第一話 傭兵二人
ウィザレシア暦、四二三年。
街に数件しかない食堂は、夕食を求めて集まった旅人や地元の人間で賑わいを見せている。そこにひと際、周囲の視線を集める二人組がいた。
ひとりは、清潔感の溢れる焦げ茶色の短い髪に、甘く涼やかな榛色の瞳。すっきりとした鼻梁の下の薄い唇は、微かに笑みをたたえている。外套は椅子の背にかけ、装飾のほとんどない簡素な上下と黒いブーツという地味な服装であったが、女性の視線を奪う華やかさがあった。
もうひとりは、柔らかな金糸のような髪を背中に垂らし、伏し目がちな目元で作られる影が、儚げな雰囲気を醸し出している。こちらも同じような恰好をしているにも関わらず、滑らかな白い頬と袖から覗く手首の細さが、男たちの庇護欲をそそる出で立ちだった。
どちらも、系統の異なる美人。夢見る少女が好む、御伽噺に登場しそうな二人組。
ふと、金髪の方が小さくくしゃみをした。
「今日は冷えるね」
もう一方が椅子の背にかけていた外套を手に立ち上がり、腕をさする華奢な肩にふわりと着せた。途端に、少し離れた席の女性ばかりの集団から届く、色めいたざわめき。
立ち上がっているため視界が開けている。かしましい気配の元に何気なく視線を送り、片目を閉じてウインクを飛ばす。今度は黄色い悲鳴が上がるのににっこり微笑んで、華やかな見た目の方――ロゼッタは、腰を下ろした。
「……ロゼッタ。君の趣味をとやかく言うつもりはないが、俺を巻き込むのはやめてくれと言っているだろう」
声量は落としているが、はっきりと苦言を呈すのは、金髪の方。名を、ナリス=ハルジオン。先程のロゼッタの振る舞いは淑女に対するそれであったが、彼はれっきとした男である。
「すまない。視線を感じたもので、つい」
「毎回女性扱いされる俺の気持ちにもなってくれ」
「男でも女でも関係ない。君は君だろう」
この女、別にナリスを口説いているわけではない。それに慣らされてしまった男は、ひとつため息を吐くと、ロゼッタの手によってかけられた外套の下で腕を擦った。
「しかし、本当に冷えるな」
「ああ。……そろそろ戻るか」
二人は立ち上がって、テーブルに立てかけていた剣をそれぞれ手に取る。ナリスは外套を返そうとしたが、それは視線で断られた。まだ観客の女性たちに夢を見せていたいらしい。仕方なく、肩に羽織ったまま扉をくぐる。
外に出れば一層冷たい風にさらされた。冬の気配が近づいている。背後で扉が閉まったことを確認して、今度こそ彼女の外套を返した。そもそも、ナリスは自分の外套を持っている。
「明日も朝から冷えるだろうな。彼らは十分な用意をしているだろうか」
「旅慣れた人たちだ。問題ないだろう」
並んで歩けば、背丈はほとんど変わらない。女性にしては高身長のロゼッタと、男性にしては華奢なナリス。旅芸人もかくやというような風貌をしているが、彼らは傭兵だった。
所属するのは、ソーサム団。ここから数日の距離にあるソーサミアという街を本拠地とし、主に魔獣の森付近を通行する商人や旅人を護衛する。国を守るウィザレット騎士団以外に、唯一生業として魔法の使用が認められた、団員六名の小さな傭兵団だ。
今、ロゼッタとナリスの二人は、とある商人一家の護衛をしている。夫婦と、嫁入り前の少女。ソーサミアの隣町、サワラッカまでの依頼だ。彼らの商売ルートはどうしても魔獣の森の近くを通行するため、ソーサム団の常連だった。一家は今頃、宿屋で家族団欒の時を過ごしているだろう。二人は腹ごしらえと情報収集をかねて、街の食堂に繰り出していたのだった。
数日前に、嵐がこの付近で発生した。積み荷を濡らすわけにもいかず、過ぎ去るまでこの街で足止めを食らっていたため、商人一家は遅れた分を取り戻そうと明日の朝早くの出発を希望している。嵐の後は倒木など予期せぬ事態が発生しがちであるため、護衛もしにくい。他にその道を通ってきた者がいればと思って情報を集めたが、あいにく目ぼしいものはなかった。明日、その場で対処するしかないだろう。
とはいっても、二人はそれほど現状を憂いてはいなかった。自分たちは傭兵団であるが、一般人が通る道に魔獣が出る確率は、かなり低かった。その昔に交わされた取り決めどおり、森深くに踏み込まなければ、魔獣と遭遇することもない。それでも依頼主の安心を担保することこそが、傭兵の役割なのである。