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第七話 案ずる心

 シュンシュンと、剣が朝の空気を切る音が鳴る。


 その使い手は、ディベルト=オーサーというソーサム団の傭兵。日焼けした肌に、針金のような短い黒髪。剣を握るその腕は逞しく、汗により上衣が張り付いた背中には筋肉の鎧が浮き出ている。


 ソーサム団の拠点には、手合わせができるほどの広さの庭がある。ディベルトはそこでひとり、稽古に励んでいた。これは彼の日課でもある。


 ディベルトが執拗に剣の稽古を繰り返すのは、自らの魔法適性が低いからだ。自分に対して支援魔法をかける、あるいは他者に対して施すとしてもひとつの魔法に集中するのであれば問題ないが、炎・水・風の三大要素を操る自然魔法に関してはからっきしである。


 同じ前衛特化型であってもロゼッタの方が、ウィザレット騎士団で訓練を受けていたため、まだ応用を利かせて器用に立ち回っている。


 ソーサム団に来るまで魔法に接する機会がなかったディベルトとしては、適性のないものに時間をかけるより、自分の得意分野を伸ばす方が有意義だと考えていた。


 なお、ソーサム団は現在、前衛が四名、後衛が二名で少々バランスが悪い。戦闘経験が一番豊富な団長が後衛にまわることで、成り立たせている現状だ。


 前衛のうちの一人であるナリスは、実は元々後衛で、支援魔法を得意としていた。


 ディベルトよりひとつだけ歳下の彼とは、よく二人で組んで護衛任務に出かけていた。馬鹿騒ぎもたくさんした。ナリスをソーサム団に引っ張り込んだのもディベルトだったから、彼を気にかけるのはディベルトにとって息を吸うより自然なことだった。


 それが三年前、ある事件をきっかけに、彼は自らの魔法使用を封印せざるを得なくなった。同時に、ディベルトの前で笑わなくなった。


 魔法を使用できなくなっても、ナリスがソーサム団を去ることはなかった。真面目な彼のことだ、自らがソーサム団にいる意味も考えただろう。


 でも、ナリスに行く宛がないのは、ディベルトも知っている。ソーサム団に残った彼は、依頼が立て込まなければ拠点で留守番兼事務処理を任されているが、最近はナリスとロゼッタ指名での仕事も増えていた。


 依頼については、行程から危険度を事前に確認し、戦闘力に劣る組み合わせである旨を依頼主に説明した上で受けているが、他の組み合わせよりリスクが高いことに変わりはない。魔獣を相手にした場合、魔法を使えない人間はひどく非力だ。最近のナリスは過度に干渉すると嫌がるのだが、ディベルトとしては彼らが護衛に出るたびに気が気でない。


 その彼らは今日、このソーサミアに戻ってくる予定だった。無意識に敷地の外へとちらちら視線を送っている自分がいる。どうも集中できていない。


 余計な思考を追い出すように頭を振ると、道端から声がかかった。


「よお兄ちゃん。精が出るね」

「おう、おっちゃん。店はいいのか?」


 ソーサミアで商売をする、金物屋の主人だった。ソーサム団もよく世話になっているため、ディベルトも顔見知りである。


「今は倅が店番してるよ。それより、大変だったじゃねえか」

「ん? 何が?」


「何がって。お前さんのところの団員が、魔獣を退治したって話だろ」

「……なんだって」

「え? 知らなかった?」


 剣を収め、冬も近いというのに滝のように流れる額の汗を拭う。


「詳しく教えてくれ」

「いや、俺も又聞きなんだけど。なんでも、サワラッカの街外れでソーサム団が魔獣に襲われたって。名前なんだっけ、あの騎士と姫の二人」


 そう言われる組み合わせはひとつしかない。


 顔を顰めたディベルトに、気のいい男は心配そうな顔をした。


「おい、大丈夫か」

「いや。情報サンキュ。魔獣が出たってんなら、しばらく行き来は控えた方がいいかも」

「そうするよ」


 ひらひらと手を振り立ち去る男を見送り、ディベルトは屋内に入る。


 ソーサム団の拠点は二階建てで、一階は水回りと会議室代わりのリビング、そして執務室。二階は各団員の部屋として割り振られている。今、この建物にはディベルトともう一人の男しかいない。


 一階の奥にある執務室に向かう。帳簿の管理など書類仕事が行われる場所であり、この部屋の主のような男は、今日も変わらずそこで書類を捌いていた。なお、団長よりも事務処理能力に長けているため、ソーサム団の財布は副団長である彼が実質握っている。


「シリウス」


 何やら書きつけている書面から、ちらりとだけ視線が上がり、また元に戻る。顎の高さで切り揃えられたくすんだ金髪に、縁のない眼鏡。歳はディベルトより一回りは上だ。


「どうしました」


 視線は相変わらず机に向いている。いつものことであり、特に気にしない。なにせディベルトは書類仕事が苦手で、いつも適当なものを作り上げてはこのシリウス=ワグナーに小言をもらっているため、この部屋にいるときの彼には逆らわないことに決めている。


「魔獣の話、聞いた?」

「何がです」


 怪訝な顔をして、シリウスがペンの動きを止めた。


「さっき教えてもらったんだけど。サワラッカでソーサム団員が魔獣に出くわしたって」

「む」


 眼鏡をくいと持ち上げて、渋面をつくる。


「ナリスとロゼッタですか」

「まあ、そうなるよな」


 それ以外の二人は、サワラッカとは逆方向に出ている。


「あの二人が報告を怠るとも思えないですが、確認しましょう。”念話(テレパス)”」


 早速、シリウスが身に付ける緑色の魔石とロゼッタの白い魔石、ナリスの青い魔石を媒介に思念を繋ぐ。数秒待つが、しかし二人とも応答がない。


「……繋がりませんね」

「まじか……」


 ディベルトはがしがしと頭を搔く。繋がらない理由はわからないが、嫌な予感が的中してしまった。


「俺、ちょっくら様子見てくるわ」


 シリウスも眉を寄せて頷いた。


「ええ。何事もないといいのですが」


 ここからサワラッカへは通常の速度で駆けて四時間。魔法を使用すればその半分ほどで着く。簡単な荷物だけ身に付けて、ディベルトは馬を伴って出発した。


 ソーサミアの街は朝から活気がある。市場に買い出しに行く人。宿を出たばかりの旅人。愛すべき街の姿だが、焦るディベルトの心には、今日ばかりは現実味なく映る。じりじりと徒歩で街中を進み、ようやく街を出て道が開けたところで愛馬に飛び乗った。


「”加速(アクセル)”」


 自分ではなく馬の方に支援魔法を施す。心得たように軽やかに走り始めた愛馬の背で、ディベルトは物思いに耽る。


 ディベルトには家族がいない。正確には、十二歳のときに自分以外の家族を魔獣に殺されて、駆けつけたソーサム団に仲間にしてくれと頼み込んだ。血の繋がった家族がいないからこそ、ソーサム団のことは家族みたいに思っている。


 三年前、ナリスが魔法を使えなくなった事件は、もう一人の団員がソーサム団から立ち去ることで結末を迎えた。


 その団員の名を、ゼノン。ディベルトの二つ年上の男で、彼のことは兄のように慕っていた。無口で無愛想な男だが、けして冷たい奴ではなかった。彼はソーサム団を守るために、ここを立ち去っていった。今、どこで何をしているのか、知るすべはない。結果、ディベルトはまた家族を失った。


 しかし、最も後悔を抱えているのはナリスであろう。事件はけしてナリスのせいではなかったが、彼が当事者であることは間違いなかったから。


 間もなくロゼッタがやってきて、彼女に不必要な疎外感を与えないよう、積極的にゼノンの話題が出されることはなくなった。場を盛り上げるタイプではないが、底抜けにポジティブな彼女のおかげで、ソーサム団は以前の明るさを取り戻した。


 とはいえ、ロゼッタの腕っ節は確かなものの、彼女もまた過去に囚われすぎている。そういう危なっかしさでは、ナリスと似た者同士なのかもしれない。


 なんにせよ、ディベルトはもう二度と、家族を奪われたくなかった。


 無事でいてくれよ、とまだ見えないサワラッカの方角を、睨みつけるように見据えた。



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