【三族山編】行雲流水〜市長と再会〜
あれは……今から7年前。俺が8歳ぐらいの時だ。
母さんは、父親からの暴力に苦しんでいたが、ある日、「奇跡の力で家族が救われる」という胡散臭い誰かの言葉を信じてしまい、その人物が所属している宗教団体に入信した。
最初はただの信仰だったのかもしれない。でも、やがて「科学は無意味」「神の声に従え」と言い出し、俺とも距離を取るようになっていった。
俺は母さんを救いたくて、図書館で本を読み漁り、どうにか説得しようとした。けれど、その団体の幹部たちは「神の啓示を疑う者は悪」と言い、俺を排除しようとした。
その結果――10歳の時、俺は家を追い出された。
(……なんで今さらこんな話をしているのか、そう疑問に思っただろう?)
それは、ランプ市長が俺とアンズに相談した内容が、まさに母親が入信している宗教団体に関する話だったからだ。
「ランプ市は君のおかげで観光も大成功したと言っても過言ではない。だが……今、佳境に立たされているのじゃ」
市長の表情が曇る。
「三族山に、ある宗教団体が拠点を築いてしまってのう。その団体が厄介なのじゃ……。『奇跡の力で家族が救われる』 そう謳っておる」
「はぁ……」
つい、ため息を漏らす。
市長はハッとした表情になり、「しまった……言い過ぎたか」と慌てている。
「違うんです」
そう言って、俺は一度呼吸を整えた。
「俺の母親は、その宗教団体に入っています……多分、今も」
「なんと?!」
「えっ?!」
ランプ市長とアンズが、同時に驚きを隠せない表情を見せる。
「あっ。俺は入ってないし、一生入る気なんてないですよ。宗教には」
「そうかのう……」
市長は俺の発言に安心したようだが、少し言いにくそうに話を続けた。
「実はな……ワシら市の職員だけでは手に負えなくなってしまい、2年前ぐらいから、エルフの王族子女たちに相談しておったのじゃ」
「王族子女……?」
初めて聞く情報に、俺は思わず眉をひそめた。だが、アンズは「私、知ってるかも?!」と手を上げる。
ランプ市長は「お嬢さん、分かるかのー?」と、お茶目に問いかけた。
「フォレスト家のことですか?」
「大正解じゃ!」
2人はすっかり波長が合っているのか、両手でピースサインをしながら盛り上がっている。
(そういえば、フォレスト家って……アンズのバイト先の副店長さんたちのことか〜! すっかり忘れてた……)
ワンテンポ遅れて、俺も「あっ、フォレスト家か……」と呟く。
「アダム、あまり人に興味ないもんね……」
「そうじゃのう。この子は研究一筋じゃからのぅ」
ランプ市長が、どこか懐かしそうに顔をほころばせる。
「そうじゃ! そのフォレスト家は、実際に何度か調査へ行ってくれたのじゃよ……」
『調査へ行ってくれた』――けれど、市長の言葉がそこで途切れる。
(成果が得られなかったのか、それとも……?)
「つまり……行ったものの、状況が改善されなかったってことですか?」
「そうじゃ。交渉も試みたようじゃが、相手の方が一枚上手だったようで……。最悪なことに、自分の実力が足りなかったと悔やんでのう。フォレスト家の長男さんは、責任を感じすぎて心を病んでしまったのじゃ……」
「そんな……。シンイさんの弟さん、何も悪くないのに!」
アンズも思わず、ランプ市長の心痛な話に同意する。
(最悪だな。入信すらしていないエルフの王子様が、精神的に参ってしまうなんて……)
俺はふと、あることを思い出した。
そもそも、ランプ市長が今回、オウレン先生を訪ねようとしていた理由はなんだったのか。
「そうだ、ランプ市長。オウレン先生のところへ行くのには、何か特別な事情があったんですか?」
「彼女は名医じゃからのう。フォレスト家のご子息の健康について、相談しようと思ったのじゃ。彼、リラックスできるお茶が飲みたいと言っておったからのう〜」
お茶か……。漢方の薬で、いいものがあるな。
それに、もし今回、この宗教団体の悪行を暴けたら、母さんと信頼関係を取り戻せるかもしれない。そして、【身上書】を手に入れられる。それさえあれば、俺は【王位戦】にエントリーできる。
俺の中で答えが出た――。
「ランプ市長。俺、調査に行ってみたいのですが……」
「えぇ! アダム、行くの?!」
アンズは俺の言葉が意外だったようで、驚いている。でも、もう決めている。
「俺は研究者だ。科学を信じている。だからこそ、母さんを救うために――宗教団体の真実を暴いてやる」
「あぁ……。やはり君は芯の強い子じゃな。こんな素晴らしい研究者がこの世界にいるなんて、冥利に尽きるのう……。本当に良いのか?」
ランプ市長の口調が、いつもののんびりとしたものから一変し、市長らしい鋭い眼差しに変わる。
「はい。なので、早速、何をすればよろしいでしょうか?」
「そうじゃのう……。まずは、この宗教団体について、できる限り情報を集めるのが先決じゃろう」
「わかりました。それと、もう一点、ご提案したいことがあります」
「ほう? なんじゃ?」
「フォレスト家のお兄さんに、最適なお茶を提供したいんです。一応、薬学にも精通していますので……」
「本当に?」
ランプ市長の顔が、ぱっと明るくなった。
「もちろん」
俺とランプ市長は再び握手を交わす。そんな俺たちの様子をみて――アンズが勢いよく間に割り込んできた。
「あの、私もアダムについて行きます!」
「 「えっ」 」
今度は俺とランプ市長が同時に意表を突かれる。
「アンズ、せっかくの夏休みなんだから……」
「いいの! それに私、食中毒の時にシフトいっぱい入ったおかげで、今は余裕! シンイさんとは同じバイト先の先輩後輩だからさ。人脈と魔法のことなら、任せて! アダムのサポート、ちゃんとできるよ?」
「いや……アンズを危ない目に……」
言いかけた俺の言葉を遮るように、「お嬢さん!」とランプ市長が大声を上げた。彼は目を輝かせながら、俺たちを見つめている。
「君らがいてくれると、ワシとしては大変助かるのじゃ。それに、2人だけじゃない。フォレスト家にも協力体制を整えてもらおう。とりあえず、日程が決まったら連絡するから、このメモを渡しておくのじゃ」
そう言って、市長は俺に電話番号を書いた紙を手渡した。
<予告>次回も久しぶりに、あるおじ様が登場します!お楽しみに〜。