【三族山編】不可抗力〜かつて王族だった者たちと再会〜
「まず、結論から話そうか。私たち一家は君と違って、王族ではない。だから、アンズは王女じゃないんだ」
「そうでしたか……。初めて、ちゃんと知りました。アンズからは聞いたことがなかったので」
「そうかい」
そう言いながら、アンズのお父さんはソファを指し、座るようにジェスチャーしてくれた。俺は、その言葉に甘えて腰を下ろす。
「アンズはいつも君の話をしているよ。君が最年少で研究取扱者の試験に受かったことや、歌っているところを観てくれたってね」
「……どうも」
「それで、君は研究と王族の地位――どちらが重要だとおも……」
「研究です!」
思わず、被せ気味に答えてしまった。
(アンズ、ごめん……お父さんの話を最後まで聞かずに遮っちゃった……)
だが、そんな俺をアンズのお父さんは咎めなかった。むしろ、ここからが本番だと言わんばかりに、饒舌な語りが始まったのだ。
「そうだ! 王族の肩書きが何の役に立つ? そんなものを持っていたところで、前王の大罪のせいで研究すらできなかった。それどころか、王族というだけで周囲から『悪魔族の王子による悪趣味な研究活動』だと決めつけられ、まともに話を聞いてももらえなかったんだ!」
そう言いながら、拳でテーブルを叩くアンズのお父さん。
(あっ……俺に怒ってるんじゃなくて、世間に対して怒ってる?! それにしても、アンズのお父さんって悪魔族なのか?)
「――だから、そんな地位は捨てた。合理的な判断だろう?」
つまり、お父さんの代までは王族だったけど、それを放棄したってことか……。
「私は、この世界の謎を解明し、研究をするために生きている。王族としての義務よりも、私の知的探究心のほうが重要だった――ただ、それだけの話だ。……それに、結果として、私の選択は間違っていなかった。アンズだけでなく、妻にも、あの王族の生きづらさを味わってほしくなかった。君もそう思うだろう?」
少し冷徹にも聞こえる言葉だけど、目的のために合理的な判断を下すのが、アンズのお父さんらしい。研究者としての強い信念を感じる。それに、こうして対等に話してくれるのは、正直……嬉しかった。
(今の俺の家族じゃ、こんな風に腹を割って話すことすらできないから……)
「そうですね……俺も同じ意見です。でも、俺は約束したことがあるんです」
忘れもしない……いや、忘れられない。
俺は、この世界に来る前、女神様と契約を交わしたのだから――。
「ほぅ……。どんな約束を?」
「『研究者として成功し、平等社会を叶えて』って。だから、この王族の地位もフル活用して、この国の未来を変える予定です。ただし、今は10位という中途半端な順位であるが故に、研究所を設立することもできない……。今後、俺は王位戦に挑戦して、1桁を目指します」
「そうか」
アンズのお父さんはじっと考え込んでいたが、やがて、大笑いし始めた。
「ハッハッハ! アダムくん、君が約束した相手に似た知り合いがいるよ。研究者ではないが、平和を願い、平等社会を叶えたいと言っていた人物だ……。しかし、両方とも叶えたいとは、贅沢な男だな」
そう言いながらも、お父さんはまっすぐ俺を見据える。
「でも、私は君を応援するよ」
「ありがとうございます」
贅沢だとは思う。でも、諦めたくない。
そんな俺の気持ちを、彼はちゃんと汲んでくれた――。
「だから、アンズのことをよろしく頼む。たった一人の大切な娘なんだ」
「はい……」
「おや、さっきより返事に勢いがないね……?」
(バレている。ここは正直に言おう)
「実は明日、娘さんと一緒に、三族山へ行きます」
「三族山かぁ……。もしかして、宗教団体のところへ行くつもりかい?」
ギクッ……。
俺のぎこちない動きで、完全に悟られてしまったようだ。
「そうなんだね。わかった。娘を連れて行くのは構わないけど、泣かせたり、傷つけたりしないでくれ。天然パーマ同士、約束できるかな?」
「もちろんです! 同じ天然パーマの一員として、ちゃんと娘さんのことを大切にします! ……あっ。でも、アンズは俺と違って、コミュニケーション能力も高いし、世渡り上手です。ご安心を!」
うまくフォローできただろうか?
アンズのお父さんは、俺が手に持っている本をじっと見つめていた。だけど、すぐにフッと笑ってくれた。
「嬉しいね。ちゃんとアンズのことを分かってくれるとは。そうだ、その本を持っていきなさい。今回の調査で、役に立つと思うから」
「わかりました。ありがとうございます」
「本当は、君の仮説を聞きたかったけど……。妻から聞いたよ。明日、早いんだろう? そろそろ寝なさい」
「そうですね。では、おやすみなさい」
俺はそのまま、部屋へ戻る。
まさか、書斎でアンズのお父さんに会うとは思わなかったし、元々彼の代までは王族だったなんて……。想定外の出来事や事実を聞いて、驚きの余り、しばらく寝つけそうにない。
「そうだ……。さっきの続きでも読むかぁ……」
アンズのお父さんが監修した本の続きを読もうと、ベッドから手を伸ばして机の上の本を取ろうとする。
だけど、うまく掴めなくて、床に落としてしまった。
(うわぁ……。この前のプールで試験管を落とした時のことを思い出した。あの時、ふと妹のことが頭をよぎったんだよな……)
そんなことを考えながら、拾おうとしたところ、本とは別に何かも落ちる。
どうやら、写真のようだ。
(アンズのお父さん、もしかして、写真をしおり代わりに使うタイプかぁ……。珍しいな)
面白いお父さんだなと思って、好奇心を抱き、どんな写真なのか手に取る。
(だけど、この時は思ってもいなかった。衝撃的な写真を見ることになるなんて――)
「嘘だろ……!」
思わず、声が震える。
なぜなら、そこには、若かりし頃のアンズのお父さんと、もう二人の人物が写っていた。お父さんの制服だけは見覚えがある。
(あっ……。第2王子のダンさんが着ていたやつだ。ってことは、ザダ校の特別科の生徒だったのか?)
しかし、本当に驚くべき箇所は、そこではなかった。
一緒に写っていたのは――あどけない顔をした10歳くらいの黄色の髪で黄色の瞳の女の子。
( 少女時代のキハダ理事長がいるッ!?)
ふと、脳裏に彼女の言葉がよみがえる。
(「仲良くしている王族なんていない」って言ってたけど……)
写真の中の少女は、アンズのお父さんと並んで笑っていた。
(もしかして……理事長も、元々王族だったのか?)
だけど――俺が最も驚いたのは、もう1人の人物だ。
色白の肌に、長く淡い紫色の髪。ロイヤルブルーのドレスを着ているから、王族出身なのだろう。軽くウェーブがかかった髪に、澄んだ青い瞳。
……俺は、この人物に会ったことがある。
ただし、あの時の彼女は、銀色の髪をしていたけれど。
そう――女神様本人だ。
(彼女、本当にこの世界で生きていたんだ……!)
息が詰まりそうになる。
俺は、もしかすると――開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。