【三族山編】奇想天外〜研究取扱者と再会〜
リュウコさんが旦那さんを連れてきたのだが、俺は思わず目を見開く。
「うちの主人がすみません。ほら、ご挨拶を!」
「ごめんね〜。ん! あれ、アダムくん?!」
(……この人、どこかで……)
記憶を辿り、思い出す。
あれは、今から5年前だろうか——。
「あなたは……えっと、研究取扱者試験にいた……」
「ニカ、だよ!」
そう言って、にっこり笑うおじさんこと、研究者のニカさん。
(そうだ! この人、試験の時、ずっとペロペロキャンディの話をしてたから印象に残っていた……)
「ニカさん! お久しぶりです」
「うんー! アダムくん、元気? 世間話もしたいところだけど、取り急ぎ、その薬物を検査するよ」
俺が手元に持っていた薬物を、ニカさんは手際よく回収する。
どうやら、奥の部屋が彼の研究室であり、検査機関も兼ねているらしい。
「じゃ、ちょっと待ってね〜!」
新しいペロペロキャンディを取り出しながら、そう言い残し、ニカさんは部屋に消えていった。
一方のリュウコさんは、白衣を脱ぎながら玄関へ向かう。
「主人はこれから数時間、引きこもりになると思うので、私は食料を調達してきます」
(ん? 食料調達?)
「えっと……スーパーかどこかに行かれるんですか?」
どこかへ向かう雰囲気を察し、アンズがすかさず尋ねる。
「いいえ。ちょっと離れたところに川があるので、そこで釣りをしてきます」
「……えっ?」
アンズはきょとんとした顔をする。
「え、待って。つっ、釣り……?! スーパーじゃなくて?」
「ええ、釣りです。そこの川、いい魚がとれるんですよ」
リュウコさんは至って真顔だ。
だからこそ、アンズは困惑していた。
(自給自足の生活ねぇ……アンズの知らない世界だろうし……)
ふとアンズの育った環境を振り返りながら、俺が代わりに問いかける。
「つまり、これから魚を釣るから、釣った魚をご飯にするってことですか?」
「そういうことです。では――」
リュウコさんが足早に去ろうとした、その時だった。
「待ってください! オレもついて行きます! リュウコ夫人!」
エバスが突然、声を張る。
「ただ待つの、苦痛なんで! それに、川で素敵なお姉さんと出会えるかもしれないんで!」
(やっぱり、その理由か〜)
俺は呆れつつも、心の中で納得する。
(確かに、エバスが大人しく待てるわけない……)
しかし、問題はリュウコさんがこの申し出を許可するかどうか……。
彼女は真面目で、掴みどころがない人だ。あっさり「ダメです」と言われてもおかしくない——そう思ったが。
「……いいですよ」
「おっ!」
「ただし……危険なことはしないこと! それに、釣りに行くからには、最低20匹は釣ってもらいます。約束できますね?」
「……へ?」
エバスは、リュウコさんの目標設定に動揺して、目が泳ぐ。
「ただついて行くだけじゃダメってことかよ?!」
「当たり前でしょう? 釣れないなら、夕飯抜きですよ?」
そう言って、口元をゆるめるリュウコさん。
「……」
エバスは黙り込んでいたが……いきなり、俺たちにやる気の感情をぶつけた。
「よっしゃああ! 燃えてきたぁあ!」
そう言って、拳を握りしめ、目を輝かせた。
「夫人! オレ、実は、釣りの才能があります! だから、釣ります! 絶対に!」
「いい意気込みです。では、案内しますね」
リュウコさんは満足げに頷きながら、玄関の扉を開ける。
「じゃあ、アダムとアンズちゃんは歌詞活動、頑張れよー!」
「では、留守番お願いしますね」
バタン——。
エバスとリュウコさんは、台風のように消えていった。
そして、取り残された俺たち……。
「……なんか、置いていかれた感あるね」
「そうだな……まさか、エバスが釣りに行くとは」
二人で顔を見合わせる。
(まぁ、エバスが魚をちゃんと釣れるのかは、お楽しみってことで……)
そんなことを思いつつ、俺とアンズは待合室みたいなところへ移動し、パフォーマンスに向けて曲を作ることにした。
だが、これが想像以上に大変だ……。
「えっとさ、炎色反応って……カリウムは紫で、カルシウムはオレンジ色?」
「合ってる」
「名前が似てるのに、全然色が違うううう! どうやって歌詞に反映させよう……」
「うーん」
アンズは何度もメモ帳に歌詞を書いては消してを繰り返している。
(難しいな……。こういうのって、センスというかフィーリングがいる作業だし)
理屈は分かっていても、それを言葉やリズムに落とし込むのは別問題だ。
しかも、昨日の調査の疲れがまだ抜けていないせいか、頭がぼんやりする。
(あぁ……研究のことなら、いっぱいアイデアが浮かぶんだけどなー)
いつの間にか、俺は天井を呆然と見つめていた。
アンズも同じようにペンを持ちながらも、寝惚けまなこである。
——そんな状態で時間だけが過ぎていった。
しばらくして、奥の部屋からニカさんが姿を現した。
アンズと俺は、はっと立ち上がり、ニカさんのもとに駆け寄る。
「ニカさん!」
「どうでしたか……?」
「ごめん。残念ながら……やはり、覚せい剤だったよ……」
「ハァ……やっぱり」
覚悟はしていたが……精密な検査でも 黒 だったということは、もはや疑いようがない。
問題は、次だ。
例の教祖を、どう特定するか。
これが一番の難問だ。
(うーん。研究取扱者で、薬物関連の研究をしている人っていたかな……? オオバコさんが情報通だから、彼女に聞くのが一番早いか?)
俺はいつの間にか、教祖の正体を探ることに夢中で、思索に耽る……。
そんな俺の様子を見て、ニカさんが口を開いた。
「アダムくん。僕、誰がこの薬物を作ったのか――そして、教祖様が誰なのかわかったかも!」
「 「えっ!?」 」
突然の激白に、俺とアンズは声を揃える。
「うん。こんなことをするのは、元研究取扱者のフェーリーシしかいないよ!」
フェーリーシ。聞き慣れない名前だった。
「説明するよ! 悪魔族で、昔、研究取扱者試験に受かって登録されたんだけど……研究成果が出せず、焦って薬物に手を染めたんだ。そのせいで資格を剥奪されて、行方をくらませたんだけどね」
「……そんな人物が……」
俺は思わず歎声をもらす。
(やはり、研究に精通している人物だったかぁ……)
「アダムくんは知らないかもね……。フェーリーシは、シアンの師匠だった研究者だよ」
「……!」
(シアンさんの……師匠……?)
シアンさんは、魔女狩りにせよ、この宗教団体にせよ、直接的には関与していない――それが逆に怪しすぎる。
悪しき前王の血を受け継ぐ、第5王子、シアン・デーモン。
王族である俺と同じく、研究取扱者の資格を持つ彼だが、裏で何かを計画している可能性は十分にある。
今はまだ推測にすぎない。
それでも、オオバコさんの言っていた言葉が、頭から離れなかった。
まるで、誰かが用意したリンゴを、俺はすでに手にしてしまったかのような――そんな、底知れない不安感に襲われた。
それに、ただのリンゴじゃない。
そのリンゴを食べた瞬間、じわりと毒におかされるような……嫌な予感がした。
<余談>
(1)ニカさんの名前の由来:ニカルジピン(カルシウム拮抗薬)から。
(2)なぜ20匹なのか?→夫婦の名前の由来であるカルシウムの原子番号が20だから。
(3)フェーリーシの名前の由来:鉄(Fe)から。
(4)なぜアダムは突然、リンゴの話をしたの?→シアンさんの名前は、シアン化合物が由来。リンゴの種には、アミグダリンというシアン化合物が含まれています。アダムも、リンゴに何かしら由来があります。
次回もお楽しみに……!