【補習編】女心と夏の空(※一部微百合表現あり)
【※注意】一部、女性同士の絡み有り。
「じゃあ次は遊離残留塩素を測ります。殺菌力のある塩素ですね」
「えっ! あんた、アタシたちをこれからどうするつもり!? 殺菌する気?」
ケイが突然、俺のことを警戒する。一方、アンズとキハダ理事長はタブレットに夢中で、俺たちのやり取りには全く興味がなさそうだ。
「ケイ、むしろこれからやることは……プールの水が汚染されていないか安全性も踏まえて、確認するんだ」
「そうよ。アダムくんの言う通り。適切な塩素濃度があれば、細菌の増殖を防いで、死滅させることができるからね」
「ご名答です、先生。さぁて……測定しますか。ケイ、この試験管にプールの水を入れてくれないか? 俺はその間に魔法を使う」
「わかったわよ!」
彼女はすぐに動いてくれた。俺は魔法の言葉を発する。
「女神様、DPDを――!」
そう唱えると、試薬と比色板(数種類の色が並んだ板)が現れる。ちょうどそのタイミングで……。
「取ってきたわよ?」
ケイが戻ってきた。俺はすぐに試験管へ試薬の粉を投入する。
「もしかして、それを飲ませるつもり――?!」
「いや、それは睡眠薬のエピソードだろ? 俺は真っ当な研究者だから、そいつらと一緒にしないでくれ。ほら……色が変わっただろう?」
「本当ね」
オウレン先生が試験管を覗き込み、比色板の色と照らし合わせて数値を確認する。
「えっと……0.6だから基準値内ですな。オッケーです」と俺が言うと、ケイが鋭く指摘してくる。
「えっ! この2.0の最大値じゃなくていいの? アタシは0か100の女よ!」
「いい質問だ。だが、最大でも1.0以下の方が望ましいんだ。そうだな……。濃度が高すぎると、残留塩素が尿や汗に含まれるアンモニアと反応して、【クロラミン】っていう物質になる。そいつが厄介で、目や皮膚に刺激を与える。だから、プールの中では排尿しちゃダメだ……」
「当たり前よ! だって、アタシは第4王女のケイ――」
「いや、王女とか関係なく、誰でもダメだ」
「ちょっとあんた! アタシがいい台詞を……」
そのタイミングで、アンズがケイを呼ぶ。ケイはしぶしぶ項垂れながらも、アンズの方へ向かっていった。
「あとpHを測りますか〜」と言いながら、俺はpH試験紙を取り出し、プールの水に漬ける。
(この前、魔法で多めに出してもらったから、まだ余ってた。ラッキー)
そんなことを思いながら、試験紙の色を確認すると――緑色に変化した。
「中性。基準値内なので、問題なしですね」
「あら、本当ね」
「せっかくオウレン先生にも手伝っていただいたので、少し説明を。酸性だとプールの配管が腐食したり、コンクリートが劣化しやすくなります。一方、塩基性に傾くと消毒効果が低下してしまう。だから、この状態がちょうどいいんです」
「ご丁寧にありがとう」
(さて、そろそろみんな入りたそうにしてるな……)
「じゃあ、入ってどうぞ?」と振り返ると――水着を着たアンズとケイ、そしてなぜかキハダ理事長の姿が……。
アンズは、ビビッドなオレンジ色のクロスデザインビキニを身に着けていた。
(めちゃめちゃスタイルが良いし、豊満な胸……いや、役満では?)
一方、ケイはネイビーのクロップトップとショートパンツの水着。
(彼女は、動きやすさを重視したのだな……)
そして、理事長はハイネックのワンピースタイプ。カラーはオウレン先生の瞳の色を意識した緑色だ。
(理事長って、意外と乙女?!)
つい、それぞれの水着姿に見惚れてしまい、キハダ理事長からピシッと指摘された。
「アダム! 紳士たるもの、ジロジロ見ないでくれ!」
そう言いつつ、理事長はオウレン先生に向き直る。
「ということで、オウレン。君もお着替えしようね――」
「えっ……キハダ理事長?」
理事長はいつの間にか、例のタブレットを左に抱えながら、右手でオウレン先生の手を握る。
すると、ふわっと煙が立ち、一瞬視界が白くなる。魔法が発動したのだろう――さっきまで白衣を羽織ったワンピース姿だったオウレン先生は、いつの間にか小花柄でフリル付きのワンピース水着を身に纏っていた。
「 「かわいい……」 」
つい、俺とキハダ理事長の2人でハモってしまった。それに、俺は見逃さなかった――その発言をした直後、理事長の目がギラリと光った。
「オウレンは私のものだ! 絶対に譲らない!」
そう宣言して、オウレン先生を力強く抱きしめる。
「やだ……! キハダ理事長、学生たちに見られるのは……」
オウレン先生は恥じらい、頬を薄くピンク色に染めていた。
「あぁ……すまないね」なんてキザなセリフを残して、スマートにオウレン先生から離れた理事長は、腕を組みながらプールの水面を見つめる。そこへ、ケイが隣にやってきて、笑いながら、とある提案をする。
「理事長、監視? それとも一緒に泳ぐ?」
「監視だ。……いや、少し泳ぐのも悪くないか」
――なんかバトルが始まるのか?
2人とも戦う顔をしている。
俺と同じことを思ったのか、アンズもワクワクした様子で、場を盛り上げるような発言をする。
「せっかくなら、泳ぎの速さ対決しよ! ケイちゃん VS 理事長先生、どう!?」
「アンズったら、いいアイデアね。やるわ!」
「ふっ、いいだろう。全力で相手をしてやる。私が勝ったら、オウレン! 私と2人でご飯を食べに行こう!」
オウレン先生は、理事長のデートのようなお誘いに照れながらも、優しく微笑み、保健室の先生らしいフォローを入れる。
「みんな、準備運動はしっかりね? それから、水分補給も忘れないように。ケイちゃん、キハダ理事長……2人とも頑張ってね。よーい、スタート!」
その合図とともに、2人の仁義なきバトルが幕を開けた。