序
この物語は、ロマンシス及びブロマンス要素を含みます。苦手な方はご注意ください。
ウィザレシア暦、四二〇年。
普段から化粧っ気のない男装の麗人は、傷ついた体をベッドの上で無理に起こして、その見知らぬ役人と対峙していた。
「ロゼッタ=フレイヤ。此度の貴殿の職務怠慢により、第四王女殿下の御身が危険にさらされた。よって、本日付でウィザレット騎士団を追放する」
「は………?」
聞き取れなかったわけではない。
剣と魔法をもってウィザレシア王国を守る、ウィザレット騎士団。それに所属し、並々ならぬ誇りをもって職務に当たってきた、若き女騎士の思考が停止する。
「本部に戻るまでもない。速やかに騎士としての身分を捨て、立ち去るように。これが、ウィザレット騎士団からの最後の命令である。以上」
広げていた命令書をくるくると巻き、その役人が差し出してくるのを、ロゼッタは呆然として受け取った。
そのまま踵を返す男に、慌てて声を上げる。
「待ってくれ」
「なにか?」
返す男の声は冷たいが、よく見ればその顔には疲労が滲み出ていた。早馬で駆けてきたのだろう。騎士の身でもないのに肉体労働を課せられ、早く帰りたいという思いがありありと浮かんでいる。
「第四王女殿下のご様子は」
「それは私などが知る由もない。……だが、取り立てて何かあったという噂も聞かないな」
男もロゼッタの顔色を見かねたのだろうか、付け加えられた情報に多少なりとも安堵する。
「それなら、殿下にお目通りは……。せめて、謝罪する機会をいただきたいのだが」
「無理だろうな。あんたはもう騎士じゃない。一般人だ」
ガラガラと、足元が崩れ落ちていく音がした。
あの方が、騎士としての私を必要としてくれた。私に騎士として生きる喜びを教えてくれた。彼女を傍で護っていくのが、自分の使命だと思っていたのに。
「ああ、もうひとつ。フレイヤ中将からの伝言だ」
父を指す名に、ロゼッタが再び顔を上げる。
「曰く、『お前はフレイヤ家に相応しくない。二度と戻ってくるな』だそうだ」
強い拒絶の言葉。
ロゼッタは察した。この追放という客観的に見て厳しすぎる処分は、激高した父の仕業に違いないと。フレイヤという代々騎士を務める家系に、何よりも誇りを抱いている人だから。
家を継ぐはずだった兄が幼い頃に姿を消して、ロゼッタは自ら剣を手に取った。女には務まらないと渋る父を説き伏せ鍛錬を重ね、念願叶って騎士団に入団した。フレイヤの名に恥じぬ騎士として生きること。それこそが、二十一年間歩んできた人生だったのに。
すべてを失った今、ロゼッタは呆然と宙を見つめていた。
* * * * *
かつて世界では、人間と魔獣が争いを繰り返していた。白銀の毛並に紫色の瞳をもち、魔法でもってか弱き人間を蹂躙する魔獣に、人々はじわじわと劣勢に立たされていった。
そこに、一人の女性が現れる。白銀の髪に、紫の瞳。魔獣と同じ色をもち、魔獣と同じく魔法を操るその人は、双方に働きかけ、その長きに渡る戦いに終止符を打たせた。
人間は街に。魔獣は森に。けして互いの領分を侵さず、干渉しないこと。
この取り決めをもって、世界には平穏が訪れた。
多くの人間を救ったその女性は、身を寄せていた国の王に乞われて、彼女を慕う者たちにその魔法を教え授けた。
こうして、彼女の教え子たちによる組織、ウィザレット騎士団が誕生する。彼らの師たるその女性は、始祖と呼ばれるようになった。
時は流れ、今もなお、誇り高きかの騎士団によって、ウィザレシア王国の平和は守られている。