【バイトSOS編】愛は万人に、信頼は少数の人に、歌声は貴方一人に ※アンズ視点
【※注意】一部、自作歌詞シーンがあります。(音楽作成について、ド素人です。ご了承ください)
今日は金曜日。
先週の途中からバイト先の応援で奮闘していたけれど、熱を出してしまい、今週の水曜日から金曜日まで学校とバイトを休んでしまった……。
でも、体調はかなり回復してきた。それに、バイト先の社員さんたちも、ようやく明日から復帰できるらしい。
つまり、明日からは通常営業!
(よく頑張ったよ、私――!)
そして明日、私はカフェで初めてのコンサートを開くことになった……歌うのも、私。
ちなみに、私が歌う前には、副店長のシンイさんと弟さんたちが撮影した写真の評論会も行われる。シンイさんと私――人手不足の中、二人で必死に頑張ってきた。このイベントは、そんな私たちへのご褒美に近いのかもしれない。
大勢の前で歌うのは初めてだから、緊張する。
だけど――アダムが聴いてくれるなら、大丈夫。
私は寝る前に、何度も何度も歌詞を見直した。
(アダム……私との約束、覚えてくれてたんだ……)
初めて披露するのは、正直、照れくさい。
だけど――彼が覚えていてくれたことが、何より嬉しい。
緊張と興奮が入り混じって、心臓のリズムがドキドキと高鳴る。むず痒いような、くすぐったいような感覚。
でも、不思議と悪くない――むしろ、心地いい。
私は明日を楽しみに待っていた。
そして迎えた当日。
コンサート開始まで、残り20分。
私はすでに衣装に着替え、メイクも済ませた。あとは、歌うだけ。
ふとコンサート会場に視線を向けると、ケイちゃんとサラが並んで椅子に座り、楽しそうに会話を弾ませている。二人の笑い声が、控え室の空気を和らげていた。
――だけど、どうしてだろう。アダムがいない。
(……どうして? 何か予定が入ったのかな……?)
せっかく約束したのに、まだ姿が見えない。
でも、まだ20分ある――!
そう思って待っていると、コンサート前のイベントとして、シンイさんによる写真評論会が始まった。
「みんなー! 副店長のシンイだよー!」
軽快な声が響く。シンイさんがマイクを片手に、店内を見渡した。
「復活おめでとう! 早速だけど、私と弟が撮った写真を紹介するね!」
そう言うと、プロジェクターに映し出されたのは、このお店がオープンした直後の写真だった。
「懐かしい〜!」
「いい写真だー!」
店内のあちこちから、ワクワクした声が飛び交う。楽しげな空気に包まれる中、私はふと入り口の方を気にしてしまう。
「アダム、来てくれるよね?」
だけど……いまだに姿が見えない。ソワソワしながら待っていたけれど、時間はあっという間に過ぎる。
もう5分後には歌わなきゃいけない。気持ちを切り替えないといけないのに――どうしよう。
(アダムが来ないのは、寂しいよ……)
胸がぎゅっと締めつけられる。
一時、感極まって涙がこみ上げそうになったけれど、私はぐっと堪えた。
なぜなら、シンイさんの写真評論会が終わるから。
「さて……とうとう最後の写真になっちゃいましたね〜?」
シンイさんの声が、店内に響く。
「これは、私ではなく、弟が撮った写真なんです。見てください――」
私は思わず、スクリーンに目を向けた。そこに映し出されたのは、奥に青々とした山が広がる風景。そして手前には、見たことのない、不思議な形のキノコが生えていた。
「ここがなんて山なのか、分かりますかー? ケイさん!」
「知ってるわ! 【三族山】よ!」
「大正解! ちなみに、この手前に写っているキノコ、実は毒キノコなんですよ〜」
(えっ、そうなの?!)
突然のウンチククイズに、思わず気が抜けた。
(シンイさんって、やっぱり面白い!)
気づけば、いつの間にか口角が上がっていた。そのまま、興味が湧いて引き続き話を聞く。
「さて、毒キノコといえば……私はエルフ族なので、食べることができます。でも、食べられない種族の方が多いんです。それで、今まで多くの種族が命を落としてきました……」
(えっ――私が歌う前に、急に暗い話?!)
「だけれど、とある人物が、その食用キノコと毒キノコを区別してくれたんです。その人物は――研究者です。本日、その彼がこの場に来ています――」
私は聞き逃さなかった……『研究者』というキーワードを。
もしかして、今から現れるのは……?
バタン!
お店の入り口から、勢いよく開く音が響く――一斉に視線がそちらへ向いた。
「ご紹介します! 研究取扱者のアダム・クローナルさんです!」
(あぁ……アダム! 来てくれた……!)
彼の姿を確認した瞬間、嬉しくて、感極まる。
アダムはゆっくりと歩み進め、シンイさんが満面の笑みで紹介を続けようとしたけれど――。
「うおぉぉぉ!」
「本物の研究者だ!」
会場が、一気に大盛り上がりした。
「皆様、お静かに! 今回、彼には――5歳の時から知り合った、幼馴染の女の子がいるんです……」
シンイさんは、一瞬、私の顔を見つめた。
「彼女はこの1週間、我が社の従業員が体調不良で出社できない間、ひたすらお仕事をこなしてくれました。そんな彼女が、今日は私たちの前で歌を披露してくれます――どうぞ、こちらへ!」
えっ……?
突然の紹介に、体全身がドクンと跳ねる。だけど、私は深呼吸をして、舞台に足を踏み出した。すると、場内が一斉に私の方を向く。ギュッと締め付けられるような緊張感――でも、それ以上に、みんなが私のために動いてくれたことが嬉しくて……ワクワクする。
「じゃあ……5時になりましたので、私はここで。よろしくね……」
シンイさんはそう言い残し、私と交代した。
静まり返る会場――。
私はゆっくりとマイクを握りしめ、アダムの方を見つめる。彼の視線を感じながら、心臓が高鳴るのを抑えきれない。
「私が捧げる……初めての歌声を聴いてください!」
ピアノの旋律が静かに流れ出す。
私は、アダムと出会ってから、ずっと心の中で温めてきた想いを込めて、歌い始めた。
『部屋の片隅 ゴールの見えない暗闇
いつもと違う感じ 暗い気持ちの私
ずっとこのまま
誰にも気づかれずに 終わっちゃうの?
汽車の進行 好きが詰まった想い出
だけど淋しい感じ 一人ぼっちの私
バイバイできない
恋もできずに 乗り過ごすの?
そんな私のビッグデータを受け取った貴方
貴方の知恵と私の魔法が重なり合って
生み出された化学反応
知的な貴方の方程式を知りたい私
私の声と貴方の理論が絡み合って
思い出された女神反応
私は貴方のレールを、隣で一緒に歩んでいきたいの――!』
――気づけば、私は完全にゾーンに入っていた。
息を整えながら、マイクをそっと元に戻す。
あぁ――。最後まで、歌い切ることができた……!
静寂。そして、数秒後――会場の空気が揺れた。
拍手が響く。歓声が飛ぶ。
私の心が高鳴る。
涙がにじむほどの安堵と達成感。
初めてのコンサート。ちゃんと、やり遂げた――!
そして、コンサートが終わった後――私は、『知的な貴方』のもとへ向かう。
彼の瞳が、まっすぐ私をとらえた。
そして、少し照れたように言う。
「アンズ、ありがとう。その……また聴かせてくれないか?」
私は、一瞬驚いて、すぐに微笑んだ。
そして、迷わず答える。
「もちろん。また歌うわ」
――貴方のために。
そんな私たちの様子を、後ろから静かに見つめる姿が……。
「青春だねぇ〜、幸あれ!」
軽やかにそう呟くと、彼女はバイクのエンジンをかけ、風のように走り去っていく。夜の街に響くエンジン音が、どこか心地よい。
私はふと、アダムの横顔を見上げる。
柔らかな光の下で、彼の瞳がわずかに揺れている気がした。
(アダム……)
私はまだ、これからも貴方の隣で、貴方の人生を見届けたい。だから、貴方のことを、もっと知りたい――。
【とある女神界】
『私の声と貴方の理論が絡み合って 思い出された女神反応』
レンゲ様「あれ? 誰か私のことを呼んだ?」
『私は貴方のレールを、隣で一緒に歩んでいきたいの――!』
レンゲ様「誰の歌声かわからないけど、良い歌ね。私もあの世界で、もうちょっと生きていたかったなぁ。貴女の歌声を、娘と一緒に聴いてみたかった……」
これにて、バイトSOS編終了です。ご精読いただき、ありがとうございました!
次回からは新編になります。