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碧天の雨  作者: 鴻上ヒロ
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3. 新しい家族とスマブラ

 姉さんたちと知り合って少しして、僕は彼女たちの家に招かれた。姉さんは既に、養父母さんに僕のことを紹介していたらしい。僕らの関係は僕の親には内緒だったから、親に怪しまれぬよう、友達と遊びに行くとだけ告げて、家から少し離れたところで養父母さんの車で迎えに来てもらった。


「君がヒロくんね」

「はい」

「そげん畏まらんでよかよ~、楽にしんしゃい」


 そう言って、車内で姉さんの隣で縮こまる僕にコーヒーキャンディをくれた。僕は車酔いをする人間だから、正直すごく助かった。飴を口にすると、少しの苦みのある優しいミルクの甘さが心地よい。


 姉さんは車内で、ずっと喋っていた。


「お母さん、ばり楽しみにしとったとよ」

「そうなん?」

「また家族が増える~言うてね」


 僕は姉さんたちとは違って、普通に実の親の元で暮らしていたし、それはこのあともずっと変わらないのだけれど、なんだかとても嬉しくなった。僕だけみんなと違うから、部外者のような感じがしていたから。


 車内でわかったことだが、姉さんの口調は養父母さんの方言が移ってしまったのだそうだ。元が関西弁と標準語が混ざったようなものだから、そこに博多弁と北九州弁の濃い喋り方が混ざってしまい、変な口調になっているのだと姉さんは笑う。


 その後、僕もその口調がすっかり移ってしまったが、怪しまれないよう、姉さんたちの前以外では関西弁だけで喋るように意識していた。


 僕を乗せた車は、あっという間に養父母さんの家に到着した。


 普通の一軒家といった外観の家。恐る恐る入ると、他人の家の匂いがした。


 ただ、不思議と安らぐ匂いだった。


 休日ということもあり昼食を要らないと突っぱねてきた僕の目の前に、豪華な食事が並んでいる。姉さんに促されるがまま、彼女の隣に腰を掛け、対面の養父母さんの顔を見た。


「歓迎会ばやらないけんち思うてね」

「嫌いなもんはなかや?」


 二人が僕を気遣ってくれる。目の前には、明太子にピザに唐揚げに手羽明太に……。奇妙な食べ合わせのメニューが、所狭しと並んでいた。食べたことのないものが大半だったが、全部美味しかったのをよく覚えている。はじめて食べた明太子の味が鮮明に、舌に焼き付いている。


 ふくやの明太子だった。わざわざ、取り寄せてくれたらしい。


 聞くと、「昔はこげん立派なんは贈答用しかなかったけんね、特別な日にはこれやね」とのことだ。その言葉に、またお腹がいっぱいになった。


 食後、姉さんが僕の手を強引に引いて部屋に連れて行ってくれた。鈴ちゃんや藍ちゃんは、なぜか苦笑いをして見送るだけで着いてこない。


「ヒロくん、ゲームしよう!」

「いいねー、何やる?」

「スマブラやろう!」


 当時は、まだギリギリ無印のスマブラだった。僕は友達同士ではフォックスを使っていたけど、一番得意なのはサムスだったからサムスを選ぶ。姉さんは、はじめピカチュウを使っていた。


 結果は、僕の圧勝だ。3ストック制で、ひとつも落とされなかった。


「強くない?」

「え、これでも友達の間じゃ弱い方……」


 逆勘違い系ライトノベルの主人公みたいなことを言っているが、実際に僕は弱い方だった。実の兄も交えて友人間でスマブラ大会をすると、僕はたいてい二回戦で敗退していたから。


 ただ、姉さんは驚くほど弱かった。


「もう一回! もう一回やって!」

「ええよー」


 そうして、姉さんが勝つまでスマブラは辞められなかった。二人が着いてこなかったのは、巻き込まれたくなかったからだろう。姉さんは、とても負けず嫌いだ。自分が勝つまでは続けたがるものの、わざと負けられるのも嫌だという非常に面倒な性質を持っている。


「……やっと終わった」

「ふっふっふ、お姉ちゃんの勝ち!」

「あ、うん、そうやな?」

「いえーい! ヒロくんザコー!」


 総合的には何十回と負けているのに、一度勝っただけで相手を煽る人でもあった。


 二人きりのスマブラ大会を終えて一階に降りると、養父さんが「どげんやった?」と聞いてきた。僕が「一生終わらんかと思った」と答えると、養父さんは爆笑していた。養母さんは「一生終わらんかったらうちの子になればよかよ」と、本気か冗談かわからないことを言う。


「えー、もう実質ここの子やん」


 姉さんがそんなことを言って、僕の肩を抱きながら脇腹をグリグリしてきた。僕はなんだか照れくさくて、むず痒くなった。


「これで、この家の最弱は春菜姉に決まったね」


 鈴ちゃんがソファでテレビを見ながら言った。


「たまたまスマブラが苦手なだけやし」

「嘘! お姉ちゃんどのゲームも弱いやん!」


 藍ちゃんが、無邪気に刺した。


「じゃあ今度全員でマリカね」

「げっ……協力ゲームにしいひん?」

「4人で1位取るまで終わらんとか、まじで一生終わらん気がする……」

「春菜以外はコントローラー逆さにしてやりゃあよかやん」

「それだ! ナイスお父さん」


 そんなことを言い合って笑う家族。僕は、そんな彼女たちを見ていたわけじゃなかった。僕も、その中に居たから。

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