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ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜  作者: 国士無双
第二部 【本論】第10王子、異世界下剋上の道を選ぶ
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【三族山編】私の決意 ※アンズ視点【※】

【※注意1】薬物依存による自傷行為表現あり(R-15)

【※注意2】主人公(アダム)ではなく、アンズちゃん視点です。

 三族山内の教会にて――。

 私とシンイさんは、信者に(ふん)し、祈りを捧げる集団の中に紛れ込んでいた。


 目の前に差し出された杯の中身は、透明な液体。

 そこに、【神の祝福】と呼ばれる()()()白い粉を入れると、すぐ溶ける。


 信者たちは次々とその混合物を口にし、しばらくすると、全身の力が抜けたようで、ぐったりし始めた。

 虚ろな瞳、浅く速くなる呼吸、微かに震える指先。やがて彼らは、陶酔したように口元を緩ませ、恍惚とした表情を浮かべていた。


(うわぁ……。絶対、変なの入れてるよね?)


 そんなことを思いつつ、私はアダムから「証拠用に取ってほしい」と頼まれていたため、慎重に動くことにした。袖の中に隠していたペットボトルをそっと取り出し、杯の縁をなぞるように傾ける。こぼれないよう、細心の注意を払いながら、液体を移し替えた。私の隣にいたシンイさんは、顔色ひとつ変えず、手元の杯を排水溝に流していた。


「神のお導きに感謝を……!」


 祈りの声が響き渡り、周囲を見渡しながら、私は異変を察知する。

 

(信者の人たちの瞳に、生気がない! 魂を抜かれたような、空目遣い……)


 そのとき――目の前の信者の一人が、薬物による作用なのか、バランスを失ったようで、私の方へと倒れ込んできた。


「あっ……!」

「アンズちゃん! 危ない――!」


 ガッ!


 シンイさんが私の腕を強く引いてくれたため、間一髪で、ぶつからずに済んだ。

 一方、その倒れ込んできた信者は、床に横たわり、気絶していた。


「っ……危なかった! シンイさん、ありがとうございます!」

「いいよ〜! それより、早くここから出よう!」

「はい!」


 人々の熱狂と怪しい儀式の渦から抜け出すため、私たちは教会を飛び出した。


 目的地は公園。とにかく、安全な場所へ――!

 そう思っていた。


 なのに。


 足がすくんだ。


 ……見たくもない()()()姿()が、視界に入ってきた。


 私と同じくらいの年齢の女の子が、見開いた目を吊り上げながら――自分の腕に歯を立てていた。


「もっと……欲しい……! 祝福をぉおおおお!」


(自傷行為……? もしかして、依存症……?)


 彼女の腕には、赤黒い噛み跡がいくつも刻まれ、血が滲んでいた。それでも、まるで飢えた獣のように、自分の肌に歯を立て続けている。涎を垂らしながら、何かに取り憑かれたように……。


(――無理だ。見ていられない!)

 

 彼女の行為は、私を震駭させた。耐えきれず、ぎゅっと目を閉じた。


(逃げなきゃ……。ここにいてはいけない!)


 そう決意した私たちは、がむしゃらに走り、公園の近くまで、たどり着いた。


「ハァ……ハァ……!」


 安全な場所に来たはず……。

 なのに、足の震えが止まらない。手も緊張して、うまく力が入らない。

 そんな私を見て、シンイさんはそっと私の肩を抱き寄せ、優しく包み込むように抱きしめてくれた。


「アンズちゃん……怖い思いさせてごめんね……。ワタシも怖かった……あんな場所、連れて行くべきじゃなかった……」


 声を震わせながら、シンイさんの目に涙がにじむ。

 私も……あの無残な光景が、頭から離れない。


(こんなの、間違ってる……!)


 薬物なしでは生きられないと絶望し、苦しみ続ける人たち。

 彼らの姿が脳裏に焼きついて離れない。


(何か、私にできることはないの?)


 ふと、お母さんの言葉を思い出す。


「アンズ、貴女はとても優しくて、可愛い愛娘よ。心を込めて歌えば、誰かの心に届くわよ」


(もし、私が彼らの前で歌ったら……?)


 もちろん、歌だけで薬物依存が消えるわけじゃない。

 だけど、ほんの少しでも心が和らげば、救われる人がいるかもしれない。


(アダムに相談してみよう。音楽の力で、彼らの心にほんの少しでも安らぎを届けられないかな?)


 涙を拭い、私は決意する。

 そして、シンイさんとともに公園へ進もうとした矢先、なぜか、アダムたちと鉢合わせする。


(あれ? 本当なら、公園で合流するはずだったのに……)


「アンズ……」

「あっ、アダム?!」


 私は驚く――アダムの頬がこけていて、その表情に陰りが見られたから。


(え……? 何かあったのかな……?)


 そう不安に思っていたところ、シンイさんが恐る恐る声をかける。


「えっ、どうしたの……? いつものアダムくんじゃないよ?」


 しかし、シンイさんの言葉にも、アダムはすぐに反応しなかった。


「……母さんが……薬物を……してるかもしれない……」


 絞り出すような声だった。

 うつむき、握りしめた拳がぶるぶる震えている。


 そんなアダムを見て、ルパタさんがフォローするように話し始めた。


「姉さん、アンズちゃん。この薬物を回収した後、アダムくんが簡易的に検査してくれたんだ。そしたら……()()()()だった」

「え……まじで?!」


 シンイさんは驚き、目を丸くする。

 けれど、それだけでは終わらなかった。


「それだけなら、まだ良かったんだ。ぼくたちは、公園で……アダムくんのお母様に会ってしまった……」


 言葉を区切りながら、ルパタさんは話を続ける。


「そこで、この薬物の入った袋を――すぐに奪おうとしてきた」

「えっ?!」


(そうだったんだ……だから、あんなに落ち込んでいるのね)


 私はアダムの顔を見つめる。

 現実を突きつけられ、どれほどの衝撃を受けたのか……想像するだけで、胸が痛む。


 だけど、話を聞く限り、アダムのお母さんが実際にその薬物を飲んでいるとは、まだ断定できない気がする。だからこそ、私にできること――それは、アダムを支えながら、少しでも前向きな道を示してあげることだ。


 そう思った瞬間、私はそっとアダムの腕に手を添えた。


「アダム、大丈夫だよ。検査したと言っても、簡易的なものなんでしょう? それに、お母さんが実際に飲んでいるところを見たわけじゃないんでしょう?」


 へこんだ表情をしていたけど……私の言葉を聞いて、アダムはハッと顔を上げた。その様子を見て、すぐさまアダムの隣にいるルパタさんの方へ視線を向けたところ、ルパタさんは公園で起きた出来事を思い返しながら、話してくれた。

 

「アンズちゃん――確かに、僕たちは、アダムくんのお母様が飲んだ瞬間を見ていない。それに……もし信者なら、教会にいるはずなのに、()()()()()! まだ決定的な証拠はないから、飲んでいると断言するのは早いかもしれない」

「そうですよね?! アダム、何があっても、私たちが一緒にいるよ!」


 私は、アダムに諦めてほしくない一心で言葉をかける。

 シンイさんも横からアダムの肩をポンと叩いた。


「そうね! それに、落ち込んでるアダムくんなんて、らしくないよ! いつものクールでキレッキレなアダムくんを見せてくれなきゃ!」

「……」

 

 アダムは、無言でため息をつきながらも、さっきより表情が和らぐ。

 だけど、まだ迷いが消えたわけではなさそうだ。唇を噛みしめ、どこか不安げに眉を寄せている。


「確かにさ、もし本当にお母さんが薬物に手を出しているなら、早く対処しないといけないよ。でも、もし違ったら? その時は、アダムの悩みはただの杞憂で済むよね?」

「アンズちゃんの言う通り。確証がないまま思い悩むよりも、まずは事実をはっきりさせることが大事だね」


 ルパタさんも、私の隣で相槌を打ってくれた。

 

 そんな私たちのやり取りを聞いて、アダムは口を開く。


「そうだ……。俺は母さんに『飲んだことがあるのか?』って聞いたけど、何も答えてくれなかった。みんなの言う通り、今の時点で結論を出すのは早計か。今、優先すべきことは、この薬物の詳細を明らかにするため、どこかで精密な検査を実施することだな……」

「そうだよ! じゃあ、そこから始めよう!」

「あっ、アンズちゃん待って! 姉さん、エルフ族の領土には検査機関がないよね……」

「そうね。あっ、でも、三族山の近くなら……吸血鬼族の領土に、小さな検査機関があったんじゃないかな?!」


 シンイさんはそう言って、すぐにスマホを取り出し、調べ始める。


 その間、アダムは話に加わらず、ぽつりとつぶやく。


「……もし本当に母さんが使っていたら……どうすればいいんだ……?」


 その声は、いつもの冷静なアダムとは違い、どこか不安に満ちていた。

 

(あっ! 私が励まさないと……!)


「アダム! どんな答えが出ても、一緒に考えればいいよ! アダム一人で支えようとしなくていいんだよ?」

「アダムくん! アンズちゃんが励ましてくれてるんだから、元気出しな。 それに、もし使っていたとしても、何とかする方法をワタシとルパタ、そして次男のエバスも一緒に探すからさ!」


 シンイさんは自由奔放な言動で、私と一緒に、アダムを励ましてくれた。


 アダムは考えに耽けていたけど、こう提案してくれた。


「……じゃあ、その吸血鬼領の検査機関に、この薬物を出してみるかぁ……」

「うん。それに、どんな結果が出たとしても、僕たちはアダムくんを支えるよ。だから、無理しないで?」


 ルパタさんは優しく微笑みかけながら、アダムの肩を両手でほぐしていた。


「……ありがとう、みんな」


(良かった……アダム、だいぶ取り戻したみたい。シンイさん、ルパタさん、本当にありがとう……!)


 さて、大変な事件が起きたその日――私たちは、一旦フォレスト家に戻り、一息つくことにした。

 そして、明日から、三族山の吸血鬼領へ向かうのであった。

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