【バイトSOS編】患者調査
【※注意】食中毒に関連して、下痢などの症状に関する発言内容が含まれています。
昼ご飯を食べ終えた俺たちは車に乗り込み、まずはハートバックスの社員らの家を一軒ずつ訪ね、患者調査として、聞き取り調査を行うことに――。
調査内容は主に次の2点だ。
1点目は、発症するまでの1週間――どんな行動を取り、どんな食事をしていたか。
2点目は、発症日から現在までにどのような症状が出ているか。
なお、1点目に関しては、1週間分の記憶をすぐに思い出せる人は少ないだろう。だから、何か思い出したことがあればメールで追加報告するよう伝えた。
そして、どの発症者に対しても調査終了後にオオバコさんが検便キットを渡していた。
「明日には回収するから、頑張ってアレ出してね!」
(すごい。堂々と言ってるよ……)
運がいいことに、ハートバックスの社員の人たちは皆近所に住んでいたため、わずか2時間で6人分の聞き取り調査を終えることができた。どの社員も協力的だったが、全員、下痢の症状に悩まされている様子が見て取れた。
午後4時――次の目的地は、父親が働いている職場だ。
残りの発症者2人は、休めばいいものを……繁忙期らしく、別室で業務を続けているらしい。
(父親には絶対に会いたくない……)
そう思いながらも、早速、窓口に出向き、彼ら2人の居場所へ案内してもらった。
「初めまして、アダム・クローナル様。お父様にはいつもお世話になっております」
「この度はご迷惑をおかけし、大変申し訳ございません」
現れた男性職員2人が、同時に俺へ挨拶と謝罪をしてきた。
「いえ……俺はただの学生なので、大したことはしていません。それより、お二人とも。体調は大丈夫そうですか?」
そう尋ねると、2人は少しほっとした様子を見せた。
「なんてお優しい……実は、下痢が治らなくて……」
「私も同じくです」
「下痢ですか……」
俺は「下痢といえば……」と言って考え込み、当てはまる原因を思い巡らせていたところ、オオバコさんが話に割り込んできた。
「下痢ですね! それなら、いくつか質問させていただきますね。私たち、午後6時から次の調査があるので、5時までには終わらせますー!」
オオバコさんは時間をしっかり区切って、テキパキと聞き取りを始めていた。そして、質問が一通り終わると、彼女は手際よく検便キットを渡し、次の調査の準備に移った。
(父親と会わずに済んだ……良かったぁ〜)
そう思いながら、俺たちはその職場を後にした。
午後5時――俺たちはとある喫茶店で集めた資料を確認することにした。オオバコさんがノートパソコンを立ち上げたところ、画面に新しいデータが表示されていた。
「おっ! 君のお父様からもメールで、調査の結果が届いたよ! でも、どうしてお父様だけ無事だったんだろうね〜」
「どれですか?」
俺は興味を引かれ、オオバコさんと一緒に画面を覗き込んだ。そこには父親の1週間分の食記録が載っていたが……ほとんどお酒とスナック菓子だけで済ませていた。
「……お酒ばっかりですね。ほぼつまみ程度しか食べていないし」
「だねぇ。確かに、これなら食中毒にはならないかも。でも……」
オオバコさんは呆れたようにため息をついた。確かに、この食生活では食中毒の原因にはならないが、別の健康問題を心配すべき状況だ。
「君のお父様、寿命を縮めそうな食生活を送っているね。ところで、君のお母様は……ご飯とか作らないの?」
「いや、母が作っても父は食べないんです。それに、母は宗教にハマってから料理するのをやめました……」
父親のことを知られたのだから、もう母親のことも隠さなくていいや、と思って素直に話した。
オオバコさんは一瞬驚いた表情を見せた後、深く息をつき、少し困惑した顔で俺を見つめる。
「マジか……アダム。君、なかなかハードな家庭環境だったんだね。私の軽率な発言をお許しくださいな……」
そう言って、彼女は冗談っぽく手を合わせて拝む仕草を見せる。
「お気になさらず。それより、これを見てください、オオバコさん」
俺は調査データを指さし、オオバコさんの注意を画面に戻した。
「発症者全員が共通して食べているのは、午後6時から調査予定の飲食店の鶏肉料理ですね。それに、症状は下痢と腹痛、そして発熱……ですか」
「……あ、本当だ。これは怪しいねぇ。どうする?」
「明らかに、この鶏肉料理が怪しいですよ。お店に直接行って、鶏肉の状態を確認しましょう」
(実際にお店へ行って、生の鶏肉を扱っているのがわかったら、100パーセント黒だろう――)
「あっ、もうそれが原因だって決めつけてる?」
オオバコさんは猫のように口元を歪めて、ニヤリと笑ってみせた。
「はい……。あらかた目星は付いています」
「でもね、アダム。憶測だけで決めるのは危ないよ。発症者が出てる以上、実際の状況を見て、答えを出さないとね」
「わかりました。肝に銘じておきます」
(先入観に頼らず、現場を見る――それがどれほど大切なことか。オオバコさんの言葉はまっすぐ心に刺さる。これが彼女の凄さなんだろう)
「ごめんね、説教臭くなったね。お詫びにクッキー頼んだから、食べていいよ」
「えっ、クッキーですか!? わかりました。遠慮なく、いただきます!」
一瞬で甘さが広がる。クッキーを食べながら、俺は調査の流れを再確認する。
一方、オオバコさんはスマホを片手に、これから向かうお店のレビューをスクロールし、感想を述べる。
「今から行くお店さぁ、飲食店っていうより、個人の居酒屋さんだね。けっこうお店の評判いいじゃん」
「へぇ……。老舗っぽいから、しっかり食品管理してそうですが……」
「とりあえず、行ってみよう!」
「了解です」
クッキーを食べ終わり、俺たちは席を立った。
これから、施設調査を行うという緊張感でじわりと息を呑む。
そんな中、「私について来て」とオオバコさんが先に前を歩き出す。俺はその背中を見つめ、軽く息を吐いた。
何が原因で下痢等の症状が起きたのか、現場で確かめるしかない――そう思いながら、俺たちは施設調査のために出動した。