【三族山編】高山流水〜図書館長と再会〜
後日、ランプ市長から連絡が来た。彼の部下が、三族山行きのチケットを手配してくれたようだ。しかも、2人分。と言うことは、やはりアンズを連れて行くことになる。
(……正直、心配だ。アンズを危険な目に遭わせたくない……)
一方、アンズはやる気満々で、「一緒に行こうね!」と毎日、連絡が来ていた。
だから、今回は一緒に行く。
そして迎えた当日――俺たちは【ザダ校前】駅で集合した。以前までは、ここから蒸気機関車のような汽車に乗るのが普通だった。だが、この数年間で公共交通の開発が進み、今では俗に言う電車が走っている。
(開発者名に、オオバコさんの名前があったな……やっぱりすごいわ)
俺はオオバコさんの実力に感心しつつ、アンズと電車に乗り込む。そして、向かい合わせのテーブル席に座った。
「アダム、私ね。買ってきたよ……メロンパン! 一緒に食べようよ?」と言って、アンズは旅行カバンから、2個のメロンパンを取り出した。
「アンズ。これ、作ったの?」
「ちっ、違うよ! パン屋さんで買ったの!」
アンズはハムスターのように、頬を膨らませている。
「もしかして、私が作ったの食べたくないの?!」
「いや、そういうわけじゃない……」
「ひどい! あのさ、この前の私のハンバーグ、美味しくなかった……?」
「あぁ、あれは美味しかったよ。また作って」
「うん!」
そんなやりとりをしながら、俺たちがメロンパンを食べようとしたタイミングで、どこからか、クスクスと笑い声が聞こえてきた。
「いやー、まるで夫婦漫才……」
(誰だ! 俺たちのことを夫婦だと言ったのは……)
思わず顔をしかめると、隣でアンズが「私たち、まだ未成年です!」と謎のフォローをしていた。
一体どんな人物なのかと顔を上げると、そこにいたのは、またしても知っている人物だった。俺より先に、アンズが驚きの声をあげる。
「図書館長さん! どうして、この電車に――?!」
「やぁ。近くの海で釣りをしに来てたといったところです。それより、アダムおぼっちゃまにアンズちゃん。大きくなりましたなぁ!」
図書館長のおじさんは、俺たちの顔を見て、嬉しそうに目尻を下げていた。
「あっ! ごめんなさい。図書館長さんの分のメロンパンはないの……」
「お構いなくー! 私は駅で弁当を買ったから」
そう言って、図書館長は俺たちの向かい側の座席に座った。各々、食事を楽しんでいたが、ふと図書館長が口を開いた。
「ちょっとお伝えしたいことがあってね。実は、図書館の一部をカフェ併設にしないか、という話が出ていましてなぁ〜」
「へぇ、カフェ併設?」
「そう。アダムおぼっちゃま、どう思われますかな?」
「いいんじゃないですか?」
俺は即答した。
(俺自身、本を読みながら、コーヒーを飲むのが好きだし……)
「ありがとうございます。だけど、どこのカフェ店と提携するのか、まったく決まっておらんのですよ……」
どうやら、まだ計画段階で、どこの店と契約するかも決まっていないらしい。
(……あっ!)
ふと、脳内で点と線が重なり合う――要するに、いいアイデアが浮かんできた!
「そうだ! お店選びに迷われているのなら……アンズが『ハートバックス』っていうコーヒーチェーン店で働いてますよ」
「おぉー! ハートバックスかぁ……それは心強い。今度、その企業さんに話を聞いてみますね」
俺は隣のアンズに目を向ける。彼女は何やら手助けしたいと思ったようで、身を乗り出して話に加わった。
「せっかくなので、私から副店長に相談してみましょうか?」
「いいのかい?! いやぁ、本当、恩に着るよ」
図書館長は感謝しながら、ニヤリと笑った。
「ところで、2人はデート中ですか?」
「 「デート?!」 」
思わず、俺とアンズは声をそろえて叫ぶ。俺はすぐさま、訂正する。
「いえいえ、違います!実は、調査をしに行くんです」
「えっ、そうなのかい? どこへ?」
「ランプ市の三族山です」
「へぇ……」と図書館長は軽く頷いたが、その直後、視線を窓の外に向けた。「あっ、そろそろ私の降りる駅ですな。それでは、お元気で――」と言いながら、彼は席を立つ。ちょうどそのタイミングで、電車が急に揺れた。
――ガタンッ!
ブレーキ音が響き、電車が急停止する。
「……え?」
何が起こったのか分からず、俺たちは顔を見合わせた。
「申し訳ございません。線路内に動物が入り込み、電線に支障を来たしたため、本日の電車は運休となります」
(えぇえ……)
俺とアンズは絶句した。今日中に、三族山に着く予定だったのに……。このアナウンスの感じだと、もう無理そうだ。
俺たちが絶望している状態を見て、図書館長がポジティブな提案をしてくれた。
「せっかくだし、ここで降りて、久しぶりに図書館へ遊びに来ませんか?」
「 「えっ……?」 」
俺たちは驚いて顔を見合わせる。まさか、こんな状況で魅力的な誘いが来るとは……でも、悪くない選択肢だ。
「……アンズ、行く?」
「……アダム、行こう!」
「 「行きます!」 」
2人して、またハモってしまった。
図書館長のおじさんはそんな俺たちの様子を見て、大爆笑していた。
「5歳の時からの幼馴染ってこともあるんだろう。本当に息がぴったりですな。じゃあ、せっかくなので、一緒に行きましょう――大丈夫。あの後、セキュリティは徹底することになりましてね。監視カメラも設置しているので、ご安心を」
そうだ。俺が図書館長と別れたのは、確か10歳の時。そして、例の誘拐事件が起きたのは、5歳の時。あの時と比べて、図書館長はずいぶん頼もしくなったようだ。それだけじゃない。責任の重みをしっかりと背負っているように思えた。
この世界に転生し、アダム・クローナルとして生きてきた15年――時間は驚くほど、早く過ぎていたみたいだ。