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碧天の雨  作者: 鴻上ヒロ
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4,寝かしつけろメロス

 僕は、子供の頃から眠るのが下手だった。親兄弟の気配がすると、というより自分が信頼出来ない人の気配があると、眠れない人間だったからだ。かと言って表だって反抗する気はなかったし、表では普通の親子のように見せたかったから眠れないのをひたすらに隠していた。


 眠れなかった日に姉さんたちの家に行くと、姉さんがすぐに気づいてくれた。


 玄関で出迎えてすぐ、「寝れんやったと?」と聞きながら抱きしめてくれる。僕は抱き返して、「うん」と短く答えた。


 それから「ヒロくん寝れんやったって!」と言って、リビングの近くにある和室に布団を用意してくれる。養父母さんたちは「あらあら」といった感じで、笑っていた。


「本当に仲よかよね~」

「ばり気に入っとるな」

「愛する弟やけん」


 そんな会話を聞きながら、用意してもらった布団に寝転がると姉さんも一緒に寝転がってくれる。そうして僕の顔を胸に引き寄せて、頭を撫でてくれた。そうすると安心して、勝手に目が閉じる。


「走れメロス」

「んー……?」

「メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の王を除かなければならぬと決意した」


 急に、姉さんが耳元で『走れメロス』を朗読しはじめた。これまで何度か寝かしつけてもらったことはあったが、こんなことははじめてだったから、思わず目が開いてしまう。


「メロスには政治がわからぬ」

「なしてメロス?」

「こーら、ツッコミ入れたら寝れんやろ」

「え、僕が悪いと?」

「メロスは、村の牧人である」


 僕のツッコミを意に介さず、朗読は続いていく。妙に情感を込めて読むものだから、全然寝れそうになかった。


「私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいいことは言って居られぬ」

「なんか泣きそうになってきた」


 自分で読んだときはあまりなんとも思わなかったのに、姉さんが読むと妙に熱い展開のように聞こえて、涙が出てきた。実際、元から折れかけた心を奮起させる熱い展開ではあるのだが、子供の僕には文章だけではわからなかったのだ。


「勇者は、ひどく赤面した」


 とうとう、最後まで読み終えてしまった。


「あれ、まだ起きてる?」

「うん」

「じゃあもう一回読もうね」

「え?」

「走れメロス」


 本当に、もう一度最初から朗読が始まった。まさかのタイトルコールからである。僕は、ええいと観念した。目を閉じ、ひたすらに耳元の温かな声と吐息、そして顔から伝わる柔らかな感触にだけ気を向ける。


 そうこうしているうちに、僕は寝た。


 目が覚めると、いつものように姉さんが僕の頭を撫でてくれていた。彼女は、僕が寝ている間、ずっとハグをして頭を撫で続けてくれるのだ。メロスを読み聞かせてもらっていたことなど忘れ、僕は寝起きのぼんやりとした頭で姉さんをきつく抱きしめ、大きな胸に思い切り顔を埋めた。


「おはよう、ヒロくん」

「ん、おはよう」

「よく眠れた?」

「うん、ありがとう」


 養父さんに家の近くまで送ってもらい、自宅でゲームをしながら、メロスを読み聞かせられていたことを思い出した。あれは夢だったのではないだろうか。


 そんな風に思ったが、また次に寝に行ったときにもメロスを読み聞かせられた。その次には、羅生門ときたもんだ。


 ある日、疑問に思って聞いてみた。


「ねえ、なんで文学ばっかなん?」

「絵本って年やないけん」

「いや寝かしつけに文学はおかしいやろ」

「重めの作品を読み聞かせられながら寝たら、どんな夢見るんかなあって」

「人を実験に使うな!」

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