【三族山編】危急存亡〜第8王子と初会〜
「まずいな! この状態だと、この少年は一酸化炭素中毒で障害が残る……!」
「そんな! どうしよー?!」
俺たちは焦っていた。
このままじゃ、サウナ小屋に閉じ込められたエルフの少年が死んでしまうし、一刻の猶予もない。
(だからこそ、今すぐに対処できる方法で、助けるしかない!)
「アンズ、このドア、魔法で破壊できるか?」
「任せて!」
アンズはすぐに杖を構え、小屋に向かって魔法を放つ。
「デストロイ・プロジェクト――!」
轟音とともに、ドアが吹き飛ぶ。
中にいたエルフの少年は倒れ込むように草原へ転がり、すぐさま、外の新鮮な空気を吸い込んだ。
最初は苦しげな表情だったが、次第に和らぎ、顔色も、少しずつ戻っていく。
「ハァハァ……! 二人とも、ありがとよ……! 頭痛とめまいがしてさ、死ぬかと思ったぜ……」
「なるほど。その症状、一酸化炭素中毒の可能性が高いな」
一応、原因を特定してみようと思い、魔法で確認することにした。
「女神様、一酸化炭素検知器を!」
そう唱えるやいなや、アンズが壊したドア近くに機器が出現した。
ピピピピッ!
警報音が鳴り響く。
保護メガネ越しに数値を見ると――【1,200ppm】。
明らかに危機的状況だったと判明できるぐらい、高い数値が出ていた。
「うわぁ……」
(危ない。空気中の一酸化炭素の許容濃度は50ppm以下だから、もし俺たちが気づいていなかったら……。本当に死んでたな?)
「アダム、一酸化炭素中毒だなんて、どうして分かったの?」
アンズは驚いた表情で俺を見つめ、興味津々な様子だ。
「以前、似たようなケースの論文を読んだことがあるんだ。一酸化炭素は無色・無臭・無刺激だから、気づきにくい。でも、しっかり換気すれば防げる」
「そうなんだ……初めて知ったよ!」
「俺も、実際にこういう状況に遭遇したのは今日が初めてだ。でも、アンズの魔法のおかげで、この少年はすぐに助かった。本当にありがとう」
「えへへ、どういたしまして!」
俺たちが、一酸化炭素の特徴も踏まえながら話している間に、エルフの少年はだいぶ回復したようだ。その勢いで、突然、アンズが持っていたペットボトルをひったくり、勝手に飲み始めた。
「ガハハハ! うまい! ……だが、普通の水だぁあああ!」
(アンズに確認もせずに飲むとは……なかなか自由なやつだな〜。それに、この自由奔放さは危なっかしい。どうして換気もせずに、サウナにこもっていたんだ?)
素朴な疑問を覚えた俺は、当事者に直接聞いてみることにした。
「あの……なんで、こんな真夏に、サウナ小屋にずっといたんだ?」
「モテたいから!」
少年は、自身の緑髪を触りながら、ドヤ顔で胸を張る。
「……はっ?」
「オレ、初恋したけど、うまくいかなかったんだ! 一目惚れした子がいたんだけど、まさかの男だったんだよ……チクショー!」
一酸化炭素中毒になりかけた直後で、こんな大声を叫ぶとは……。
「シンイさんを呼ぼう。意識が朦朧としてるのか、初恋事情を語り出してる……病院で診てもらった方がいいかもな」
「ぷっ……」
アンズが震えながら、吹き出した。
「アンズちゃん! 笑うなよぉ――!」
エルフの少年は、顔を真っ赤にしている。それにしても、『アンズちゃん』と呼ぶなんて……。
「ん? アンズ、知り合いなのか?」
「うん。この方はフォレスト家の次男、シンイさんの弟のエバスくんだよ! 私たちと同い年で、ザダ校の特別科に在籍してるよ」
言われてみれば、シンイさんと同じピンク色の瞳をしている。耳も尖っているし、れっきとしたエルフ族だ。それに、右耳の裏には、8の数字とクローバーマークのアザがあった……。
(人間以外の王族にはアザがあるって聞いたことがある……ってことは、第8王子ってことか……!)
「そうか……。とりあえず、アンズ。シンイさんを呼んできてくれるか? 俺は、何をしでかすかわからないこの弟さんを見張ってる」
「わかった!」
そう言って、アンズはシンイさんを呼びに行き、すぐに連れてきてくれた。
だけど、シンイさんは明らかに機嫌が悪い……。
「ちょっとー! ワタシ、さっきまで病院に行ってたんだよ? また病院に行くなんて、マジで勘弁してほしいんだけど! エバス!」
「姉ちゃん! 仕方ないだろ? オレが死んでもよかったわけ?!」
「そんなこと言ってないでしょ! 今日は宿題があるから病院の付き添いには行けないって言ってたのに、サウナにこもってたなんて……話が違うじゃない!」
「姉ちゃん! オレは病人なんだけど!」
……まずい、完全に喧嘩モードだ。
だけど、シンイさんは俺たちの存在に気づくと、ハッとした表情を見せた。
「めんご! 今から、このバカを病院に連れて行くわ! 二人はゆっくり寝てね! 助けてくれてありがとう! おやすみー!」
そう言って、彼女は魔法で、弟を車の中へ移動させ、そのまま病院へ向かって行ったようだ。
「大変だねー。あんなに怒ったシンイさん、初めてみたかも?」
アンズはどこか疑問げな表情で、病院へ向かう二人を見送っていた。
「それより、アンズ。さっき笑ってたのって、あの弟さんと何かあった?」
「えっ?!」
「吹き出してたから……」
「あぁ〜」
アンズは少し言いづらそうに口ごもる。気になった俺は、もう少し踏み込んでみることにした。
「もしかして、アンズ……エバスのこと好きなのか?」
「ちっ、違うよー!」
アンズは慌てて、手でバツ印を作る。
「ちなみに、一目惚れされたのはサラだよ?」
「へぇ……」
そうか――アンズが体調を崩した時、ケイとサラがアンズのバイト先のカフェを手伝いに行ったことがあったな。そこでサラがエバスに一目惚れされたってわけか……確かにあり得る話だ。
「本当のサラは女の子だからな……」
「そうだよ。でも、シンイさんはサラのことを男だと思ってるみたいで、うまくフォローしてくれたんだよね。だって、貴族のお嬢様ってバレたら、大変なことになるでしょ?」
「そうだな……。サラを育てたおじさんが言ってたよ。土地を持つ貴族令嬢は、権力争いに巻き込まれるって」
(俺の家族も複雑だと思ってたけど、アンズやサラも大変なんだよな……)
「はぁ……みんな、大変だね?」
アンズも同じことを考えていたのか、困り眉をしながら俺に話しかけた。
「私は、第4王女のケイちゃんと女子寮で同じ部屋なんだけど、彼女の家庭の話を聞くと、『うらやましいなぁ』って思うことがたくさんあるの。好きな時にアクセサリーを買えたり、お金に困ったことなんて一度もないって、堂々と言ってたしね……」
アンズは一呼吸置いて、話を続ける。
「でも――ケイちゃんは、王族同士の権力争いに巻き込まれて、第9王子様から執拗なイジメを受けていた……。その姿を見て、私、憧れるなんてとても言えないって思ったよ」
「そっか……。隣の芝は青いってやつだな」
「それ! でも、私たちは今、この世界で生きているのだから……。与えられた環境の中で、乗り越えていくしかないんだよ」
アンズは軽く背伸びをした。
夜空に輝く星を見上げたあと、俺の方を振り向く。
「だから、アダム。どんなことでも、一人で抱え込まないでね? 何でも相談に乗るから……。じゃあ、そろそろ寝るね! おやすみ!」
そう言って、アンズは寝室へと向かっていった。
俺はアンズが元王族であることを知っている。
だけど、正直者の彼女は、俺が異世界転生者であることを知らない。
いつか、彼女に本当の真実を打ち明けられる日は来るだろうか――。
<余談>エルフ一族の名前の由来について
王族家のフォレスト家は、3人兄弟で、長女・長男・次男の順番です。
長女【シンイ】→漢方薬(葛根湯加川芎辛夷:カッコントウカセンキュウシンイの『シンイ』から)
ちなみに、今話で「ありがとう」を「センキュー」と言ってるのは、漢方薬の『センキュウ』から(ダジャレです)
長男【???】
次男【エバス】→アレルギー薬の『エバスチン』から。
実は3人とも同じ目的で用いられる薬の名前から、来ています。これから、大流行する花粉症の薬です。