【定期テスト編】千日の魔法家庭学より一時の名匠
<今話の登場人物>実験部4名【アダム・アンズ・ケイ・サラ】とキハダ理事長です。
俺はザダ校に入学し、アンズの歌声を聴く――その約束を果たした。
次なる目標は、王位戦エントリーに向けた準備だ。そのために必要な書類として、成績表がある。
さて、2週間後には定期テストが控えている。ここで60点未満を取ると赤点となり、王位戦へのエントリー資格を失ってしまう。
自分で言うのもなんだが、転生前の俺は国家試験に合格した経験がある。だから理論的な科目なら問題なくこなせる自信がある。
だが――魔法家庭学だけは別だ。あの科目は実技寄りで、どうしても苦手意識が抜けない。唯一、赤点のリスクがある教科だ。
(……やるしかないよなぁ)
そう覚悟を決めて、部室で魔法家庭学の勉強をしていたはずなのに、いつの間にか実験を始めていた。
(そもそも、なんで俺が魔法家庭学なんか勉強しなきゃならないんだ? 料理できなくても、生きていけるし……)
そんな屁理屈をこねながら、結局何も勉強せずに過ごしてしまった。
しかし、翌日の授業で――。
「アダム! 考えすぎて手が止まってるぞ? 実技試験では、実際に手を動かすことが大事だ。要注意だな〜」
キハダ理事長の鋭い指摘に、思わず肩をすくめる。そのまま理事長はアンズとケイのところへ向かい、彼女たちの様子を見て、ポツリとつぶやいた。
「2人とも、勘に頼りすぎて、失敗しているのかもしれないな……」
自分と彼女たちの状況を見て、「はぁ……」と俺は思わず、溜め息が漏れる。その声を聞いたサラが、軽く俺の肩を叩きながら笑う。
「理事長先生の言う通り、考えるよりやってみた方が早いよ!」
(そうは言っても……)
俺はサラを横目で見ながら、内心ぼやく。
彼女……普段はいきなり剣術部や実験部に顔を出したり、突然ウサギのグッズを買いに行ったりと、ノリで生きているけど――学業の実力は本物だ。さらに、実技の才能まであると。持っている素質が違うんだよな……。
そんなことを考えていたら、ますます勉強する気が失せてきた。
この状況がまずいのは分かっている。でも、現実逃避に実験でもしてみるか〜。
だが、終礼の鐘が鳴ってすぐ――アンズが勢いよく俺とサラの席の間に割り込んできた。
「サラ〜! これじゃあ、私とアダム、それにケイちゃんの3人、赤点になっちゃうかも。助けて〜!」
そう言って、アンズはサラの手をギュッと握る。
すると、サラの目がキラリと光った。何か、いい考えが浮かんだようだ。
「じゃあ、みんなで魔法家庭学の勉強会をしよう!」
サラの提案で、俺たち3人は、彼女から実技指導を受けることになった。
放課後――部室にて。
「実技試験では、ハンバーグを作るのが課題になっているけど、どうやって作るか想像できそう?」
キハダ理事長と違って、サラの質問の仕方は柔らかく、とても優しい。だけど、ケイは考えるよりも先に答えようとしていた。
「なんとなくわかるわ。それに、どうにかなるっしょ! だって、アタシは――」とそこで、アンズが勢いよく遮る。
「サラ! 私、レシピの暗記は苦手なんだけど、バイトでカフェラテを作れるから、実技を積めば、なんとかできそう!」
彼女たちは、ワイワイ盛り上がりながら、さっそく実技の練習に取りかかっていた。
その間――俺はハンバーグについて、科学的根拠を求めていた。
(そもそもハンバーグって、低温調理だと食中毒のリスクが上がるよな。でも、弱火で焼く……。その時、フライパンに蓋をするけど、あれって内部まで火を通すためだろうなぁ〜)
「アダム、話聞いてるー? って、あれ……また考え事してるね?」
「本当だね……こういう時のアダムさんは、自分の世界に入り込んじゃうから、戻れないんだよ!」
「あなたたち、気を遣い過ぎよ……。アダム、そこまで深く考えなくていいわ!」
そう言うなり、ケイが俺の背中をバシン! と叩いた。思わず前のめりになってしまい、現実に引き戻される。
「痛いんだが……。それに俺は今、ハンバーグについて、科学的に解明していたから」
「それでさっき、キハダ理事長に注意されてたじゃない?」
「いや、行動する前に、頭の中で考えることが必要だ。知らないのか?」
「違うわ! まずは行動でしょう?! って、論点がズレてるじゃない!」
――しまった。
また、ケイと言い争いになりそうな雰囲気だったが、その時、講師ポジションのサラが的確な指示を出してくれた。
「アダムさん、いいアイデアがあるんだ!」
サラがパッと顔を輝かせた。
「ハンバーグの作り方をフローチャートにできない?」
(フローチャートか!)
確かに、それなら視覚的に分かりやすいし、一目で手順が頭に入る。
しかも、研究活動で何度も作った経験がある俺にとって、作成すること自体、お茶の子さいさいだ。
「できる」
即答すると、サラが満足そうに喜ぶ。
「了解! それが完成したら、アダムさんの知りたい科学的根拠も横に書いてみたら?」
「わかった、やってみる」
(なるほど……科学的に考えれば、魔法家庭学も攻略できるって発想か……)
彼女の名案により、俺はさっそくレシピを書き殴ることにした。
一方、アンズとケイには、「2人とも慣れれば絶対できるよ! まずは体で覚えちゃおう!」と声をかけ、楽しみながら魔法家庭学の実技を指導していた。
後片付けのときには、「料理とか試験って、苦手って思うと取っ付きにくいんだよね。でも、好きなことに置き換えて考えたら、案外楽しくなるよ!」とポジティブな言葉で締めくくり、皆のやる気を引き出していた。