【三族山編】合縁奇縁〜お母様と再会〜
5年ぶりだろうか――小さい頃、大変お世話になった図書館へたどり着いた。早速、図書館長のおじさんが俺とアンズを三族山に関するコーナーへ案内してくれた。
「えっと、アダムおぼっちゃまは……三族山の名前の由来をご存じですか?」
「はい。エルフ族の先生から聞きました。他の種族が住んでいる地域との境目で、エルフ族以外にも鬼族と吸血鬼族が住んでいたと」
エルフ族の先生と言ったが、オウレン先生のことだ。三族山に生えている毒キノコについて、研究取扱者試験の実験テーマで扱ったこともあり、よく覚えている。
(先生には、いっぱい相談に乗ってもらったなぁ……)
「その通り。しかし、数年前から、とある宗教団体が三族山を独占し始めたのです。その団体は悪魔族と人間で構成されており、今の三族山はカオスな状態になっています」
「本当ですね……」
「しかも、その宗教団体が独占したのは、すべてエルフ族が所有していた土地です。エルフ族は嘆いていますよ……。悪魔だけでなく、人間にとっても、エルフは弱者って思われてるようだと」
「なるほど……種族間にも、弱肉強食の構図があるんですか?」
ふと疑問に思い、尋ねてみた。
「構図というより、勢力の違いですね。 今のトップは魔王様なので、どうしても悪魔族が優位になります。次点で、公爵のいる鬼族と吸血鬼族。それから、人間とエルフ族は同じくらいの立場です。でも……僕たち人間は数が多い。あっ、天使族は母数が少なすぎる上に女性しかいないので、どの勢力にも属していません。この資料を見てみると、わかりやすいですよ」
そう言って、彼は種族ごとの人口が記載されたページを開いて見せてくれた。
【悪魔:526万名(男:525万9,000名、女:1,000名)】
【吸血鬼:162万名(男:161万9,950名、女:50名)】
【鬼:100万10名(男:99万9,010名、女:1,000名)】
【人間:417万780名(男:416万780名、女:1万名)】
【エルフ:10万名(男:9万9,910名、女:90名)】
【天使:10名(女:10名)】
(幼少期と変わっていない。 相変わらず、女性が圧倒的に少ない……)
「女神様、電卓を……」
ここは図書館だ。俺はメガネの縁を持ちながら、小さな声でポツリと魔法を唱えたところ、目の前に電子電卓が現れた。すぐに計算を始める。
この国の総人口は1,215万800名。うち、男性が1,213万8,650名。女性はわずか1万2,150名。やはり、1000人に1人しか女性がいない。
(こんなに男女比が偏っているなんて……。いや、それより天使族、本当に10名しかいないのか?! オオバコさんの言ってた通りじゃないか……!)
前世の記憶があるからこそ、この異常な男女比に衝撃を受ける。人間社会の常識とはかけ離れた世界――だが、ここで生きていく以上、俺もこのバランスの中に身を置かざるを得ない。
……俺はこの熾烈な競争の中で、結婚できるのだろうか?
(いかん! それよりも今は、三族山についてだ)
「それにしても、人間と比べても、エルフの人口が少なすぎる……。しかも、土地まで奪われてるなんて、まるで滅びかけの民族じゃないですか……。この世界のバランスがこんなに不安定なのに、そこへ宗教団体まで絡んでくるなんて……。絶対に裏があるな……」
(思い出せ! 研究取扱者の試験で、論文を作成していた時、オウレン先生が教えてくれた言葉を――)
「そうだ……! ランプ市では、三族山にしか毒キノコが生えていなかった。それで俺は、『魔力の影響もあるのでは?』って、オウレン先生に聞いたことがある。でも、魔力との関係性については分からないって言ってたんだ。そもそも、エルフ族は自然と深い関わりがあり、守る役割を担うことが多い――それは昔、絵本にも書いてあった。俺が思うに、三族山には、特殊なエネルギーや遺跡、あるいは神聖な魔力が宿っている可能性がある。それを、あの宗教団体が『自分たちのもの』として利用しようとしているのでは――?」
勢いよく話しすぎたせいか、図書館長のおじさんとアンズの表情は、見事に固まっていた。
「ご、ごめん! 私、そういう空想の話、ちょっと苦手かも……」
アンズは慌てて謝る。
「そうですな……。確かに、本の知識も大切ですが、三族山はもともとエルフ族が所有していた土地。ならば、エルフ族に直接聞くのが一番だと思いますよ。でも、せっかくここに来たのですから、お好きな本を持っていきなさい」
確かに、二人の言う通りだ。
もともと三族山と人間に接点はなかったのだから――。
ひたすら調べ物をしていたら、いつの間にか夕方を過ぎていた。俺とアンズは図書館長に別れの挨拶をし、明日、朝一の電車で移動することに決めた。
アンズは実家に一泊すると言っていた。一方の俺は……実家に帰るなんて、到底考えられない。そんな俺を、アンズは心配そうに見つめる。
「アダム、今日はどこに泊まるの?」
「うーん……ホテルかな。この前の調査で、そこそこお金も貯まったし」
「えっ、一人で? 大丈夫なの?」
「まぁ、男だし、平気だよ。じゃあ……」
俺は軽く手を振りながらアンズと別れて、ホテルに向かおうとしたのだが……。
「アンズ! 学校生活、よく頑張ったね。あら……貴方は?!」
どこか懐かしい声が聞こえた。思わず足を止める。
(……この声は!)
視線を向けると、そこにはアンズと瓜二つの女性が立っていた。俺がこの世界で生まれた時から、ずっとそばで見守ってくれた人物――アンズのお母さんだった。