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【三族山編】呉牛喘月〜父親と再会〜

【※注意】今回は重たい展開になります。

主人公であるアダムさんの家庭環境が複雑です……。

 寝つきが悪く、午前3時に目が覚めた。ふと、ランプ市長との会話が頭をよぎる。


「病んでしまった彼は、どうやら食欲がなく、元気じゃなさそうじゃったよ……」


(そうだ……! フォレスト家の王子様にぴったりな漢方薬、実家に置いてあるかもしれない。この時間なら、父親はいないはず――)


 そう判断した俺は、密かにアンズ家を抜け出し、実家へと向かった。


(久しぶりの実家だ……)


 懐かしさを感じながらも、無事に到着する。外観は昔と変わらないように見えた。だが、中に足を踏み入れると、思わず息をのんでしまった。


 家の中は、まるでゴミ屋敷のように散らかっていた。かろうじて俺の部屋は、(ほこり)をかぶっている程度だったが……。すぐに気を取り直し、自分のお薬箱を開ける。


「……あった!」


 目当ての漢方薬が、そこに入っていた。


(よし……! これを持って行けば、オッケーだ!)


 さて、このままここにいても、(ほこり)でアレルギー反応が出そうだ。家の中には誰もいなさそうだし、さっさと出よう。そう思って玄関へ向かおうとした、その時――。


 カラカラ……。


 俺の足元に、(びん)ビールが転がってきた。


(……ハア!?)


 どうしてだろう。背後から、妙な気配を感じる。まさか――。嫌な予感が脳裏をよぎる。最後に会ったのはいつだった? 思い出せない。いや、思い出したくもない。こちらから話したいことなんて、何ひとつないのに……。


 俺が戸惑っている間に、向こうから声をかけられた。


「あっ、アダム……元気、だったか」

「……」


 俺の父親だった。


 酒臭い。かなりアルコールを摂取しているのか、ろれつが怪しい。しかも、焦点の定まらない目つきをしている。もしかすると、俺のことを幻想か何かだと思っているのかもしれない。


(……うん、そういうことにして、早くここを出よう)


 そう判断した俺だったが、父親の次の言葉(セリフ)が、それを阻んだ。

 

「アダム、覚悟はあるか――本当の事実を知ることに」

「……はぁ?」


 いきなり覚悟なんて、どういう風の吹き回しだ?


「オオバコちゃんから聞いたよ……三族山に行くんだろ、母さんに会うのか?」


 俺は色んな意味で動揺した。


 まず、なぜオオバコさんの名前が出てきたのか。

 次に、父親が彼女のことを『オオバコ()()()』なんて呼んでいる事実……怖い。

 そして、どういう経緯で三族山に行くことを知ったのか、まったく見当がつかない。


 だが、とりあえず目的()()は伝えておこう。


「母さんに会うっていうより、宗教団体の調査に行く予定だけど?」

「そうか……気をつけて」


(うーん……話の趣旨がよくわからないけど、最低限、言いたいことは言ったってことなのか……?)


 これ以上、ここにいても話が進まなそうだ。それに、俺は三族山に向かわなければならない。

 そろそろ引き上げよう。


「わかったよ、行ってくる」


 そう言って玄関を開け、家を出ようとしたその時、父親が突然、()()した。

 

「一人っ子にさせてごめんな……。本当は『()』が欲しかったんだろう。でも、許してくれ――」


 その言葉を聞いて、俺は目を見開く。


 妹が欲しいなんて、一度も言ったことはない。それに、妹がいたのは、この世界に来る前の話だ。前の世界で、妹がいたことを知っているのは、サラ()()。でも、サラは俺の両親に会ったことすらない。


(なんで……?)


 まったく関係性のない話なのに、どうしてそのような認識をしているのだろうか――。それに、「一人っ子にさせてごめん」なんて、死んでも聞きたくないフレーズだった。


 俺は、今のこの人生に満足しているのだから。


 思いも寄らない言葉に、足取りがおぼつかない。だけど、そんな放心状態であっても、なんとかアンズの家まで戻ってきた。玄関を開けると、待っていたかのようにアンズが駆け寄ってくる。


「アダム! 朝からどこへ行ってたの! 心配してたんだからね?」

「あっ……ごめん……」


 自分でも驚くほど、弱々しい声が出る。俺の声を聞いたアンズも、俺同様に驚いて目を瞠る。


「どうしたの? 元気がない……もしかして、ご実家に行って、誰かがいたの……?」

「……うん」

 

 俺は小さく頷いた。

 

「そっか……。とりあえずさ、これから電車に乗るんだから、体力つけなきゃでしょ? 一緒にご飯食べようよ。私でよかったら、相談に乗るから」


 そう言って、彼女はそっと俺の手を握ってくれた。彼女の手の温かさに、落ち着きを取り戻す。俺は黙って、アンズに手を引かれたまま、リビングへ向かった。

 

「あら、アダムくん。おはよう! スクランブルエッグを作ったから、ぜひ食べてね」

「アダムくん、おはよう。昨日は夜遅くまで話せて楽しかったよ。ぜひ、ここで朝ごはんをゆっくり食べていきなさい」


 アンズのご両親は、俺を温かく迎えてくれた。


「アダム、せっかくだから一緒に食べよう?」


 娘のアンズが俺に気を遣って、席を勧めてくれた。俺は、彼女の優しさに甘えることにした。

 

 食卓には、ふわふわのスクランブルエッグに焼きたてのパン、スープまで用意されていた。

 アンズは一口食べると、満面の笑みを浮かべる。


「美味しい〜! お母さんのご飯、本当に最高! いつもありがとう!」


 アンズがお母さんに感謝の気持ちを伝えると、お母さんはふふっと喜びながら答えた。


「そうね。でもこうやって食卓を囲めるのも、お父さんがしっかり働いてくれるおかげよ」

「ははっ、仕事は大変だけどな。でも、こうしてみんなが美味しそうに食べてくれるのを見ると、頑張る甲斐があるってもんだな。それに、朝からしっかりタンパク質も取れるし……」


 アンズのお父さんは、どこか研究者のような視点で話を締める。

 そんなアンズ一家の、平和で何気ない朝のやりとり。

 

 普通のやりとりなのに、どうしてだろうか?

 

 楽しそうな様子を見て、熱いものが込み上げてくるんだ。


(そうか……。俺は、こういう幸せな家庭を求めていたのかもしれない……)


 この世界に来る前の家庭環境も……妹がいた頃は良好だった。けれど、彼女が亡くなってから、両親の関係は壊れ、熟年離婚という形で終わりを迎えた。


 本当は、心のどこかで妹が欲しいと思っていたのかもしれない。けれど、それを口に出したことは一度もないし、今さら考えても仕方がないことだ。


 ――もう、過去のことは考えない。


 そう自分に言い聞かせ、目の前の朝食に集中する。

 アンズのお母さんが作ってくれたスクランブルエッグをじっくりと味わう。ふんわりとした食感、そして優しい味が口の中に広がっていった。


 まるで、彼女たちの幸福が詰まっているみたいに……。

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