【三族山編】明鏡止水〜第⚫︎王子と再会?〜
あの後、エバスとリュウコさんが帰ってきた。
「ただいま――!」
エバスは満面の笑みを浮かべている。リュウコさんも、どこか楽しそうだ。
(意外……リュウコさん、笑うんだ……)
ふと目が合うと、彼女の方から話しかけてくれた。
「エバスくんは20匹釣りましたよ。私は30匹。二人合わせて50匹です」
「すごい……お二人ともお疲れ様です!」
アンズが驚きながらも、労いの言葉をかける。
「では、早速焼いて食べましょう」
リュウコさんの提案で、みんなで外へ出て、炭火で鮎を焼くことにした。もちろん、塩を振って。
エバスは「うっまーい!」と大興奮しながら次々と鮎を平らげ、アンズも「おいしいね!」と嬉しそうに俺の方を見る。
俺も一口食べる。
(あっ……脂がぷりぷりしていて、塩とよく合う……)
美味しさの余り、言葉を忘れ、黙々と味わっていた。
そんな俺たちの様子を、ニカさんとリュウコさんは静かに見守ってくれていた。
さて――今日は夜も遅いので、俺たちはニカさんの家で一泊することになった。
晩飯を食べ終えると、エバスとリュウコさんは釣りの疲れが出たのか、「寝る」と言ってさっさと寝床へ。
アンズは新曲のリズム構成を考えると言って、先ほどの待合室へ向かった。
残ったのは、俺とニカさん。
二人で食事の後片付けをしていると……。
「アダムくん、せっかくだし、僕のラボを見て行かない〜?」
ニカさんはそう言いながら、シメのペロペロキャンディを口に放り込んだ。
「いいんですか? 見ても?」
「もちろんだよー! 色々、話もしたいしさぁ〜」
「わかりました」
こうして俺は、先ほどニカさんが検査していた研究室へ足を踏み入れることに――。
そこに広がっていたのは、いかにも理科の実験室といった雰囲気の空間だった。意外と広い。
検査機器や実験器具が整然と並び、見ているだけでワクワクしてくる。
(うわぁ……懐かしいな、この感じ)
思わずキョロキョロしていると、ニカさんが気を利かせて声をかけてくれた。
「あっ、ここに座っていいよ〜!」
「どうも……」
差し出された椅子に座ると、ニカさんがインスタントのカフェオレを手渡してくれた。
(……しかし、これから何の話をするんだろう?)
カフェオレを少しずつ飲みながら、俺はニカさんが話し出すのを待った。
ニカさんは薬物の検査結果を見つめながら、やがて、ゆっくりと口を開く。
「アダムくんさ……。君はなんで、宗教団体の調査をすることになったの?」
「そうですね。研究取扱者の試験で、三族山のことを題材にしていました。それもあって、学校でたまたまランプ市長に会ったとき、相談を受けて、調査をする流れになった、という感じですね」
「ふむふむ……」
ニカさんは頷いたものの、なぜか表情が曇る。
そして、少し間を置いてから、本心を語ってくれた。
「あの……昨日、第5王女のシンイさんを通じて、リュウコちゃんから話を聞いたけど……。君のご家族が……って……」
「あぁ……」
(どうやら、シンイさんが母さんのことを話したらしいな……)
「実は……母さんがその宗教に入っています。それで、母さんは俺がその薬物を持っていたところ、盗もうとしてきました。もしかしたら、薬物依存かもしれません」
「そっか……。でも、依存かどうかは尿検査をしないと分からないから、大丈夫だと信じるしかないね……。君のお母さん、もしかして何かしら不安や苦痛を和らげたかったのかな?」
(……困ったな)
さすが、研究者のニカさんだ。目の付け所が違う。まるで、俺の家族のことをすべて見透かしているみたいだ。
(まぁ、同じ研究取扱者だし……ニカさんになら話してもいいのかもしれない)
「ニカさん……俺の母さんは、父親から暴力を受けていましたが、この前、その父親に言われたんです。『本当は妹が欲しかったんだろう』って。だけど……俺、そんなこと、一度も言った記憶がないんです。なぜだろうって……」
「妹が欲しかった、か……。理由は僕にも分からないし、憶測になっちゃうけど……。君のご両親、お子さんがもう1人欲しかったのかもしれない」
「……ぁあ……」
(その考えは……頭に浮かばなかったが、その可能性はあるのかもしれない)
想像もしなかった言葉に、思わず項垂れる。
すると、ニカさんは突然、申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん……。他のご家庭の事情に踏み込むのは良くないね。正直に伝えすぎたかもしれない。でも、君が何かに葛藤しているのを見て、放っておけなかったんだ。……そうだ、この機会だし、僕自身のことも話そう」
そう詫びながら、俺にも棒付きのペロペロキャンディを手渡す。
そして、本音を語ってくれた。
「僕とリュウコちゃんは……子供が大好きなんだ。しかし、残念ながら……授かることはできなかった。諦めたくなくて、いろんな治療を試したし、研究者としてできる限りのことはすべてやってきた。それでも……ダメだったんだ」
「ニカさん……」
「重たい話でごめん。でもね、僕たちはやれるだけのことをやり尽くしたから、後悔はしていない。それでも――」
ニカさんは視線を落としながら、話を続ける。
「産みたくても産めなかったり、それぞれ事情はあるんだ。まるで元素みたいに、一人ひとり違う個性があるように、みんな、それぞれ悩みを抱えている。だからこそ、自分にできることを、自分の頑張れる範囲でやるしかないんだよ」
そう言って、一冊のアルバムを差し出す。
「僕たちは子供を授かることはできなかったけど、心から子供が大好きなんだ。だから、孤児の子たちの面倒を見たりしていたんだよ」
ニカさんはアルバムを開き、ゆっくりとページをめくり始める。
「この子は……吸血鬼族の女の子だね。今はフィギュアスケートの選手になりたいって言って、自分の道を歩み始めたよ」
ニカさんは写真を見つめるたび、温かい眼差しを向ける。
「あっ。この吸血鬼族の男の子は、大変だったなぁ。無表情だし、大人しかったから……。でも、魔力がとても強い子だったから、最終的に王家に引き取られたんだけどね〜」
ニカさんがくすくす笑っているのを見て、俺も写真を覗き込む。
そこに写っていたのは、白髪に黄色い目をした少年。
確かに、無表情だが……。
「あれ。この少年、もしかして……?」
――俺は、この少年に見覚えがあった。
俺のクラスメイトであり、実験部の部員でもある、あのぶっきらぼうな王子にそっくりだったから。