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ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜  作者: 国士無双
第二部 【本論】第10王子、異世界下剋上の道を選ぶ
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【補習編】研究者の恋は盲目

 結局、ケイ VS キハダ理事長のバトルは、理事長の圧勝だった。

 

 その結果、キハダ理事長はオウレン先生と一緒に食事へ行くことになり、2人は「お先に」と言いながらプールを後にした。ケイも「アタシ、今日は家族とブッフェ行くから、そろそろ帰るわー!」と言い残し、足早に去っていった。


 なので、今、ここに残っているのは俺とアンズの2人だけだ。俺はみんなが泳いでいた間も、プールサイドで残留塩素を測ったり、衛生状況を確認したりと、白衣のまま作業を続けていた。


 だが、ふと違和感を覚える。


(あれ……? アンズがいない。更衣室にでも行ったのか?)


 そう思いながら、周囲をキョロキョロと見回していたら――。


 バシャッ!


 アンズが突然、水しぶきを上げて、プールの水面から姿を現した。

 

「ねえ、アダム! 泳ごうよ〜!」

「いや、俺は水着を持ってきていないから大丈夫。それに……今は試薬を入れて、何色になるか観察しているんだ。塩素って素晴らしい!」

「もー! また研究者モードになってる……。でも、検査はもう終わったんでしょう?」


 アンズはニコッと笑いながら、楽しそうにバシャバシャと俺に水をかけてきた。「アンズ! 勢いが……」と思い、慌てて避けようとしたけど、俺が手元に持っていた試験管がツルッと滑ってしまった。


(せっかく測った試験管が――!)

 

 咄嗟に手を伸ばし、ギリギリで、試験管をキャッチできたのは良かったのだが……。


 ドボンッ!

 

 俺の体は、そのままプールへ落ちた。


(冷たいな……)


 水が一気に体を包み込み、少し息が詰まる。思わず、水中で目を閉じる。


 すると、なぜか懐かしい記憶がよみがえってくる。


(久しぶりに、プールに入ったなぁ……。最後に入ったのって、確か、妹とお出かけした時だった……か?)

 

 水中に沈みながら、頭の中でふと、この世界に来る前の記憶を辿る。


(女神様と契約する前にいた世界……あの時の妹は、まだ病気を抱えていなかった……。もっと早く、薬が開発できていたら……)


 だけど、後悔で支配された記憶はイルカが泳いだ跡のように掴みどころなく消えていく。思い出そうとしても、「私はもう元気だから、大丈夫。今を楽しんで、そして夢を叶えて……」とそのイルカが言っているみたいだ。

 

 そんな泡沫夢幻の中、誰かが俺の腕を掴んだ。


(君は誰だ……? 私の妹? いや、違うな……)

 

 目の前で揺れていたのは、ピンク髪で黄色の瞳の女の子。

 彼女は俺が溺れそうだと思ったようで、勢いよく引っ張ってくれた。そのまま、俺は彼女に引き上げられ、プールサイドへと移動する。


 視界がぼやける。


(……メガネ、落としたか?)


 ぼんやりとした視界の中、俺は手を伸ばした。


「アンズ……ありがとう」とお礼を言いながら、握手をしようとしたはずだったが、どうやら、俺は距離感を間違えたらしい……。いつの間にか、俺の腕は彼女の肩を回し、そのまま前から抱きしめる形になっていた。


(あっ……)


 至近距離。

 アンズの濡れた髪が肩に触れている。それだけじゃない――彼女の心音がとても近く感じられる。


(この距離感は……気のせいか? いや……近すぎるな)


「……」


 俺は、思わず思考停止してしまったが、肌の感触がダイレクトに伝わってくる。


(まずい! 今のアンズは水着だ――!)


「あっ! アンズ、ごめん」


 そう言って、彼女から離れようとしたけど……。


「いいよ。このままで……」


 アンズは、俺の腕を綺麗な手で軽く握ったまま、柔らかく笑った。そして、小さく愛らしい声で話を続ける。


「私、アダムとこうやって遊ぶの楽しいから」


 ドクン、と胸が高鳴る。アプリコットのように、甘酸っぱい雰囲気で、俺は彼女のことを直視できない。


「そ、そうか……」

「うん」


(どうしたんだ、俺。なんで、こんなにドキドキしてるんだ……?)


 自分の心情を紛らわしたくなり、ふと思ったことを口にする。

 

「その……水着、似合ってるな」


 アンズの動きが、一瞬止まる。それから、モジモジしながら頬を染めて、恥ずかしそうに笑う。

 

「えへへ、ありがとう……アダム」


 その様子に、さらに俺の心臓がうるさくなる。


(やばい……なんだ、この雰囲気……! この後、何を話せばいい?)

 

 気持ちの整理ができずに動揺していた中、アンズは何かに気づいたようで、いきなり大声を出す。


「あれ……あっ! アダム、メガネがないじゃない? 何も見えないでしょー?!」

「えっ、あぁ……」


「取ってくるから、待ってね!」と言って、彼女は勢いよくプールの中へ飛び込んでいった。その後ろ姿を見送りながら、俺は大きく呼吸をする。


(……危なかった。いや、何が「危ない」んだ? それより、こんな甘い空気は人生で初めて経験した……)

 

 その後、アンズがメガネと試験管を回収してくれた。

 俺たちはプールを出て、それぞれ更衣室で着替えた。そして今、夕暮れの中を並んで歩いている。


 今日はお互い、寮に戻る予定だ。

 アンズは明日から夏休みなのが嬉しいのだろう。楽しそうに話している。俺は彼女の話を横で静かに聞いていた。


 ふと、彼女の横顔を見る。水滴が頬を伝い、夕日で輝いている。


 ――今日のアンズは、いつもより一段と綺麗に見えた。


(あれ……?)


 違和感を覚える。いつも通りの明るくて元気なアンズだろう?


(なのに、どうしたんだ……この胸の高鳴りは。『月が綺麗ですね』ならぬ、『夕日が綺麗ですね』を連想してしまう。いや、俺は何を考えている……。まずい、俺、本当におかしくなった?)


 疑心暗鬼し始めて、心が落ち着かなくなった俺は、とうとう自分に言い聞かせる。


「……これは、プールに入ったことで起きた――脳への酸素供給量の変化による錯覚だよな?」


 冷静な思考を心の中で言ったつもりが、声に出てしまった。それに、理屈っぽい己の言葉に、自分でも苦笑しそうになる。アンズは、俺のことを面白いと思ったようで、口元に手を当てながら、クスクスと笑っていた。

 

「なに難しい顔してるの? しかも、珍しい! 考えていることを声に出しちゃうなんて。アダムらしくないね?」


 そんなアンズの返事に、どう言い訳しようかと迷う。だけど、言葉を飲み込むことしかできず、ぶっきらぼうな返事をしてしまった。

 

「なんでもないよ……」


(でも、たぶん、これは錯覚じゃない)


 かと言って、うまく説明し難い。俺の心の変化に関する『研究』には、まだ解明すべき謎が多いようだ。


 そんなことを考えながら、俺たちはしばらく無言で歩いていた。夕暮れの道を、ただ並んで歩く。

 

 だけど、思いもよらぬ人物により、その静寂は破られた。


「そこの学生さんたち。ちょっと教えてほしい場所があるのじゃ〜」


 柔らかい、どこかのんびりとした老人の声。


(この学校におじいさんがいるのは珍しい……。どうして紛れ込んだんだろう?)


 その疑問に対する答えが知りたいと思い、振り向いたところ――そこにいたのは、見覚えのある人物だった。


「久しぶりじゃのう! おぉ、大きくなって……」


 そう言いながら、右手を差し出す彼。俺も迷わず、その手を握る。


「アダム、お知り合い?」


 横からアンズが首を傾げる。


「あぁ。ランプ市長さんだよ。研究取扱者試験のとき、お世話になったんだ」

「懐かしいのぅ〜。また一段と賢い顔つきをしとる」

「そんなことないですよ。それより……どうしてこの学校に?」

「それがのう……オウレン先生に相談したくて来たんじゃ」

「えっ」


(しまった……)


 俺は気づいてしまった。オウレン先生は、キハダ理事長に誘われて食事に行ったばかり。だから、いない。

 

 そのことを伝えると、ランプ市長は少しだけ残念そうな表情を浮かべていたが、すぐに俺の顔を見て、覚悟を決めたようだ。


「せっかく君に会えたのじゃ。だから――共有しようと思う。できれば、助けてもらえると助かるのじゃが……」


 ランプ市長は、俺が10歳の頃、俺が研究取扱者の資格を取得するのにあたって、応援してくれた恩人だ。

 俺の人生の大切な節目に関わってくれた存在と言ってもいい。


 だからこそ――彼の相談に乗った。

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