表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クローバーのクイーン

作者: 幸京

少しずつ暖かくなってきた3月25日、今日は大学の卒業式であり、あの日に交わした約束の日だ。

今日僕は大学を卒業して、4月から初めて行く土地で働くことになる。もともとこの大学も地元からは遠く離れており、離れた知らない土地で一人暮らしをするのは4年前と同じだ。ただ変化に対してあの頃より余裕があるのはこの4年間の賜物だろう。もちろん、働くということ、社会人になるという不安はあるが、それでも何とかなるだろうと前向きになれるのは彼女のおかげだ。僕の最初で最後の彼女であり、卒業式に別れる約束をしている彼女と過ごした日々の。


「田之上君、今、彼女いる?いないなら、期間限定で私と付き合わない?」

大学1回生の夏休みが終わり、まだまだ秋を感じない9月中旬の大学敷地内で彼女が言う。

一人で日陰のあるベンチに座り、ペットボトルのお茶を飲んでいた僕は言われた意味が分からず、彼女を見上げながらポカンとした。

「いないけど・・・。え、何で?」

狼狽える僕とは対照的に堀さんは笑顔で穏やかに続ける。

「私、自分で言うけど顔は中の中でスタイルは良いから中途半端にモテるの。組み易しと思われて、大学でもバイト先でも言い寄られるからうんざりしているの。田之上君、大学生特有のイきりはないし優しいから。そして人間嫌いでしょ?私もそうなんだ」

堀さんの言うことの前半は何となく分かった。人によっては堀さんは可愛いとも言えるし、可愛くないとも言える顔立ちで、スタイルは夏服のおかげでその良さが目立った。性格はやや大人しく、同じ必修科目のクラスメイトが気になる女性として話題にあげていた。そして言っていることの後半はよく分かった。僕はイキらないのではなく優しいのではなく、必要以上に他人とは関わらないようにしている。そう、言われた通り人間が嫌いなのだ。だから堀さんとも付き合う気もない、そう伝えようとする僕を右の掌で制して堀さんは続ける。

「期間は私たちの卒業式まで。その日に絶対に別れること。まぁ人生で一度くらいいいんじゃない、誰かと付き合うのも。多分だけど田之上君、これまで誰とも付き合ったこともないし、今後も付き合う気はないでしょう?私もそうなんだ」

奇妙な話だったしイタズラなのかもしれなかった。それでも今更他人に笑われたりバカにされたところで何も思わない。また大好きな季節の影響もあったのかもしれない。まだまだ暑くて夏が続きそうな、けれど確かに秋が近づいている僕の一番好きなこの時期だったから。

「・・・いいよ。卒業式まで宜しくお願いします」

僕は堀さんを見上げて言う。


堀さんと付き合うこととなり、僕たちはルールをいくつか決めた。

お互いに浮気はしない。どちらかから別れ話が出れば引き止めない。キスや肉体関係は双方の確認のもと。期間限定の付き合いであることは2人だけの秘密。どちらかがルールを破ればその時点で別れる。そしてこの関係は自分たちの卒業式まで。

僕たちが付き合うことになるとお互いの環境に変化が訪れた。堀さんは言い寄られなくなり、平穏が訪れたとすごく喜んでいた。僕は教室や食堂にいつものように一人でいても笑われなくなった。そんな変化に対して特に何も思わなかったが、堀さんが平穏になったことを喜んでいることは嬉しかった。

僕たちは世間のカップルの様に過ごして、デートやイベント、肉体関係も持った。

初めて関係をもった後、僕の部屋で堀さんは言った。

「男は最初になりたがり、女は最後になりたがる」

「何となく分かるな」

「そう?」

「何となくだけど」

「実は私もそうなんだ」何度目かのそのセリフを堀さんが言う。


堀さんは僕とは違い寒い季節が好きだった。

雪国である地元の雪にはうんざりしていたようだけど、夕暮れ時の冬木立の散歩を好んでいた。

だから僕たちはよくその時期に哲学の道を散歩した。桜や紅葉のシーズンは観光客であふれているが、この時期は人がまばらでそれが僕にも心地よかった。

今年も何度目かの散歩をする。たまに手をつないで歩いたり、懐かしい思い出話をしたり。お互い納得出来なかったクリスマスプレゼント、美味しかったお店、初めてのケンカ等。どの話も最後はお互いに笑いながら終わるのが楽しかった。反対に何も話さず40分ほど歩く時もあるが、嫌な沈黙ではないと堀さんも思っていることが、僕もそうだと思っていることを堀さんに伝わっていることが嬉しかった。そして僕たちはどんな時も約束の日の話は決してしなかった。それは来月が卒業式であっても。


卒業式の日、僕は堀さんが教授や友達と写真を撮ったり話しているのを離れて見ていた。

友達が僕に気づいて堀さんに何か話しかけるとこちらを向き、手を振りながら僕の方に歩いてくる。

ー田之上君って何気に面白いねー、ーアハハハ、田之上君、アハハハ、また飲みに連れてってね、楽しいな~ー、ー良かった~、別れ話かと思ったよ~ー、ーえっ、初バイトでのプレゼント?、本当に嬉しい、ありがとうー、ー田之上君、これ美味しいよー、ー嘘つかないで、絶対似合っていない。最悪だよあの美容室、二度と行かないー、ー田之上君、ライトアップに行こうー、ーねぇ、田之上君ー、ー田之上君ー

今日、最初で最後の最愛の人と、僕は別れる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ