【定期テスト編】能ある元王族は爪を隠す ※アンズ視点
私はアダムと一緒に、理事長室へ入る。すると、理事長先生は、私が試験中に魔法で出したハート型のハンバーグを、ラップに包んで大事そうに保管してくれたみたい。
(どうして、私のハンバーグが……!?)
彼女は引き締まった表情をしながら、声をかけてくれた。
「あぁ、2人ともお疲れ様。アダム、これは先ほどアンズさんが作ったハンバーグだ。持って帰って、食べなさい」
「えっ、分かりました。それで、俺から話したいことが……」
「いや、アダム。私はこちらの彼女とお話ししたいんだ。申し訳ないけど、先に帰ってくれ」
「……分かりました。俺は、このハンバーグを受け取るだけって認識でいいですか?」
「あぁ。よろしく頼むよ」
アダムは、ハンバーグの皿を手に持ったまま、一瞬固まった。眉間に皺を寄せ、何か言いたげに口を開きかける――が、結局何も言わずに、ゆっくりと理事長室を出て行った。
(そうだよね……。至急呼ばれて、私のハンバーグを渡されただけなんて!)
私は理事長先生と2人になってしまう。
理事長先生は何も言わず、ジーッと私を見つめている。なんだか、すごく気まずい……。だけど、先生はフッと微笑んでくれた。
「アンズさん。アダムとは幼馴染、それで合ってるかい? 彼、天然パーマだし、ちょっと鈍感そうだけど」
「えっ」
唐突な天パ発言に思わず戸惑う。
(『天然パーマに悪い男はいない!』って、お父さんが豪語してたけど……)
理事長先生の意図が読めず、私は首を傾げる。すると――。
「ふむ、分かった。まだ恋人ではないってことだね?」
「えっ、そ、そんなぁ!」
自分でも驚くくらい、声が裏返った。
(やばいっ! 今の私、タコみたいに顔が真っ赤っかかも!)
『恋人』だなんて……。素敵な響きだけど、今のところ、私とアダムは、ただの幼馴染。……たぶん。
慌ててそう伝えると、理事長先生は意味深な発言をする――。
「応援してるよ、私は。君のお父様は、かつてアダムと同じく王族だっただろう。でも、彼は魔法や法律の研究したいと望み、一族の反対を押し切って、降格した。君の家族の姿が見えなかったから、気になっていたんだ」
「あっ……。私だけじゃなくて、お父さんとお母さんも……今の生活に満足しています! 」
思わず強めに言い切ってしまった。
理事長先生は……私の家庭の事情について、知っていたんだ。確かに、彼女の言っていることは合っている。
――そう、私のお父さんは元王子様だった。
でも、王族でいることも、貴族でいることも、自ら辞めた。あの閉鎖的な環境が嫌だったんだと思う。
今は魔法学者として自由に研究をしながら、どこかの会社で働いている。共働きだから、家に両親がいないことも多かったけれど……。
ふと、小さい頃の記憶がよみがえる。
『王族だったら、もっと自由にしてあげられたのかな……。ごめん、アンズ』
仕事で忙しいお父さんが、私の頭を撫でながら、申し訳なさそうに呟いたことがあった。
(……そんなの、気にしてないのに)
私はこの学校が楽しい。自由な生活も、家族のことも、大好きだ。
だから、それでいいんだ――!
そう思って、何も言わずに前を向いた。だけど、きっと私の表情がすべてを物語っている。
(――満足している、って)
すると、理事長先生はふっと笑みをこぼし、ゆっくりと頷いた。
「そうかい。それは良かった」
そして、瞳の奥底で、何かを思い出すように、静かに語り始めた。
「アダムのことは心配しなくていい。彼のおかげで、この学校にいい風が吹いているよ。面白い男だ。王子なのに、威張ることもなくてね。普通なら、王族の権力を使って王様になりたいとか、王女と結婚したいとか言うものだろう? でも彼は、ただ研究者として夢を叶えたいと言った。……いい男だよ」
(えっ……まさか!)
理事長先生の口調が、なんだか温かい。もしかして――アダムのこと、めちゃくちゃ気に入ってる!?
私は思わず理事長先生を見つめた。
(……あれ? もしかして、私、悲しい顔してる?)
胸の奥がチクリとする。アダムのことを褒められるのは嬉しいはずなのに、なんだかモヤモヤして……。
「安心してくれ、私はアダムに興味はないよ。私には、別に気になる人物がいるからね。それと、アダムのことだけど……彼はアンズさんの試験前にテストを受けていたわけだから、赤点という判断にはならないよ。だから、安心しなさい」
「えっ、本当ですか?」
「本当さ。だから――彼のことを大切にしなさい」
私は息をのむ。何気ない一言だったけど、理事長先生の言葉が嬉しかった。
「じゃあ、呼び出してすまなかったね。解散!」
そう言って、理事長先生は軽く手を振り、私は理事長室を後にした。
(……理事長先生、意外と優しい先生でよかった〜!)
正直、呼び出されたときは何を言われるのかとドキドキしていたけど、これなら大丈夫そうだ。
でも、それ以上に驚いたのは、私の家庭事情を把握していたこと。
父の代までは王族だった。
でも家族からは「絶対に言わないほうがいい」と言われていて、ずっと隠してきた。
それだけじゃない――従兄が特別科にいることも、私はまだ誰にも話していない。
(でも……今はまだ、そのタイミングじゃないよね?)
いつか、実験部のみんなにはちゃんと話すつもり。だけど、それは「今」じゃない。
自分の中で結論を出してから、アダムのいる部室へ戻ることにした。一応、理事長先生がどういう判断を下したのか、アダムにも伝えておく。
アダムは「もうテストは終わったから、あとは採点を待つだけだしな……なんとかなれー」と言いながら、フラスコを手に取って実験を始めていた。
――そして、試験から数日が経過した。終礼前、担任でもある理事長先生が大きく告げる。
「テスト結果が出たから、一人ずつ成績表を配る――! まず、アダム!」
アダムが呼ばれた。次は私の番だから、お互いの結果がわかるのは、席についてからになる。
震える手で、自分の成績表を開いた――60点台ばかりだけど、赤点はなかった。魔法家庭学は61点!
(よかった……! 勉強は好きじゃないけど、頑張ったかも!)
あとは――アダムの結果はどうだろう?
アダムの方を振り向く。すると、彼は成績表を私に見せながら、落ち着いた声で言った。
「アンズ、大丈夫だ。問題ない」
視線を落とすと――魔法家庭学、69点!
「アダム、良かった!」
思わず、後ろにいるアダムの手をぎゅっと握ってしまった。
「えっ!」
アダムは予想外だったのか、横を向いて照れくさそうにしている。その様子を、両隣の2人に見られていたらしい。
「アダムさん、アンズちゃん。2人とも良かったんだね!」
サラがニコニコしながら、私たちを見つめる。
「サラの言う通りね。ふふっ、いいわね〜!」
ケイちゃんはニヤニヤした笑みを浮かべている。
「ケイさん! 早く取りに来なさい――」と理事長先生の声が響き、ケイちゃんは「はーい!」と慌てて成績表を取りに行く。
「やったわ! アタシもアンズと同じで、魔法家庭学のテスト、61点だったわ! 実験部のみんなのおかげね!」
「良かった〜!」
魔法家庭学で赤点のリスクが高かった私、アダム、ケイちゃんの3人だったけど、みんな無事に回避できて良かった……。
ちなみに――サラとニコくんは高得点。特にサラの成績表に至っては、90点台後半から100点まで。1人だけ別次元の成績だった。
定期テストが終わったので、来週からはいよいよ長期休み!
私はバイトをしながら、音楽活動に励むつもりだったけど――その計画は見事に崩れ去った。
「以上で、全員に成績表を配った! ちなみに、70点未満の科目がある者は来週から10日間、その科目の補習があるぞ! 私もいる。是非、声をかけてくれ!」
「 「 「えぇ〜?!」 」 」
私、アダム、ケイちゃんの3人で思わずハモってしまった。
(来週から補習だなんて……)
せっかくの長期休みが補習で潰れるのはショックだけど、仲のいいお友達に大好きな人も一緒なら――それはそれで楽しもう! そうポジティブに、思うことにした。
<余談>アンズちゃんの作ったハンバーグは、アダムさんが完食しました★
次回から、新編になります!