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第三話 出逢い

 橋を無事渡りきり、魔獣の森近くを進んでいる。


 異変をいち早く察知したのは、二人の愛馬たちだった。戦闘に慣れている彼らだったため乗り手を振り落とすことはないが、そわそわと落ち着きのない様子を見せる。


 それに気づいた乗り手が、近づく魔の気配を自ら感じ取るのと、荷馬車を引いている馬が棹立ちになるのはほぼ同時だった。


 ガタガタと荷馬車が音を立て、中から悲鳴が上がる。


「手綱を離して!」

「しかし!」


 一家の父親は、動揺して暴れる馬を押さえつけようと必死だった。


「引きずられる方が危険です! 早く!」

「わ、わかった!」


 ロゼッタたちも馬を降りていた。馬は臆病な生き物だから、魔獣がいる戦場に縛り付けておくことはできない。主の意図を察したように、荷馬車を引いていた馬と一緒に走り去って行く。


「ロゼッタ」


 腰に下げた剣を抜き放ち、ナリスが森の奥の闇に慎重に近づく。


「ああ、任せろ。……皆さんは荷馬車から出ないでください」


 御者台で呆けていた父親が慌てて中に避難するのを確認して、ロゼッタも剣を抜く。集中するようにすっと息を吸った。


「“シールド”」


 空気中に紡ぎ出された言葉が、魔法を発動させる。不可視の覆いが、荷馬車の周囲に展開した。


「"強化(エンハンス)”」


 続いて、ナリスの体を淡い光が包み込む。貧弱な体しか持たない人間が、魔獣の圧倒的な力に対抗するために身に付けた初歩的な魔法が、この”強化(エンハンス)”という支援魔法だった。身体能力を一時的に高め、使い手の熟練度にもよるが、傷を防ぎ、岩を素手で打ち砕くことすら可能にする。


 隙のない構えをしていたナリスが、地面を蹴った。同時に木々の影から現れる魔獣。


 白銀の毛皮を纏った、狼だった。


 ナリスの振るった剣を、銀狼が回避して着地する。すぐさま飛び掛かり、魔法でできた空気の刃が飛んでくる。ナリスはそれを剣で捌く。ソーサム団の傭兵が身につける剣は、魔法をはじき、あるいは媒介にできる代物だ。


 銀狼は絶え間なく攻撃を浴びせ続ける。ナリスの剣が、踊るようにしなやかに舞う。攻撃に隠れていつの間にか肉薄していた銀狼が、大きく顎を開いた。ナリスが大きく踏み込み、これに正面から挑む。魔法と魔法のぶつかり合い。視えない鍔迫り合いののち、互いに飛びずさって距離を取り、もう一度肉薄する。力は均衡していた。


 ロゼッタはナリスの動きを注視していた。ロゼッタの施す"強化エンハンス”が途切れれば、途端にナリスは強力な魔獣に対抗する術をなくす。仲間の命を預かっている緊張感が、ロゼッタを集中させる。


 それをあざ笑うように、ふいに背後で大きな魔法の気配が炸裂した。同時に扱っていた”(シールド)”に強い衝撃。魔法を破られる危機感に、意識がそちらに傾く。


「ぐぁ………ッ」


 背後から熱風に煽られるロゼッタの耳に、ナリスの苦し気な呻きが届く。魔獣の攻撃を受け止めきれず、ふっとばされていた。ロゼッタの魔法の制御が揺らいだのを見逃さず、強撃を叩きこまれたのだ。


「ナリス……!」


 焦りが余計に制御を鈍らせる。そもそも前衛特化型であるロゼッタは、自分以外に魔法を使うということ自体が不得手なのだ。


「くそ……ッ」


 集中しろ…………!


 制御を取り戻すため己の操る魔法に意識を向けていたロゼッタは、肉薄する気配に気づいていなかった。


「ロゼッタ!!」


 荷馬車の幌から顔を出したニーナが、悲鳴のように名前を呼ぶ。


 はっと視線を上げた先には、鋭く尖った銀狼の牙。


 先程の荷馬車に対する攻撃の主だった。手にしていた剣を振り上げようとするが間に合わない。


 やられる……!


 だが、そこにすっと割り込む小さな影があった。


 ぼろぼろの外套から伸びた手が魔獣の面前に掲げられ、瞬く間に不可視の壁が展開される。わずかな時間の力比べのあと、銀狼が警戒するように距離を取った。


 闖入者は静かな足取りで、銀狼に近づいていく。唸り声が上がったが、唐突にそれが止んで銀狼がゆっくりと伏せをした。その傍らにしゃがみこむと、首のあたりをそっと撫でる。ぴくりと耳を動かした銀狼は静かに身を翻すと、ナリスを襲っていたもう一体とともに、森の中に走り去って行った。


 ロゼッタはその様子を呆然と見ていた。


 魔獣が攻撃をやめた。怯えて逃げ出したわけでもなく、まるで説得されたかのように静かに立ち去った。これは、一体………。


 銀狼を見送った闖入者は、目深にかぶったフードのせいで顔が見えず、性別の判断も付かなかったが、身長から察するにこどものように思えた。そのままふらりと立ち去ろうとする気配を感じて、ロゼッタは声を上げる。


「待ってくれ」


 逡巡するように足が止まる。


「助けてくれてありがとう。何か礼をさせてくれ」

「……べつに」


 応えたのはやはり幼く、しかし無愛想な声だった。


「ひとりなのかい? いや、近くに大人がいるのか」

「……ひとり」


 近づくロゼッタに、こどもは一歩後ずさる。


「それなら。この道を抜けるまで一緒に行こう」

「おい、ロゼッタ」


 土埃で汚れた服を叩きながら近づいてきたナリスが咎める。


「大丈夫だ。あ、でももしかして反対方向か。どこに行くんだい?」

「……ソーサミア」


 名前をあげられた街は、ソーサム団の本拠地。……つまりロゼッタたちと行先は同じだった。


「私たちと同じだ。一緒に行こう。皆さんもいいですよね?」


 荷馬車から顔を出していた商人一家が、うんうんと首を振る。


「もちろん。助けてもらったんだからな」

「じゃあ、決まりだ。私はロゼッタ。君は?」


「……………ユキ」


 有無を言わさず距離を詰め、跪いたロゼッタの視線から隠れるように、小さな手によってフードが深くかぶり直された。



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