【三族山編】和衷協同〜5つの願い事〜
アンズとの電話を終えた後、俺はルパタが管理している薬草植物園に向かい、用事を済ませていた。
(ルパタの体調が良くなりそうな薬草を、調合しておきたかったから……)
その帰り道――目を疑うような光景を目の当たりにした。
なんと、母さんがアンズと話していた。
だけど、そのとき、アンズは俺のことを、真心を込めて語ってくれた。
「アダムは、あなたのせいで、10歳の時に一人で生きていくことになったんですよ? だから、アダムに謝って!」
正直、あんなふうに言ってくれる幼馴染がいると思うと、すごく嬉しかった。だからこそ、困っているアンズの姿を見て、駆けつけずにはいられなかった。
でも、不思議と……この前会った時より、動揺しなかった。
きっと、みんなが俺のそばにいてくれたからだ。
今なら、母さんとちゃんと向き合える気がする。
逃げずに、受け止められる。
だから、俺の方から話しかけることにした。
「……ねえ、母さん。俺たち、5年間も離れてたよね」
「……ええ」
「だから、お願いがあるんだ。1年にひとつずつ――5つの願い事を叶えてくれたら、また“家族”になれる気がする。だから、俺の言うことを聞いてほしい」
母さんは、俺の話を聞いて、吃驚仰天していたけれど……すぐに頷いてくれた。
「まず、1つ目。薬物検査を受けてほしい。別に、疑ってるわけじゃない。だけど、ちゃんと“証拠”を見せてくれないと、俺たちは母さんの“味方”にはなれない……」
冷たく聞こえるだろう。けど、これは俺なりの“信じている”っていう証なんだ。
だからこそ、強く言い切った。
すると、母さんは「わかったわ……」と答えてくれた。
なので、この後、ニカさんに、尿検査などの薬物検査を依頼するつもりだ。
「2つ目は……ザダ校の王位戦にエントリーしたいんだ。その申請書類、家族のサインが必要でさ、母さんの名前を書いてほしい。この世界で、どうしても叶えたい夢があるから」
俺は、必要書類である身上書を母さんに渡したけど、ふと照れくさくなり、視線を逸らす。
(夢や目標を聞かれたら、語ることはあるけど……。自分から明かすなんて、滅多にしないことだからな……)
次のお願いは、俺一人では叶えられないことだ。だから、俺はアンズとシンイさんの隣へ歩み寄る。
「アダム?」
「アダムくん?」
「アンズ、シンイさん、ありがとう。さて、母さん。3つ目の願いだけど、俺たち、三族山で儀式の代わりに“パフォーマンス”を披露するんだ。少しでもいい。裏方で力を貸してくれないか? 人手が足りてないんだ」
俺がそう言うと、アンズとシンイさんは、母さんに向かって丁寧に頭を下げてくれた。
そんな様子を見て、母さんも覚悟を決めたようで、こくりと頷いてくれた。
ここまでは、順調だ。
でも、次の願いは、母さんの“これまで”を大きく揺るがすものになる――。
「4つ目。宗教から……足を洗ってほしい」
「あぁ……」
さすがの母さんも、足がおぼつかなくなり、その場でしゃがみ込む。
(やっぱり……何年も信じてきたものを手放すのは、簡単なことじゃない。それでも――)
「もう“奇跡”や“信仰”に頼るんじゃなくて……自分の足で、立つんだ。今回、ここに来たのは、他の信者たちを助けたかったんだろう? 今までの母さんは、もしかしたら“騙された側”だったかもしれない。でも、今日からは、“誰かを救う側”にもなれるんだ」
「……!」
「それに、母さんが産んでくれたから、こうして俺は研究者として生きている――すでに“奇跡”なんだよ」
「アダム……」
「俺を産んでくれて、ありがとう。俺は、ちゃんと生きてる。ちゃんと、この世界で、生きてるんだ」
「うぅう……!」
母さんは、声をあげて泣き出した。
「そして、最後に……妹のことだけど……」
自分から切り出したくせに、どうしても、言葉に詰まる。
(いや、これだけは絶対に言わなきゃいけない。思い出すのもつらいけど……あの、何を考えてるのかわからない父親が言ってたことなのだから)
「母さんが、新たな命を諦めきれない気持ちは、すごくよく分かる。多分、俺自身も昔、『妹がほしい』と寝言で言ってたのかもしれない。だけど……今ここにいる“俺”を、ちゃんと見てほしいんだ」
そう言いながら、自分でも胸が苦しくなった。
それでも、話を続ける。
「俺はずっと、母さんに“俺自身”を見てほしかった。“妹がいない”ことを埋めるための存在じゃなくて、ひとりの人間として……俺のことを、見てほしい」
そうだ。俺も、ケジメをつけなきゃいけない。
あの世界で……大好きだった妹は、もういない。
だからこそ、俺はこの世界で、妹の分まで生きて、人生を全うする。
「以上、この5つを母さんにお願いしたい。どれかを選んでくれ、じゃない。全部、叶えてほしい。ワガママな息子の願いだけど……それでも、受け入れてほしいんだ」
心から伝えたかったことは、すべて言った。
母さんは、いまだに涙が溢れたままだ。
けれど、その黒い瞳は、すでに悲しみではなく、大志を宿していた。
それでも泣き続ける母さんを前にして、俺は、なんて声をかければいいのかわからなかった。
(なんせ、俺たちの間には、5年もの空白があったのだから……)
そのとき、不意に庭の茂みの中から、啜り泣く声が聞こえてきた。
「グスッ……あぁ……本当に良かった……」
「もうー! 兄ちゃん! 泣くなよー! オレまで涙が出そうになるじゃんかよ!」
現れたのは、フォレスト家のルパタとエバスだった。
あまりに突然の登場で、シンイさんが涙目になりながらもツッコミを入れる。
「ちょっとー! 二人とも、いつから盗み聞きしてたの?!」
「姉ちゃん! だって、どうなるか気になったんだよー! なぁ、兄ちゃん?」
「うん……そうだね……グスッ」
フォレスト家の三兄弟は、みんな、俺と母さんのことを心から心配してくれていたようだ。
母さんは、涙を拭いながら、彼らに何度も「ありがとう」と繰り返した。
その声には、もうかつての迷いはなかった。ただ、前に進もうとする、“優しい母”の声だった。
「フォレスト家のご子息、ご令嬢の皆様。このたびは、私のことでご迷惑をお掛けして、大変申し訳ございません。ですが……教祖の作戦を止めるために、全力を尽くします」
そう言って、深く頭を下げたあと、母さんはアンズと俺の方を向く。
「あなたたち……これからも、よろしくね」
その言葉に、アンズの黄色い瞳から、涙がはらはらと落ちる。
「はい。私が、アダムのこと、支えますから……」
こうして、母さんと5年ぶりに和解したこともあり、次回の儀式で披露するパフォーマンスに向けて、俺たちはそれぞれ、新たな一歩を踏み出した。
<予告>
次回は、薬物検査結果判明・パフォーマンス準備回になります。
果たして、アダムのお母さんは、本当に陰性なのか。
そして、アンズちゃんは歌詞、作曲を完成できるのでしょうか?
お楽しみに。
<お礼>
この度、『ファンタジア・サイエンス・イノベーション』のPV数が5000を超えました!
ご愛読いただき、誠にありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。