【三族山編】相即不離〜反撃の炎色反応〜
儀式当日――俺とアンズは、教会裏の暗やみに身を潜めていた。
教祖が化学兵器を起動する寸前、アンズに魔法を放ってもらう。それが俺たちの作戦。
そんな張り詰めた空気の中で、アンズが弱音を漏らす。
「アダム。私たち、うまくできるかな。信者の人たちの落胆した声が聞こえるし……」
「アンズ。大丈夫だ。昨日、教えただろ? 凡事徹底だよ」
すぐに励ましたつもりだったが、アンズの表情が冴えない。
「もしかして、こういう場所で歌うの……初めて?」
「うん。だって、この前のカフェが初めてだったんだよ? 今回は、会場が広いし……」
そう言って、頬をふくらませるアンズ。まるで、怒った河豚みたいだ。
その様子が面白可笑しくて、アンズの頬を両手で優しく押してみる。
「ぷぅー!」
ジェット風船のように、空気が抜ける音。
(懐かしいな……。“ジェット風船”なんて、久しぶりに言ったかも。あっちの世界では、野球場のラッキーセブンでよく見てたな)
ちなみに、頬をふくらませていた本人は、なぜか、目をまん丸くさせていた。
その顔がおかしくて、俺はつい声を出して笑ってしまった。
「……ははっ」
自分でも驚いた。
こんなふうに、自然に笑ったのは、いったい、いつ以来だろうか。
アンズも驚いた表情で俺を見つめていたが、すぐに頬を赤らめた。
恥ずかしそうにしながらも、どこか嬉しそうだ。
「アダム、すごい! 緊張してないの?」
「あぁ。人前に出るのは、慣れてるよ」
「そうなんだ?」
(あっ、しまった。慣れてるのは、ぶっちゃけると……前世で大学講師をやっていて、講義や学会発表で人前に出る機会が多かったからだ)
慌てて、話を逸らす。
「えっと、そうだ! 緊張することは、悪いことじゃない。この日のため、一生懸命頑張ってくれたんだし……」
(あぁ……元々、俺の方からお願いしたんだ)
『頼む! 研究者である俺のために、曲を作ってほしい。そして、歌ってくれないか?』
あんな図々しい頼みだったのに、アンズはすぐに了承してくれた。
今回だけじゃない。誘拐事件の時、俺に魔法を教えてくれたし、俺が落ち込んでいた時には、励ましてくれて……母さんに向き合う勇気までくれた。
アンズがいてくれたから、今、俺はこうして、教祖に立ち向かう準備ができている。
「アンズ、ありがとう。いつも、俺に新しい道を示してくれて……」
「えっ? どうしたの? なんだか、死亡フラグが立つセリフを言ってない?」
「違うんだ……。ごめん。俺は、口下手だから、うまく表現できない。だけど、これからのパフォーマンスで証明するよ。それに、アンズ。怖がらないで。何があっても、俺が味方だ」
「アダム、わかったわ! 確かに、みんなにもオタ芸を披露してもらいたいから……やるよ!」
お互いの表情を確認し合った、その直後だった。
今回の儀式でいよいよ終幕を迎えるようだ。沈黙していた教祖が、ゆっくりと口を開く。
その瞬間――アンズが杖を取り出し、魔法を唱える。
「デストロイ・プロジェクト――!」
すると、アンズのすさまじい破壊力により、教会内の教壇が粉々になっていた。
(あぁ……やっぱり、アンズはあの王族のお父さんの血を引き継いでいるんだな……)
感心させられてしまったけれど、のんびりしている暇はない。
俺たちが教会に入ったところ、すでに第8王子のエバスが、教祖を魔法で拘束させていた。
(母さんのいう通りだ。教祖は耳が聞こえないから、こういう音にも気づかずに、反応が遅れたってわけか……)
偶然にも、エバスはモテるために筋トレをしていたことから、肉弾戦は得意分野らしい。
(良かった、こういう人材がいると助かる……)
俺とアンズの姿が見えたのか、大声で檄を入れてくれた。
「よっしゃあ! これで仕留めたぁあああ! あとは、頼んだぞ! 二人とも!」
エバスも今回、ケチョンチョンにしたいと志願していた。
フォレスト家への敬意と感謝も踏まえて、絶対に応えなければならない。
そんな覚悟を決めたところ、アンズは、教祖が拘束されている姿を見て、ぽつりと本音を漏らす。
「うわぁ……。魔法、効きすぎちゃったかな?」
「いや、問題ない。よくやった、アンズ」
すかさずフォローし、マイクのスイッチを入れた。
ここからは、俺たちの逆襲だ。
「さて、皆さん。お集まりいただきありがとうございます。神が失望したと、この教祖様は言っていましたが、果たして本当なのでしょうか? これから、ある神様にお願いしてみますね」
俺は、異世界に送り出してくれた女神様に、改めて、心の中で感謝する。
そして、魔法を唱えた。
「女神様、7種類のステンレス製金網と試薬、そしてガスバーナーを!」
唱えてすぐ、お望みの実験器具が現れた。
まずは、ガスバーナーを手に取る。すると、教会の最前列にいた俺の友達が声をかけてくれた。
「アダムくん! ガスの元栓なら、ここにあるよ!」
「ありがとう、ルパタ」
第7王子のルパタはいつも親切で、気が利く。早速、ルパタにガスバーナーの元栓を開けてもらった。
信者たちは、ルパタの名前を聞いて、どうやら王族がこの場所にいるとは思っていなかったらしく、驚きの声を上げる。
その間、俺は急いで、炎色反応の実験準備を行い、完了させる。
準備が終わった様子を見て、エバスが、信者に一声注意を促す。
「おい! これから、パフォーマンスだ! ちゃんと見とけよ?」
「エバス、助かった。おかげで、準備完了だ」
これから、実験を始める。
まず、1番目に取り扱うのはリチウムだ。アンズの歌詞で、最初に出てくる。このリチウムをステンレス製の金網に付けたあと、ガスバーナーの火元に当てると、赤色に燃え上がった。
「この試薬は、リチウムが入っている。炎に当てると……ほら、赤色になるんだ」
どうして、この試薬を入れるとこの色になるのか、【炎色反応】を信者たちにも見入ってもらうよう、わかりやすく説明する。
本来なら次はナトリウムだが、それは最後に取っておく。
(なぜなら――彼女の“瞳”の色だからだ)
なので、ナトリウム以外の5種類についても、歌詞通りの順番で、実験し続けた。
「カルシウムを入れると……見てください、オレンジ色です。そして、最後はナトリウム……。そうだ。信者の皆さんは、前回の儀式で黄色の花火を見ましたね?」
問いかけスタイルで、信者の様子をしっかり見つめる。
「そのとき、教祖はこう言いました。『今日、打ち上がる花火は……黄色だと神は言っている!』と」
「えっ。もしかして、その手に持っているのって……」
勘の鋭い信者がいるようだ。
「ご名答。今、この手に持っている試薬は、ナトリウムが入っている。これを火に当てると……」
先週、信者たちが花火で見たであろう黄色の炎が立ち上がる。
信者たちは無言で、両手を握りながら、祈り始めようとしたが、ある一人の俺と同い年ぐらいの信者がぽつりと本音を漏らした。
「……花火が、見たいな」
(OK。俺が言って欲しいと思っていたリアクションだ)
「お嬢さん、その願いを叶えようか……」
「えっ? 本当に?」
「あぁ。しかも、花火だけじゃない。歌のパフォーマンスも一緒に――」
俺はマイクをアンズに渡す。
そして、アンズの耳元でこう囁いた。
「アンズ。思いっきり、楽しんで」
すぐに頷いたアンズは、さっきまで教祖がいたステージの上に立つ。
一方の俺は、一旦、教会の外に出る。遠方で準備してくれている母さんと花火師に合図を送るために。
さっき、頬をふくらませていたアンズの顔を思い出す。あんな風に無邪気に笑える日々を、これからも過ごしたくて――魔法を唱えた。
「女神様、334個のジェット風船を――!」
すると、黄色のジェット風船が、夜空に舞い上がった。
とある女神様の伝言
「アダムくん、ジェット風船ってことは……ラッキーセブンね! それより、“7”と言えば――第7王子のあの子、いい子だったわ。今は何をしてるのかしら。いつか薬草園で、信頼できるお友達と、楽しい時間を過ごせますように」
<予告>
次回はアンズちゃん視点回です。歌います。どうぞよろしくお願いいたします!