【バイトSOS編】一石二鳥〜愛か仕事か〜
俺は珍しく、今日は男子寮の自室にて、ゆっくり書籍を読んでいた。
(結局、あの食中毒の原因ってなんだったんだろう……)
どうなったのか結果が気になるものの、忙しいオオバコさんにこちらから連絡するのも気が引ける。
そんなことを考えていたタイミングで、電話が鳴った――アンズからだ。
珍しい。そういえば、アンズは今週の水曜日から、熱を出して学校を休んでいたっけ。
(可哀想に。バイトが大変だったんだろうな……)
……って、考えてる場合じゃない!
彼女からの電話だ、早く出ないと!
「もしもし、アンズ。ごめん出るの遅くなって。体調はどう?」
「アダム……だいぶ良くなったよ。あのさ、突然のお誘いなんだけど、聞いてくれる?」
アンズからのお誘い……なんだろうか? ちょっと気になる。
「いいよ。教えてくれないか?」
「私のバイト先ね、明後日から社員さんたちがみんな復帰するの。それで、私、バイト先でコンサートを開こうと思って……。副店長のシンイさんも『ぜひ!』って太鼓判を押してくれたんだ」
「つまり、アンズはそこで歌うのか?」
俺の問いに、アンズは固まったようだ――返事がこない。
「どうした……アンズ?」
「あの、私、歌うよ! だから……私の歌を聞いてくれる?」
俺はアンズと約束していた。『お互いザダ校に入学したら、彼女の歌声を聴かせて』と――答えは決まっている。
「もちろんだ、アンズ。楽しみにしてる。だから、ちゃんと休めよ」
「ありがとう! アダム、コンサートは午後5時からだよ?」
「了解。明後日、土曜日の午後5時ね。楽しみにしてる」
「うん、じゃあね!」
いつも通りのやり取りをして、電話を切る。
(……いや、いつも通りじゃないか。アンズが俺を誘ってくれたんだから)
なんだか……甘酸っぱい気持ちになった。お互い、ちゃんと約束を覚えていたんだな。そんな彼女との電話の余韻に浸っていたのも束の間、また着信が鳴った。
(余韻に浸る暇もないな……今度は誰だ?)
通知も見ずにそのまま電話を取ると――。
「アダム〜! おひっさ〜! 私だよ、わ・た・し!」
「あぁ……迷惑電話ですか?」
「違うよ! オオバコお姉さんだよん〜?」
もちのロン、オオバコさんだった。
「私は今日、一仕事終えたんだから、もっと優しくしてよ〜? あっ、結論から言うね」
(もしかして……食中毒の原因が分かったのか?)
「残念ながら、例の居酒屋さんは今日から3日間、営業停止になったよ……」
「営業停止になった」――つまり、健康被害が確認され、調査の結果、食中毒と判定されたということだ。
「やっぱり原因はアレですか……」
「正解。8人分の検体を回収して、陽性だったのは3人。ただ、時間が経つと便から検出されなくなることもあるんだよね。でも、陽性だった3人からは、全員同じ食中毒菌が検出された」
「それで黒と判断したんですね……」
「それだけじゃない。全員の症状が下痢や腹痛で一致してたし、体調を崩したタイミングも完全に同じ。さらに、共通して食べていたのは例の居酒屋の料理だけ。ここまで証拠が揃えば、もう言い逃れはできないよ」
なるほど……。こうした複合的な証拠をもとに、カンピロバクターと判断したのか。
「お店にとって、3日間も営業できないのは痛手かもしれない。でもさ、ハートバックスの店員さんはどうだろう? 体調を崩した従業員が抜けた分、残ったスタッフやバイトの子たちは、その穴を埋めるために必死に頑張っているんだよ。食事を提供するって素敵なことだけど、それにはリスクも伴うんだ……」
「おっしゃる通りですね……」
そうだ。あの居酒屋のせいで、アンズのバイト先のスタッフは働けなくなった。その結果、アンズが代わりに何度もシフトに入っていたのだから。
「さて、実は私からお願いがあるんだ」
……お願い? さっきはお誘いだったのに、今度は頼みごとか。
同じ日にこんなに頼られるなんて、なかなか珍しいな。
「3日目に、その居酒屋で施設指導と衛生教育の説明会を開くんだ。アダムも、一緒に参加しない?」
せっかく調査に関わったんだし、参加してみるのも悪くない……。
「オオバコさん、俺、参加します」
「いいねぇ! じゃあ今週の土曜日、午後4時から2時間予定ね! じゃ、よろしく〜!」
そう言い残し、オオバコさんは電話を切った。
俺はスケジュール帳を開き、日付を書き込もうとして――ハッとする。
今週の土曜日って……?!
しまった……俺は、最大の過ちを犯してしまった。
アンズのコンサートは午後5時。
オオバコさんとの約束は午後4時から2時間――俗に言うダブルブッキングというやつである。
すぐにダメ元でオオバコさんに何度も電話をかけ直したが、繋がる気配はゼロ。
(ンアッ――――――――――――――――!)
俺はそう心の中で咆哮を上げつつ、頭を抱えたまま、ベッドにダイブした。だが、当然ながら全然眠れない。モヤモヤとした後悔と焦燥感で脳内が支配されて、時間だけが無情に過ぎていく。
そして案の定、翌朝――ぼーっとしたままコーヒーパックに熱湯を注ごうとして、指を火傷した。
俺のミスは、日常生活にまで影響を及ぼしていた。
【余談:細菌性食中毒について】
オオバコさん「カンピロバクターもだけど、細菌って肉眼で見えないから、厄介だよねー!」
アダム「本当に。せっかくなんで、細菌性食中毒について話しましょうか」
オオバコさん「いいねー! カンピロは鶏肉の不適切な加熱や、生のままの摂取が原因だよん」
アダム「コイツ(カンピロバクター)の厄介なところは……続発性疾患でギラン・バレー症候群を発症するケースもあるんだ。急に手や足に力が入らなくなる。恐ろしいですね」
オオバコさん「本当にね〜。症状は下痢、腹痛、発熱と今回の調査結果と当てはまってるよね」
アダム「はい。オオバコさんって、カンピロバクター以外にも調査に行ったことあるんですか?」
オオバコさん「あるよー! そこで質問です! 調理していた人の手指に傷があって、その人が怪我した状態で……オニギリを握ってしまったんだよ。何か分かる?」
アダム「それはマズイですね……。黄色ブドウ球菌では?」
オオバコさん「ご名答! ちなみにカンピロバクターは潜伏期間が2〜7日と長かったけど、黄色ブドウ球菌の場合は1〜6時間と短時間で発症するよ」
アダム「じゃあ、オオバコさん。俺からも質問です。実際、『食中毒かも?』って思ったらどうしますか?」
オオバコさん「3つ挙げるね!①水分補給::下痢や嘔吐で失われた水分と電解質を補うため、適宜水分を飲む。②医療機関の受診:重症化を防ぐため、早めに医師の診断を受ける。③食べたものの記録:原因追及のため、食べた食品を覚えておく。こんな感じかな?」
アダム「そうですね。食中毒は本当に辛いし、重症化することもあるので、予防が何より大事です」
オオバコさん「うん。まずは身近にできる手洗いの徹底とか、できることからやればいいと思う。風邪の予防にもなるしね。みんなもこの時期は感染性胃腸炎とか流行ってるから気をつけてね! アデュー!」