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第四話 旅路にて

 ユキが加わって以降、再び魔獣の気配を感じることもなく順調に旅は進んでいる。放した馬たちもそう遠くない場所で草を食んでいたため、無事に回収することができて商人一家はほっとしていた。


 いつしか川面は近くなり、馬に給水させるとともに人間もそれぞれ休息を取っている。空気は肌寒いが、日当たりのよさが心地よい。


 ロゼッタとナリスは、少し離れたところで水面を眺めるユキに視線を向けていた。


「本当に信用していいものか」


「あんなこどもに対して、何を言っているんだ」


 ロゼッタが、心外だといわんばかりにナリスを見やる。


「こどもだからだ。何の理由もなく、あんな場所に現れるわけがない」


「何か事情があるんだろう」


「だから、その事情が不可解だと言っているんだ。それに、()が何をしたのか、君は目の前で見ていただろう。認可を受けない者が魔法を用いることは禁止されている」


 魔法は事実上、ウィザレット騎士団が独占している。ソーサム団は唯一の例外であり、それ以外の者が魔法を行使すれば、それはウィザレット騎士団による討伐の対象となる。そもそも魔法の使用には訓練が必要であり、一般人がおいそれとできる芸当ではないのである。


 だが、あのユキと名乗るこどもは、確かにロゼッタの目の前で魔法を使用していた。


「まあ、魔法は未だ解明されていない謎が多い。あの子が何か特異な体質で、そしてあの子自身はそれに自覚がないのかもしれない」


「だからそれが危険だと言っているんだ。護衛任務中だぞ」


「まあでも、ニーナも気に入っているみたいだし」


 視線の先では、ニーナが未だフードを被ったままのユキに何かを話しかけている。ユキは微動だにしないが、ニーナはにこにこと話続けていた。


「……君は女性に甘すぎる」


「それは認めるよ。ああ、あとユキは『彼』じゃない。女の子だ」


「は?」


 ユキはフードを目深に被ったままで、決して素顔を見せようとしないが、ロゼッタはそれを確信していた。声を聞いた時にはわからなかったが、ここまで徒歩で来たと話す彼女を、ロゼッタの馬に乗せてやったときにそれと気が付いた。


「……結局それか」


「君の懸念もわかるよ。だが彼女は危険じゃない。私が責任をもつから、少し多めに見てくれ」


 ナリスはため息を吐いた。


「……わかった。君は言い出したら聞かないからな」


「ありがとう。助かるよ」


「それで? 護衛任務はサワラッカまでだが、ソーサミアまで彼女と同行するのか?」


「そうだな。あの子が拒まなければ」


「もちろん金は取らないんだろう? シリウスさんに嫌味を言われるぞ」


 ソーサム団の財布を握る先輩の名に、ロゼッタは肩を竦める。


「もしかしなくとも、あの子は私たちより強いだろう。守られているのはどちらだって話だ。シリウスさんも分かってくれるさ」


 ロゼッタは立ち上がった。


「さあ、そろそろ出発しよう」


 商人一家の馬を引いて、荷馬車まで連れていく。ユキは大人しく近づいて来て、ロゼッタの馬をそっと撫でていた。


「ユキ。おいで」


 ロゼッタが呼ぶと、案外素直に差し出された手を取る。小さな手の覗く袖は、幾重にも捲られていた。裾も地面を引きずるすれすれで、ところどころ破けている。サイズが合っていないのと、長旅をしてきたことが察せられる。


 その小さな体が馬に乗るのを手伝ってやり、その後ろにロゼッタも軽やかに跨った。


「さあ、行こうか」


 軽快に馬が歩き出す。片方はこどもといえども、二人分の体重を乗せても嫌がる素振りを見せず従ってくれるいい馬だった。


「ユキはどこから来たんだい?」

「……ずっと東の方」


「遠くから来たんだ?」

「そう」


「一人旅は慣れているのかい?」

「初めて」


「おや、そうなのか。だとしたら、こんな道は通るのをお勧めしないなあ。安全とはいえない」

「問題ない」


「そう。まあでも、女の子の一人旅は魔獣に限らず危険が山積みか。ソーサミアにはどうして?」

「…………」


 ロゼッタはフードに隠された小さな頭を眺めるが、返答はない。


「すまない。色々尋ねすぎたな」

「……手紙を」

「うん?」

「手紙を、届けにきた」


 なんだろう、少し声音が変わった。


「君が書いたのかい?」

「違う」

「誰かのを預かってきたんだ?」


 フードが縦に揺れる。首肯。


「それなら、無事に届けないといけないね」


 こんな小さな少女に一人旅をさせてまで、届けなければいけない手紙とは一体どんなものかと思ったが、踏み込みすぎかと話題を逸らす。


「ソーサミアは初めて?」

「そう」

「いい街だよ。皆気が良くて、活気がある。もちろん、賑わいでは王都に及ばないが」


 王都ウィザレット。騎士団と同じ名をもつその都は、国の中心。かつてはロゼッタも、ウィザレット騎士団としてそこで生活をしていた。


「ソーサミアのことは、聞いたことがある。王都より、優しい街」

「優しい街、か。いいね」


 王都で居場所を失ったロゼッタを受け入れてくれた場所。確かにそんな表現が、よく似合う。


「君も、ソーサミアを気に入るといいな」


 反応はなかったが、特に気にならなかった。


 かつてはウィザレットの騎士であることがロゼッタの全てであった。過去のことを思えば今でも胸が刺されたように痛む。


 それでも、今ロゼッタが帰るべき家は、ソーサミアにあるソーサム団の拠点だと自然に思える。あの場所の空気は、好ましいと思っている。こうして、人は順応していくのかもしれないと、ロゼッタは感傷的な気持ちで考えた。


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