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第二話 騎士の心

「これは………」


 一行は、橋であったものの残骸の前で佇んでいた。


「あの嵐で落ちたのか」


 予定していたルート上にある橋が、見事に崩落していた。足元には、渓谷。とても降りられる高さではない。昨日、耳をそばだてていても何も得られなかったのは、道に異常がなかったのではなく、単にその橋をまだ渡ってきた者がいなかっただけだったようだ。


「迂回路は」


 馬上でナリスが眺める地図を、馬を寄せたロゼッタが隣から覗き込む。


「あるにはあるが……」

「森に近いな」


 サワラッカに向かうには、この渓谷を渡るしかない。地図上、橋は今目の前にある残骸と、もうひとつ。だが、魔獣の森に近すぎて、護衛しながら通過するにはリスクの高い道であった。


「どうしますか?」


 御者台から呆然と橋の残骸を眺めている、一家の父親に問いかける。男は傭兵二人に視線を向けると、緩やかに首を振った。


「あの嵐で遅れている。道を急ぎたい」

「ここから一時間も進めば、橋には着くでしょう。しかし、その後の道が魔獣の森に近すぎる。正直、おすすめしません」


「橋が復旧するまで待つか、あるいは行き先を変えては?」

「しかし、サワラッカには太客がいてだな……」


 渋面を作る依頼主。その後ろから、荷台にいた少女が顔を出した。


「行けばいいじゃない。ロゼッタたちが護衛してくれるんでしょう?」


 不思議そうに尋ねる少女に、ロゼッタは困った顔をする。


「もちろん、それが私たちの仕事だよ、ニーナ。しかし、我らの組み合わせでは……」


 ニーナと呼ばれた少女は首を傾げる。反対に、父親の方は頭を抱えた。


「わかっている。評判の『騎士と姫』の二人に依頼したのは、私たちだ。安全な道を行く予定だったからこそ、娘の希望を通したんだが」


 不本意な呼ばれ方にナリスの眉がぴくりと動いたが、彼は沈黙を貫いた。


「ええ。私たち二人では、魔獣の森に近づくには戦力不足です。あなた方を守り切れると、お約束できない」


 正直、ロゼッタ一人なら、魔獣と遭遇しても問題なく相手にできるだろう。しかし、一般人三人と、その積荷を守って切り抜けるには具合が悪かった。そもそもこの二人の組み合わせは、護衛を目的とした戦闘に適していない。


「大丈夫よ。ロゼッタは必ず守ってくれるわ。それに、森に近づいても必ず魔獣が出るわけじゃないでしょう?」


「確かに、この辺りでは魔獣の目撃情報はないと言うが……」


「行きましょう、あなた。サワラッカでの商売を諦めるわけにはいかないわ」


 少女の横から母親も顔を出す。


「……ああ、そうだな。頼む。報酬は弾もう」


 妻の言葉に夫が頷いたのを確認して、二人は渓谷沿いを走り始めた。その後ろを、商人一家の乗った馬車が付いていく。


「………すまない」

「気にすることじゃない」


 前を向いたまま呟いたナリスに、ロゼッタもあえて視線を向けない。


「そうも言っていられないだろう」


「私が後衛を務めればいいだけの話だ。まあ何とかなるだろう」


 護衛を前提として二人一組で戦闘を行う場合、前衛と後衛での役割分担が必要になる。前衛は相手の懐に飛び込んで制圧し、後衛は魔法を用いて前衛の支援と防御に徹するのがセオリーだ。ロゼッタが得意とするのは、魔法で強化した動きにより、自ら敵陣に切り込む前衛としての戦闘だったが、対するナリスは()()()使()()()()。二人だけで戦闘を行うのなら、魔法を使えるロゼッタが不馴れでも後衛になるしかなかった。


 それにしても、とロゼッタが話題を変えた。


「『騎士と姫』とはね。そんな風に呼ばれていたとは。最近私たちを指名した仕事が多いわけだ」


「傭兵を見た目で選ぶとは理解に苦しむ」


 意図的に変えられた空気を汲み取り、あえて憮然とした表情をつくったナリスに、ロゼッタは軽やかに笑う。


「いいじゃないか。どうせなら、旅が楽しい思い出になった方がいいに決まっている」


「元はと言えば、君がおかしな振る舞いをするからだろう」


「私は、女性たちの希望に応えているだけだよ」


「だったら、その女性たちだけを相手に口説いてくれ。俺を巻き込むな」


「それが女心の難しいところでね。もちろん、正面からその美貌や愛らしさを褒めたたえるのも大事だ。しかし、自分が観客となって、理想の光景を眺めるというのも、彼女らはまた好むんだよ」


「君はその理想を叶えてやっていると?」


「そんな大したものじゃない。ああ、でも、『騎士』というのはまずいかもしれないな」


「……ウィザレット騎士団か」


「ああ。何しろ追放された身だからね。父あたりが聞いたら怒り狂いそうだ」


 ウィザレット騎士団を追放されたロゼッタは、程なくしてソーサム団に拾われた。護衛対象の少女を護れなかったのだと、ナリスらは追放の理由をそう聞いている。


「自分で名乗っているわけでなければ構わないだろう。勝手に呼ばれる分には不可抗力だ」


「そうあってほしいね。私はどうも、こういう振る舞いしかできないようだから」


「随分窮屈にも見えるけれどな」


 誰かの顔色を窺って、望まれた行動を取る。悩まずに済むが、それを続けるのは息苦しいと、身に覚えのあるナリスは思う。


「そうでもないんだ。……追放される前、私には父の決めた婚約者がいてね。私の気持ちなどお構いなしに、その男の前では淑女でいることを求められた。正直、苦痛だったよ。あの方の傍で騎士として振舞っているときの方が、私は楽に息を吸えた。……それなのに、私はあの方を護れず、騎士としての生き方を失った」


 ふいに沈んだ声音に、ナリスは沈黙をもって返す。耐えがたいほどの後悔に対して、他人の言葉は何もなさない。


 ふいに、少女が馬車の幌から顔を出した。


「ねえねえロゼッタ。キャラメルいる?」


「……私にくれるのかい?」


「うん。どうぞ。ナリスさんも」


「あ、ああ。すまない」


「ありがとう、ニーナ。嬉しいよ。でも、君のその笑顔だけで、疲労はもう吹き飛んでしまったな」


「まあ、ロゼッタったら」


 そばかすの浮いた頬に手を当てて赤面するニーナ。それににっこりと微笑む普段どおりのロゼッタに、ナリスは少しだけ安堵した。


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