」

「もちろん本気」

「そか、よかった」

「見て、星が綺麗やで」


 見上げると、確かに星が綺麗だった。街灯の少ない少し小高い広場から見える空は、なんだかいつもよりも近く感じられる。


「あの星に誓ってもよかよ」

「じゃあ、約束ね」

「うん、約束」


 それからしばらくまた談笑しながら姉さんに甘えて、そろそろ帰るかとなり、姉さんを車まで見送りに行った。運転していた養母さんは「この子の勘も当たるときは当たるんやね」と笑う。


 痛む胸をおさえながら、走り出す車の後ろ姿を、ただ見送っ

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