【三族山編】魑魅魍魎〜母さんと再会〜
【※注意】今作にて、危険薬物に関する描写が含まれていますが、すべてフィクションです。
今日は日曜日――三族山内にて。
差し込む月明かりを受けながら、俺とルパタは忍び寄るように教会の裏に身を潜める。
そして、夜の帳が降りると、教団の秘密の儀式が始まった。
『こんばんは。今日、打ち上がる花火は……黄色だと神は言っている!』
白い布で覆われた教祖の声が響いた直後、黄色の花火が夜空に広がる。
「さすがです!」
「私たちの行いを見てくれているのね!」
信者たちは歓声を上げ、まるで神の奇跡を目の当たりにしたかのように熱狂していた。
『我が子たちにも祝福を……神の加護はここにある!』
確かに、教祖の声や態度は畏怖を感じさせる。だが、俺はすでに分かっていた。
(これって、ナトリウムの炎色反応やんけ……)
俺は、その胡散臭いパフォーマンスにため息をつきながら、小型録音機をポケットから取り出し、教祖の声を記録する。
(のちに、この正体を暴くために!)
……さて、教会の裏に潜みながら録音していると、ルパタが合図を送ってきた。
「アダムくん、録音できた?」
「あぁ。ルパタ、この後は?」
「例のモノが置いてある保管倉庫へ向かおう」
「りょーかい」
俺とルパタの任務は裏調査――証拠を集めることだ。
ルパタはすでに何度か調査に来ていたため、迷うことなく目的の場所へ進む。やがて、薬物が保管されているであろう倉庫の入り口に辿り着く。意外にも、鍵はかかっていない。
(えっ……こんな穴だらけ?)
拍子抜けするほどの警備の甘さに、眉をひそめると、ルパタが俺の方を向いて囁いた。
「この教団、全員が真面目に教祖の話を聞くから、儀式中はセキュリティがガバガバになるんだよ」
「本当だ、マヌケすぎ……」
「逆に言えば、今がチャンスだね。一緒に入ろう」
「了解、ルパタ。その前にちょっと魔法を。女神様――ガスマスクと防護手袋を!」
俺が唱えると、すぐ目の前にグッズが現れる。2人で素早く装着し、倉庫の中へ。
――すると、そこには、次回の儀式の日付がラベリングされた布の包みが並んでいた。
「……なんだこれ?」
「間違いない。例の薬物が入ってるね」
「じゃあ……回収するか」
俺たちは、包装ごと薬物を回収してから、教団の施設を慎重に抜け出す。
夜の闇に紛れながら移動し、やがて人目につかない公園の小屋に行き着く。小屋に到着するやいなや、ルパタが袋に詰められた白い粉を軽く振りながら呟く。
「アダムくん、これが教団で【奇跡】と呼ばれている薬物だ。信者たちには【神の祝福】として配られている」
「なるほどな……。まぁ、【神の祝福】なんかじゃなく、悪魔の囁きに近いと思うけどな〜」
俺は袋を見つめながら、あることを思いついた。
「そうだ! 簡易的な方法で測定できるから、試してみるか」
「えっ?」
ルパタは驚く。だけど、俺は自分の能力に自信があった。
(魔法の能力値は最大で、使用回数の制限もないし……)
「女神様、試薬キットを――!」
唱えた瞬間、簡易検査キットが目の前に現れる。
「早速、この薬物を試してみるか……」
「僕も手伝おうか?」
ルパタが気遣ってくれた。サラに似ていて、細やかな気配りができるタイプだし、助かるけど……。
「いや、これは俺がやる。分析試薬の中には毒性が強いものも含まれている。研究取扱者じゃないと扱えないんだ」
「さすがだね、アダムくん! ほかに、手伝えることがあったら言ってね?」
ルパタは怒ったりもせず、素直に俺の才能を褒めてくれた。
(本当に、いい王子様だよなー)
「じゃあ、一緒に確認しよう。今、この試薬は何色に見える?」
「赤橙色!」
「そうだな。この色が変わったら、黒ってことになる」
「スリルあるね……」
「そこが面白いんだよ……」
俺はニヤリと笑う。
「アダムくん、悪い顔になってるよ!」
「すまん、実験モードになるとつい……。じゃあ、入れまーす」
俺は例の薬物を採取して、数種類の試薬をその薬物の上から、添加していく。
(あっ……)
嫌な予感が的中する。
「アダムくん……。濃い青色に、すぐ変わっちゃったね……」
「はぁ……これはダメだ……」
思わず、ため息が出る。
(もし、母さんがこれを服用していたら……)
ルパタが心配そうに俺の顔を覗き込む。
「アダムくん……。大丈夫じゃないよね……。どうしようか」
「考えるのはやめよう。……この後、詳細に検査した方がいい。証拠として持ち帰る」
「そうしよう」
俺たちは小屋を後にし、隣市のフォレスト家へ戻ることに決めたが、その前にアンズとシンイさんの帰りを待とうと、公園のベンチへ向かう。
しかし、すでに先客がいたようだ。彼女は、薄暗いランプの下で静かに祈りを捧げていた。
その横顔を見た瞬間、俺は確信する――知っている人物だ。
(まさか、こんなところで会ってしまうとは……)
「母さん」
そう呼ぶと、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……アダム?!」
その目には、疲れと信仰の光が混在していた。
俺はルパタと一緒に回収した薬物の袋を取り出し、彼女の前で見せる。
そして、真正面から向き合い、問いかけた。
「母さんは【奇跡】の力を信じてるんだろう。でも、実際には精神を高揚させ、従順にさせる薬物だ。この試薬を見てほしい。青色に変わってる……つまり、これは覚せい剤なんだ――母さん、これを飲んだことがあるのか?」
母さんは震える指で俺が持っていた袋を盗み取ろうとしてきた。
「っ……!」
しかし、ルパタが先に動き、俺の手から袋を回収する。
その結果、母さんは何も言わず、しばらく袋を見つめていた。
しかし、時間が経って、絞り出すように言った。
「……しょうがないじゃない!」
「母さん……?」
「たとえ偽りだったとしても、信じることで救われる人もいるのよ!」
俺は絶句した。
目の前の母さんは、証拠を突きつけられてもなお、信仰を捨てようとしない。
俺は拳を握りしめる。
(そんなの、間違ってる……! こんな薬物に手を出すなんて……!)
胸が張り裂けるほどの悔しさを味わう。
(なんでだよ……? こうやって、息子が説明しても、母さんの心には届かないのか)
俺は母さんを救いたかった。
でも――それだけじゃ足りない。
もっと強い証拠を突きつけなければ、彼女は目を覚まさない。
「……なら、俺はまだ諦めない。もっと決定的な証拠を掴んでくるから、待ってろ!」
そう誓いながら、俺はルパタと共に公園を後にした。
次こそは、母さんをこの呪縛から解き放つために――。
<余談>
アダム「さて、今話はここで幕を閉じたけど、少し科学的な話をしておこうか……」
女神様「アダムくん、ごきげんよう」
アダム「女神様、こんにちは。今回の話で、薬物に関する要素がありましたが、覚せい剤は絶対に手を出してはいけない!」
女神様「えっと……具体的にはどんな影響が?」
アダム「まず、脳内のドーパミンという物質を異常に放出させます。これによって、強力な快感を得られるけど、繰り返すうちに脳が正常に働かなくなり、何をしても快楽を感じられない状態(無気力、うつ状態)になります」
女神様「それは恐ろしい! 最初は元気になれると勘違いしてしまいそう?!」
アダム「そう、『一度くらいなら』という考えが危険......。だからこそ、『最初の一回を拒否する』ことがとても重要なんですよ。どんな理由があっても、絶対に手を出してはいけない!」
女神様「本当ね。皆さんも、どんなに誘惑されても、断る勇気を持ってくださいね!」
アダム「じゃあ、また次回」
女神様「そうね、アダムくん。無理しないでね」