【定期テスト編】健康で科学的な最良限度の生活を営む異世界転生者
アンズは、ニコから勉強を教えてもらったことにより、実力が身について来たようだ。
とうとう今日の放課後には、自信満々に「実技は任せて!」と言いながら、テスト前最後のバイトに向かって行った。
俺はいつも通り、部室で勉強したり、実験しようかなって思っていたけど……。
「アダム! アタシに例の図を見せてくれない! 魔法家庭学の実技試験に受かりたいから!」
ケイが慌てながら、俺に『フローチャートを見せて』と頼み事をしてきた。なので、彼女と一緒に部室へ向かうことに。すると、部室にはサラとニコが、なぜか来ていた……。
「アダム! 2人はアタシが呼んだのよ? サラは特待生だし、ニコは効率厨だから、この2人のサポートがあれば、試験に絶対受かるわ! ってことでやっていくわー!」
「ケイちゃん、それじゃあ……」
「クマリーマジック・ハンバーグ――!」
サラの言うことを最後まで聞かずに、いきなり例の王族装飾品を使って、魔法を唱え始めた。
(その魔法って、1日3回までしか使えないんじゃ……)
やはり、俺の嫌な予感は当たり、黒焦げのハンバーグが現れた……。
「いや、まずサラの説明を最後まで聞け……」とニコがツッコミながらも、「実技なら、このやり方の方がいい」と手先の器用さでアドバイスをする。
(ニコって、意外と面倒見がいいんだよなぁ〜)
そして、ケイはニコからのアドバイスを受け、気合いを入れて2回目の魔法にチャレンジした――が。
ベチャッ……。
形を保てなかったみたいで、ハンバーグがボロボロ崩れている……。
(なんでだろうか……?)
「まあ、食べられなくはないでしょ〜!」と、作った張本人であるケイが実食すると――「しまった! これ、玉ねぎが生だわ!」と目を見開き、驚愕の表情を浮かべた。
「ケイちゃん! ちゃんと手順を守ればできるよ!」とサラがゲキを飛ばすと、ケイは軽く息を吐き、気を取り直した。
「サラの言う通りね……。最後の1回だから、今度こそ、丁寧にやることを意識してみるわ!」
そう言って、「クマリーマジック・ハンバーグ!」と魔法を唱えたところ――ふわりと香ばしい匂いが漂う。目の前に現れたのは、見るからに美味しそうなハンバーグだった。
3度目の正直。ついに、成功だ。
「これでいけたんじゃないかしら?」
「やったー! さすがケイちゃん!」
ケイとサラは顔を見合わせ、力強くガッツポーズを交わす。
一方、俺とニコは俺自作のフローチャートを見つめ、感想を言い合っていた。
「この図、シンプルでわかりやすいな。 オレも参考にしていいか?」
「もちろん」
とても嬉しいことに、このフローチャートはただのレシピではなく、『魔法家庭学の導入アプローチ』として認められつつあるようだ。
(我ながら、いい出来だな……。 ここに食中毒のリスク管理についても追加してみるか?)
そんなことを考えていたら、部室の扉が勢いよく開いた。
「えっ?」
俺たちが驚いて振り向くと、そこには予想外の人物が立っていた。
「サラちゃん、お待たせ……!」
「おぉー。みんな、頑張っているな〜。お疲れさん!」
オウレン先生とキハダ理事長が現れた。
(あっ……! キハダ理事長には、ニボルさんと一緒に、説明会に出てもらったんだった……!)
しまった! まだお礼を言えていなかった――!
「キハダ理事長、先日は本当にありがとうございました!」
俺が急いで頭を下げると、キハダ理事長は朗らかに笑いながら手を振った。
「アダム! 大したことはしていないさ。むしろ、君の資料が分かりやすくて、偉大なる先生であるニボルさんも大絶賛していたぞ!」
「えっ? ニボルさんが……俺の資料を褒めてくれたんですか?!」
「あぁ。特に、カンピロバクターの説明だな。『肉の中心部を75℃以上で1分間加熱する』という数字の表現が明確で、お店の人たちにも分かりやすかったとさ」
(最後まで説明会に参加できなかったのは申し訳なかったけど……2人がしっかりこなしてくれたおかげで、無事に伝わったんだな)
それに、オオバコさんの言う通りだ。食品のプロに教わるのが一番だという理屈は、確かに正しかった。
「アダム。私よりもお礼を言うべき相手がいるんじゃないか? ……ほら、こちらの彼女に」
そう言って、キハダ理事長がオウレン先生の肩にそっと手を添える。
背の高い2人が並ぶと、どこか高貴のある雰囲気に見える……。
(あっ……いやいや、そんなことを考えてる場合じゃない! ちゃんとお礼を言わないと)
「オウレン先生、助かりました。すみません、いつも……」
「大丈夫よ。それより、あの後コンサートには間に合ったのでしょう? 良かった……」
(いやぁ……お二人のサポートがなかったら、大変なことになってた。本当にありがたい)
でも、ふと疑問に思う。どうしてお二人がここに来たのだろうか?
「あっ、アダムくん。私たちがここに来た理由が気になるのね?」
オウレン先生がくすっと微笑みながら続ける。
「サラちゃんを迎えに来たの。みんな、勉強を頑張るのはいいことだけど、無理しないでね?」と言って、オウレン先生はサラのもとへ向かった。
その間、俺とケイ、ニコを見て、キハダ理事長が力強く言葉をかける。「みんな、なんとしても受かるんだぞ! 魔法家庭学の試験に――」と。
5分後――サラの帰宅準備が整い、3人は部室を後にした。
(そっか……もう金曜日かぁ〜。試験が近づくと、1週間があっという間だなぁ)
さて、俺はハンバーグに関連する食中毒についてまとめてから、テスト勉強しよう。朝より夜型だし、その方が集中できる。そう思っていたところ、ケイが突然、大声で話し始めた。
「あっ! お二人で思い出したわ! あんたたちは興味ないかもしれないけど、キハダ理事長とオウレン先生の連携もあって、女子の健康診断は無事に終わったのよ〜。でも、どうやら……特別科の生徒たちがアタシたち女子生徒全員分のデータを閲覧してるらしいの。怖いわよね……」
「えっ、なんだそれ……。個人情報を侵害してるだろ」
『王族だからって、さすがに健康情報まで見るのはどうなのだろうか?』と感じたのは、俺だけではなかったようで……。
「でしょう! なんか、アタシが思うに、第一王女様を探すことに必死みたいね。特別科の王子様たちの前では言えないけど、アタシ、彼女はいないと思うわ。お母様と一緒に亡くなったんじゃないかって…… ニコもそう思うでしょう?」
ケイは、第一王女様がいないとにらんだ上で、ニコに聞き始めた。確かに、ニコは第6王子であり、本来であれば特別科にいてもおかしくない立場だ。
「オレも同意見さ。その第一王女の証拠を見た者がいない時点で、亡くなっている可能性が高いだろう」
「そうよね。あんたはそうでもないけど、他の上位の王子様たちは夢みがちよね〜? 確かに、彼女と結婚できれば、ゆくゆくは王様になれる。ところでさ、あんたたちは、王様になりたいと思う?」
「なりたいとは思わないな」
やはりニコは即答だ。本当に興味がないのだろう。俺も同意見だ。
「俺も興味ない。今の俺は、研究所設立しか考えていない」
「あんたたち、即答ね! アダムは相変わらず研究オタクだし、ニコも変わらないわね。まぁ、そんなことより……定期テスト頑張るわよ!」
ケイはそう言うなり、さっさと部室を出て行った。ニコも、「じゃあ」とだけ言って、消えていった。残ったのは、俺1人。
(2人はいないって言ってたけど……俺は第一王女様の件に関しては、オオバコさんと同意見だ。必ず探せばいるのだと思う。でも――その彼女が、もし見つかって、いきなり王族のもとへ戻ることになったら、果たして馴染めるのだろうか?)
そんな疑問が浮かんだけど、これはただの憶測に過ぎないし、妄想の範疇だ。それよりも今は、王位戦にエントリーして、順位を1桁に上げて、自らの手で研究所を設立するという夢を達成しないと。そのため、定期テスト前まで、栄養ドリンクを片手に常備しながら、試験勉強期間を乗り越えることにした。
……ふと気付いたことがある。哲学者っぽく言ってみたいと思う。
(10代って、全然疲れが溜まらない……最高すぎる。まさに、この実力主義社会を生き抜くために必要不可欠であり、最強のスペックだ!)