【三族山編】私の上司は第5王女 ※アンズ視点
【※注意】主人公ではなく、アンズちゃん視点です。
ニカさんの家で一泊した翌朝――シンイさんが迎えに来てくれた。
アダムとエバスくんはフォレスト家で降ろすことになり、今、車内にいるのは運転手さんを除けば私とシンイさんだけ。
(あれ……? この後、何か予定あったっけ?)
そう考えていると、シンイさんが声をかけてきた。
「アンズちゃん! ボケーっとしてるね! この前、ワタシに言ってたじゃん!」
「えっ?」
「図書館の一部をカフェ併設にしたいって話だよー!」
「あぁーっ!」
アダムと二人で電車に乗っていた時、図書館長さんに「デート中ですか?」なんて言われてしまったことを思い出し、オーバーリアクションをしてしまう。
「どうしたの?! テンパっちゃって……」
シンイさんはニコニコ笑いながらも、驚いていた。
(デートなんて言葉を口にしたら、シンイさん、絶対に付き合ってるって勘違いしそうだし……)
私は慌てて、別の理由をひねり出すことにした。
「ごめんなさい! 曲の創作活動で行き詰まってて、つい……!」
「あぁー! そうだよね! 大変だろうけど……。ワタシさ、この前初めて、アンズちゃんの歌を聴いて、すごくハッピーな気持ちになれたよ〜!」
「えっ!」
(『ハッピー』だなんて、嬉しいキャッチフレーズかも……!)
「だからさ、息抜きしよう? ちなみに、今から向かうのは、図書館だよ。外装も含めて写真を撮って、雰囲気を記録しておこうと思ってね〜」
そう言うなり、シンイさんはカメラを取り出し――まだ車の中なのに、いきなり撮影を始めた。
「シンイさん、まだ道の途中ですよ?!」
「やる気がみなぎってきちゃった!」
「本当ですね……目がギラギラしてる……」
「このカメラ、いいかも! はっきりわかんだね!」
そんな愉快なやり取りを交わしつつ、しばらくして私たちは図書館の入り口に到着した。
すると、図書館長さんがすでに待機していた。
「アンズちゃん、こんにちは! えっと、あなたは……」
「初めまして。ワタシはシンイ・フォレスト。この度、『ハートバックス』の社員として訪問しました。今日はよろしくお願いいたします」
シンイさんはそう言って、お辞儀をする。
「よろしくお願いいたします、シンイ様」
図書館長さんも丁寧にお辞儀を返した。
「あっ……今のワタシは王女としてではなく、会社員として来てるから、さん付けで!」
「いいんですか?」
「もちろん! さて、図書館という静かな環境の中で恐縮ですが、写真を撮らせてください。すぐに終わらせますので」
「それでは、シンイさん。お気遣いありがとうございます。どうぞ、お撮りください」
「はーい」
(おぉー! さすがシンイさん! ちゃんと配慮もできるんだよね、副店長なだけある!)
私はシンイさんの負担を少しでも減らせるよう、写真の確認をしたりと、最大限手伝うことにした。
カシャ!
「よし……これで全部撮れたね!」
「はい、シンイさん」
「ごめん、ワタシ……ちょっとお花摘みに行ってくるね?」
写真を撮り終えたシンイさんは、お手洗いへ直行。
一方の私は、お手洗い近くの椅子に座って、待つことにした。
すると、すぐそばで、ある会話が耳に入る。
「実はさ〜、俺、週に1回、三族山で花火師の仕事してたんだけど、クビになっちまったんだよ……」
「えっ? マジで?」
「あぁ。『来週から来なくていい』って、突然言われたんだぜ〜」
「ひでぇ……。そうだ! 思い出した。俺のダチが運送業してるんだけど、三族山への配送がなくなったって言ってた。それ、関係ある?」
「いや、俺らは自分たちで花火玉を用意してるからな……。もしかして、不景気ってやつ〜?」
おじさんたちは自分たちの状況に悲憤慷慨していたけど、その会話の中で、どうしても引っかかる所があった。
(『三族山で花火』って、この前のじゃない……? それに『配送』って……例の薬物の話?!)
私はアダムと違って、頭が切れるタイプじゃない。
だけど、このおじさんたちの話は、宗教団体をケチョンケチョンにする上で、貴重な情報源になるかもしれない!
(……でもさ、私から話しかけるのは怖い)
なぜ怖いのか。それは、この図書館で……私は誘拐されたことがあったから……。
あの時はアダムが助けてくれた。
でも、今は私ひとりしかいない。
私はそっと目を閉じる。
(どうしよう……話を聞けば、真実に近づけそうなのに)
怖い。
でも、私は願っている。
アダムのお母さんが、アダムと仲直りしてくれることを!
悩みに悩んで、ゆっくり目を開けたところ――すでにシンイさんが、おじさんたちに話しかけていた……。
「あの、そのお話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
(シンイさん、すごい! いつの間にかグイグイ割り込んでる!)
「お姉さん、何か用?」
「仕事の話だからなー」
「この話に、あんまり関わらないほうがいいよ〜」
「そうだそうだ!」
おじさんたちは、少し苛立った様子で牽制する。
それでも、シンイさんは一歩も引かなかった。
「はぁ〜、埒が明かないから、ワタシの自己紹介でもするかぁ〜。ワタシは第5王女、シンイ・フォレスト。名前だけじゃ信じられないだろうし、証拠を見せるね?」
そう言って、シンイさんはぺろりと舌を出す。
そこには、「5」の数字をかたどったアザがあった。
(聞いたことがある……! 人間以外の王族子女には、生まれつきアザがあるって……本当なんだ!)
ちなみに、アダムや第4王女のケイちゃんは人間だから、アザはない。
だからこそ、私にとって、初めて見る光景だった。
おじさんたちも目を丸くしていたけど、さらにシンイさんは、彼らを驚かせる提案をした。
「さてと……ワタシからお願いがあるの! 失業手当として、6か月分の給与をフォレスト家が負担するから、調査に協力してもらえないかな?」
にっこりほほえみかけるシンイさん――まるで、いつもの『ハートバックス』での接客そのもの!
そのキュートな笑顔を見せられては……もう答えは決まっていた。
「わかったよ! お姉ちゃん!」
「その言葉に嘘はないだろうな?! なら、話してやるよ!」
「助かるよ〜! じゃあ、移動しよう!」
そう言うなり、シンイさんは私の手を引き、すぐに図書館長さんと掛け合う。
……その結果、図書館内の来客室を借りることができ、おじさんたちから有益な情報を聞くことに。
そして、電話越しだけど、アダムにも話を聞いてもらうことにした。