【三族山編】一子相伝〜お父様と初会〜
「アダム様! 背が伸びて、また一段と素敵な青年になられましたね……」
「アンズのお母様、今日もお綺麗ですね……」
俺の返しに、アンズとアンズのお母さんは2人して、爆笑し始めた。
「今日も、だって! 久しぶりに会ったのに!」
「アダム様も全然変わっていなくて安心しましたよ」
「そうですか? あっ、娘さんを迎えにきたんですよね。じゃあ、俺はここで……」
そう言って、今日のホテルを探しに行こうと思っていたけれど……。
「お母さん! アダム、今日帰るところがないみたいなの!」
アンズが突然、大きな声で、まるで俺が家出したみたいな言い方をしてきた。
「アンズ、他の人に聞かれるわ?!」とお母さんはアンズを優しく注意した後、俺の方へ向き直る。
「あの……アダム様。我が家は普通の家庭ですが、もしよろしければ、一泊していきませんか? 一部屋空いていますし……」
予想外の申し出に、俺は戸惑った。幼馴染とはいえ、女の子の家に泊まるのはさすがに気が引ける。心を鬼にして、「いえ。お気遣いは嬉しいのですが……」と断わる意思を表示したかったけど、アンズに発言を遮られる。
「お母さん! そのアイデア、いいかも! 私の家にはね、書斎があって、面白い本がいっぱいあるよ? 魔法や法律の研究好きなお父さんの趣味なんだけどね」
(研究……?!)
「アンズ――今、研究って言ったか?」
「うん。研究! アダムの大好きな言葉だけど?」
「そうか……」
俺は、覚悟を決めた!
「アンズのお母様――不束者ですが、俺を泊まらせてください!」
そう言って、深々と頭を下げる。幼馴染の家に泊まるのだから、礼儀を尽くさなければ。それなのに、今の俺は何も手土産を持っていない。
「すみません。お家へお邪魔する前に、お菓子を買ってきます」
「お気になさらないで? それより、アダム様。私とアンズの3人で晩御飯を食べに行きませんか?」
「いいんですか?」
「もちろん。とりあえず、レストランに行きましょうか?」
アンズのお母さんの提案で、3人でシーフードレストランへ。各々好きな料理を楽しんだ後、アンズの家へ向かった。
家に着くなり、アンズは「お風呂入ってくるね!」と言い残し、直行。そのあと、自室へ移動し、眠りについたようだ。よほど疲れていたのかもしれない。
一方の俺は、翌朝、シャワーを借りればいいかと思い、アンズのお母さんに客室用の部屋を案内してもらった。そして今、書斎にいる。
しかし、アンズのお母さんは「普通の家庭です」と謙虚に言っていたが、どう見ても広い家だ。俺やニボルさんの家と比べても、一部屋の広さが段違いだ。
(本当に普通なのか……?)
そう思いつつ本を探すと、さっそく気になる一冊が目に入った。
『エルフ視点で見たランプ市の歴史について』――監修者は『バロ・サターン』。
王族の中に、歴史好きな人物がいるらしい。
「へぇ……おもしろそうだな」
パラパラとページをめくったところ、気になるキーワードが目に入る。
『三族山だが、エルフ族で所有している土地は、魔法資源や貴重な鉱石、薬草などが豊富である』
(薬草――! 気になる……!)
やはり、自分の興味がある部分しか関心がわかないけど……魔法資源や鉱石が豊富ということは、ある仮説が考えられる。
「宗教団体は三族山の資源を利用し、勢力を拡大しようとしているのでは? その際、悪魔や人間が数で押し切れば、人口の少ないエルフを排除できる。そして、誰にも邪魔されずに資源を独占できる……。普通なら独占を規制する法律がありそうだけど、この世界にはないのか……?」
「へぇ……。面白い着眼点だなぁ。その話、詳しく聞かせてくれないかい?」
「はい。俺が思うに……って、え?」
(どうやら、俺以外にも誰かがいたようだ……。男性の声だ。暗くて姿が見えない……)
だが、その人物は、俺のところへゆっくりと近づいてきた。
「あぁ。実際にお会いするのは初めてだなぁ。我が愛娘がいつもお世話になっているようだね……」
そう言って現れたのは、紫の髪に紫の瞳を持つ、紳士然とした男性。
……俺と似ている部分もある。お互い、天然パーマだ。
(彼は「愛娘」と言っていた。それって、つまり……)
「貴方はアンズの……?」
「そうだ。私はアンズの父だ。我が名はバロ。えっと、君は……」
「アダム・クローナルです。初めまして、お父様」
(バロって言ったよな? この本の監修者と同じ……?)
ふと手に持っていた本に目を落とすと、その視線をアンズのお父さんは見逃さなかった。
「あぁ……。それは、私が学生時代に監修した本だ。エルフ族の友人が執筆してくれたんだよ」
「そうですか……」
「もしかして、読んでいて気になることがあったのかな?」
鋭い……。それにしても、アンズとは正反対の性格のお父さんだな。俺は、聞くべきか悩む質問がある。最悪、怒られるかもしれない。でも、これだけは知りたい。なぜなら、俺自身の好奇心が「聞いてくれ」とウズウズしているから。
「率直にお聞きしたいことがあります」
「なんだね?」
「この本の監修者として書かれているお名前は『バロ・サターン』様。この場合、王族出身ということになります。しかし、貴方の奥様は、『我が家は普通の家庭』だと言っていました。どちらが正しいのですか?」
アンズのお父さんの眉がピクリと動いた。そして、顎に手を当てた。
(うわぁー……。怒らせたかもしれない。ごめん、アンズ)
俺はアンズ一家との関係が終わったかもしれないと、ショックを受けていた。だけど、返ってきたのは予想とは違う答えだった。
「アダムくん。君は誘拐事件でアンズを助けてくれた、命の恩人だ。だからこそ、君には正直に話しておこう――」
そうして、俺はアンズのお父さんから、驚くべき事実を聞くことになった。
<余談>アンズちゃんのお父様の名前の由来
・バロ→インフルエンザの治療薬【バロキサビル】から。