【定期テスト編】棚から幽霊部員
<今話の登場人物>実験部3名【アダム・アンズ・ニコくん】です。
※【余談コラム(後書き)】の方にサラちゃんとオウレン先生が登場します。
実験部の部室にて。
「見てくれ、このフローチャートを!」
そう言って、俺は、自作の『ハンバーグ調理フローチャート』を机の上に広げた。
「どうしたのー?」とアンズが興味津々にやって来る。
「サラのアドバイスを参考にして、ハンバーグの作り方を科学的に最適化したんだ!」
A3用紙いっぱいに描かれたフローチャートには、『ひき肉をこねる』『焼く』といった基本工程のほかに、各段階での科学的根拠が細かく記載してある。例えば、『ひき肉をこねる』工程の横には、『塩を入れると、ミオシンが溶出する。こねることでアクチンと結合する。すると、アクトミオシンが形成され、粘りが生じることで、肉の結着性が増す』と書かれている。さらに『焼く』工程の近くには、『メイラード反応により、アミノ酸と糖が反応し、香ばしい褐色の焼き色がつく』と書き添えられている。
アンズはチャートをじっと見つめたあと、「アダム……天才! これはすごいかも?!」と褒めてくれた。つい、俺は嬉しくなり、調子に乗って、演説口調になる。
「科学的に、なぜその工程が必要なのか理解することで、より美味しく作れるんだ! しかも、これなら赤点を免れる!」
気づけば、話が止まらなくなっていた。好きなことは永遠に語っていたい。
「例えば、焼くときの温度管理。表面温度が160℃以上にならないとメイラード反応が起こらない。だから、弱火すぎると美味しい焼き色がつかないし、強火すぎると水分が飛びすぎてパサつく。ほら、理論的だろう?」
アンズは頭を抱え、「難しいよー! もう普通に食べたいかも……」とぼやいた。
なので、俺はハンバーグの完成形をイメージしながら、お皿を持ち、魔法を唱える。
「女神様、ハンバーグを!」
すると、目の前に現れたのは、見た目だけでなく、香りも最高に美味しそうなハンバーグだった。期待を込めて一口食べると――。
(……これは、すごい!)
俺の科学的アプローチが功を奏したのか、肉汁たっぷりで驚くほどジューシーな仕上がりになっていた。
アンズもフォークを手に取り、一口食べると、思わず目をキラキラ見開く。
「美味しい! やっぱりアダムはすごいなぁ……」
困ったように眉を下げながらも、嬉しそうにもう一口。俺の作ったハンバーグをじっくり味わっていた。
(科学は素晴らしい。理論と実践が噛み合ったとき、最高の結果が生まれる。そして、こうやって誰かと一緒に美味しいものを食べるのも、悪くないものだ)
そう実感しながら、俺は明日以降、新たに『科学的アプローチ』として、料理に関する研究も取り入れることに決めた。魔法家庭学も、実験の延長だと思えば、案外楽しめそうだ。
『これなら、定期テストも乗り越えられそうだ』
そう思っていたのだが……幼馴染のアンズは、試験範囲の勉強にかなり苦戦している様子だった。俺も最初は教えようとしたが、どうも俺のやり方は彼女には合わないらしい。
「アダムの言ってること、難しすぎて、全然わからないよー?!」
「うーん。そしたら、サラに聞いてみるか?」
「サラも頭が良すぎて、何を言ってるかわからないの……」
「ケイはどうしてるんだ?」
「ケイちゃんは、『なんとかなる!』しか言わないの! それに『アタシは短期集中型よ!』って言って、何もしてないみたい……」
(大変だ……。誰か、アンズに勉強を教えてあげて……)
そんな俺の思いが通じたのだろうか――ガラッ! と勢いよくドアが開く。そこに立っていたのは、俺たちが全く話題にしていなかった人物だった。
「ニコくん?」
アンズは突然の訪問者に驚き、目を丸くする。普段、こういう場に顔を出さない彼が来るなんて……。
「ん……魔法家庭学の実技試験で、1回だけ練習しとこうと思って来ただけさ」
(1回だけ?!)
なんて要領がいいのだろう。彼がアンズに教えるのが一番いいんじゃないかと思ったその時――。
「ニコくん! 私から、一生に一度のお願い!」
アンズが勢いよく、ニコのところへ詰め寄る。
「私、勉強苦手なの! もし良かったら、教えて!」
アンズがいきなり、主張し始めた。両手を合わせて拝んでいるあたり、彼女自身、留年だけは何としても回避したいのだろう。とはいえ、ニコも自分の勉強時間があるはずだ。一応、俺から本人に確認しておこう。
「ニコ、自分の勉強があるんだったら……」
「心配無用……。問題ないさ、自分の勉強も。それに、教えるのも」
彼は俺の言葉を遮るように、あっさりと答えてから、アンズの方に声を掛ける。
「だけど、アンズ。勉強するなら、効率よくやるんだ」
(さすが、第6王子なだけある。余裕っぷりがすごい……)
……そんな彼は、アンズの勉強を教える前に、何も言わずに魔法を発動させた。
ふわりと光が揺れ、次の瞬間――まるで料理本から飛び出したかのような、ふっくらでジューシーなハンバーグが目の前に現れた。
一瞬で、完璧な一皿を作り上げている……やはり、ただ者ではない。思わず気になって聞いてしまう。
「もしかして……前から思っていたけど、魔法家庭学が好きなのか?」
しかし、ニコは間髪入れずに答えた。
「いや、全く興味ない」
即答である。そして、何事もなかったかのように、彼はアンズの方を向き、淡々と勉強を教え始めた。
アンズは学生の代表取締役かってくらい、学生なら誰もが一度は口にしたことがある本音をポロポロ漏らしていた。
「わからないよー! なんでこんなことを勉強しないといけないの?」
「これって、人生で使うことないじゃん!」
ニコはそんな愚痴に黙って付き合いながらも、表情ひとつ変えずに、短く言い放つ。
「オレが教えるから、ちゃんと聞くんだ」
その一言に、アンズの口はピタリと止まった。
俺は驚いた。ニコは余計なことを省き、本質だけを的確に教えるタイプだ。そのせいか、アンズも集中力を発揮していた。
(そうだ。彼女はバイト先で、あんなに長時間、集中できるのだから)
俺は、2人の知らなかった一面を見た気がした。
【余談コラム】研究オタクの食卓——ハンバーグの科学
研究オタクの俺、アダム・クローナルが、料理に隠された科学を解説しよう! 魔法家庭学の試験テーマは 『ハンバーグ』なんだ。科学を知れば、料理はもっと美味しくなる——ということで、助手役のサラ、そして俺たちのオウレン先生と一緒に、ハンバーグの仕組みを探っていく。
<質問1>ひき肉をこねると、なぜ粘りが出るのか?
アダム「ハンバーグを作るとき、ひき肉をこねるだろう? あの粘り気、何が起きていると思う?」
サラ「え、手の温度で肉の脂が溶けてるからかな?」
アダム「まぁ、それもあるけど、主な原因は『ミオシン』と『アクチン』というタンパク質の働きだ」
サラ「ミオシンとアクチン? 双子みたいな名前……」
アダム「どっちも筋肉を構成するタンパク質で、普段は別々の状態なんだ。でも、ひき肉をこねると、ミオシンが水分に溶け出し、アクチンと結びついて『アクトミオシン』になる。このアクトミオシンが粘りの正体だ」
サラ「へぇ〜! じゃあ、しっかりこねないとハンバーグが崩れやすくなるの?」
アダム「その通り! 逆に、こねすぎると脂が溶け出して、焼いたときにジューシーさが減るから注意が必要だな」
<質問2>ハンバーグを焼くと、なぜ美味しそうな焼き色がつくのか?
サラ「そういえば、ハンバーグって焼くと香ばしくなるよね。あれは何の化学反応?」
アダム「それは『メイラード反応』だな」
サラ「……簡単に言うと?」
アダム「メイラード反応は、アミノ酸と糖が熱で反応して、香ばしい焼き色や香りを生み出す現象だ。パンのトーストやステーキ、コーヒーもこの反応によるものだな」
サラ「へぇ……!」
オウレン先生「サラちゃん! あら、アダムくん。勉強熱心ね。私からも何点かポイントを教えるわ」
アダム「オウレン先生、お疲れ様です」
オウレン先生「このメイラード反応でできる物質は、『メラノイジン』と言うの。褐色物質で、抗酸化作用があるのよ。つまり、がんや糖尿病の予防に繋がる可能性があるの」
サラ「なんかメリットがいっぱいあっていいね! 逆に、ここは気をつけてってこととかはある?」
オウレン先生「さすがサラちゃん。アダムくんが例のフローチャートに『メイラード反応により、アミノ酸と糖が反応し、香ばしい褐色の焼き色がつく』って書いていたけど、条件によっては、アミノ酸の一種であるアスパラギンが還元糖と反応することで、『アクリルアミド』という発がん性物質を生成する場合もあるの。神経毒性があると言われているわ」
サラ「そんな……!」
アダム「先生、ちょっと怖がらせすぎですよ。フライドポテトとか揚げ物料理を必要以上に長時間加熱しすぎないことが大切だな。あとは、揚げ物よりも煮たり蒸したりする料理の方が、アクリルアミドは生成しにくい。加熱前に水にさらして、アミノ酸と還元糖の量を減らすのも効果的だよ」
オウレン先生「怖がらせるつもりはなかったわ。サラちゃんには長生きしてほしいもの。あとは、バランスの良い食事ね」
サラ「2人とも、わかりやすく教えてくれてありがとう!」
<まとめ>ハンバーグは科学の結晶!
1.ひき肉をこねるとミオシンとアクチンが結合し、粘りが生まれる
2.焼くときにメイラード反応が起こり、香ばしい焼き色がつく
3.美味しいハンバーグを作るには、こね方と焼き方がポイント!
サラ「科学って、とても奥深いね!」
アダム「そうだな。理論を知れば、誰でも美味しい料理が作れる。だから料理は科学だ!」
サラ「じゃあ、次は『究極のふわふわハンバーグ』を作る実験をしてみない?」
アダム「いいだろう。そのためには……」
オウレン先生「アダムくん。試験勉強は大丈夫なの?」
アダム(ギクゥ!)
オウレン先生「王位戦エントリーに向けて、定期テスト、頑張ってね」
アダム「はーい……」
これからも、俺の『科学』の研究は続いていく——。