【バイトSOS編】親の通報が子に報ゆ
<当該エピソードの用語解説>
発症:何かしらの症状(発熱、腹痛など)が出ていること。
無発症者:症状が出ていない者。
検体:食中毒などの原因を特定するために、採取する食品や原材料のことを指す。
拭き取り(ふきとり)調査:まな板や包丁などの調理器具、洗面所など店内の衛生管理を適切に実施しているのかを確認する検査。
『集合場所:王立科学院 小会議室、集合時間:午前11時』
オオバコさんからチャットで送られてきたこの通知を受けて、俺は朝早くから電車とバスを乗り継ぎ、集合場所へ向かった。
少し眠気を感じながら小会議室で待っていると、大きな足音が近づいてきた。
「アダム、おっはよー!」
「おはようございます」
軽快な挨拶と共に現れたオオバコさんが、資料の束を手渡してきた。
「どこかの公務員のお偉いさんがカンカンらしくてさ〜。これ、関連資料をもらってきたんだ。確認してみて」
促されるままに資料をめくる。
要約すると……王立科学院から、食中毒の原因調査をオオバコさんと一緒に進めるよう指示が出たという内容だった。
「食中毒ですか……」
「そうだよ。君、研究取扱者試験の時に毒キノコのことを発表してただろう? 王立科学院は、君のその知識を高く評価しているんだよ」
「それはどうも……」
正直、そこまで詳しいわけじゃない。ただ、転生前に必要な知識として頭に詰め込んでいただけだ。まあ、転生の話なんてしたところで、誰にも信じてもらえないだろうけど――。
「じゃあ、土日返上で忙しくなるけど――午後2時から患者調査を始めて、午後6時から施設調査を行う予定だよ。そして翌朝は検便回収ね!」
「翌朝って……」
食中毒案件の初動がどれだけ重要かは理解している。時間が経つほど、原因菌やウイルスが散逸してしまうのは避けられない。
でも、このスケジュール……さすがに濃密すぎるし、徹夜だけは勘弁してほしい。
「安心して。徹夜はさせないから。それに、ホテル取っといたから。ダブルで」
「はっ?!」
(未成年で大人のお姉さんと一緒に寝るのはまずいだろう……)
そう思っていたのが、どうやら顔に出ていたみたいで、オオバコさんも気付いたようだ。
「ウソウソ! そんな鬼みたいな顔しないで~! シングルで2部屋取ったから、安心して!」
ホッと一安心する。だが、俺は他にも聞きたいことがあった。
「ちなみに、これって無給ですか?」
「無給だったら、私も断ってるよ! 時給7,500円だけど、どう?」
「えっ、闇バイトじゃないですよね?」
「何言ってんのー! 研究取扱者の時給相場は5,000~10,000円なんだよ」
「……すごいっすね」
(取って良かった~、研究取扱者の資格)
「じゃあ、これからの流れを説明するね~」
オオバコさんは一転、真剣な表情に変わり、続けて説明を始めた。
「患者さんは、えっと、ハートバックスの団体と公務員の団体で、9人中8人が発症だってさ」
「ハートバックス……?」
(もしかして、アンズの職場か?)
そんな考えが一瞬頭をよぎるが、まずはオオバコさんの情報の中で、一番気になる点を確認することにした。
「1人だけ無発症者がいますね……どちらのグループですか?」
「公務員の方だよ。ちなみにね、君のお父様らしいよ?」
「えっ!」
(まさか、こんなところで父親の名前が出てくるなんて……)
「しかもお父様、すごくお怒りみたい。そりゃそうだよね~。飲食店に行って、周りの職員さんたちが次々と体調を崩すなんて、誰だって嫌だよ。ちなみに調査の依頼が来たのも、君のお父様からの通報がきっかけなんだって」
思わず、大きくため息をついてしまった。
(王位戦エントリーに向けて、両親から身上書をもらおうと思ってたけど、まさかこんな形で父親の名前が出てくるとは……。しかも、通報者だなんて。意外と正義感あるんだな……)
「安心して。無発症者にも調査はするけど、直接会いには行かないよ。メールでやり取りするだけ。実際に行くのは発症した人のところだけだよ。これから車で向かうね!」
「えっ。愛用のバイクじゃないんですか?」
「検体の回収もあるし、バイクじゃ載せきれないでしょー」
「なるほど……」
確かに、お店のどこに食中毒の原因が潜んでいるのかを突き止めるには、拭き取り調査をする必要がある。その拭き取り調査に必要な道具や検体も多いだろう。
「わかりました。午後2時から患者調査だから、移動しながら昼ご飯を探しますか?」
「そうだね〜! でも安心して。いつもの中華屋さんを予約しておいたから!」
「いいですね、それは。じゃあ早速、車に乗りますか? オオバコさんって車の運転、得意なんですか?」
「バイクよりはるかに苦手だけどね!」
「……」
「でも仕事だから頑張るよ!」
そう言いながら、二人で王立科学院を出て公用車に乗り込む。運転席に座ったオオバコさんが、アクセルを勢いよく踏み込んだ。
「えっ、ちょ、ちょっと待てお――!」
俺の声が虚しく響く中、勢いよく発進した。
(これは……大変だ)
「オオバコさん、事故らないように気をつけてください。事故ったら調査どころじゃなくなりますから」
「わかってるってば〜! じゃあ、中華屋さんにレッツゴー!」
(ニボルさんより、圧倒的に運転が荒い……)
心の中でそう呟きながら、俺は助手席に身を預けた。とはいえ、無事に恒例の中華屋に辿り着けたのだから、オオバコさんの腕前も捨てたもんじゃない。
「今日はお昼だし、定食にしよっか?」
「いいですね。ランチメニューなら、費用も抑えられますし」
「私は油淋鶏ランチにするわ!」
「俺は担々麺をお願いします」
「オッケー! 食べてしっかり体力つけとこう!」
オオバコさんは相変わらずせっかちで、メニューを選ぶとすぐに注文ボタンを押してくれた。普段は俺が気を遣うことが多いけど、今日は珍しく、オオバコさんの方からジャスミン茶を注いでくれた。どうやら彼女は話したいことがあるらしい。
(まぁ……こういう気遣い、悪くないな)
「アダム。君、10歳くらいから一人暮らししてたんだってね……君のお父様から聞いたよ。それと、君のことをよろしくって頼まれた」
「えっ……俺の父親と話をしたんですか?」
「うーん、そうだね。軽く話した程度だけどね?」
オオバコさんと俺の父親に何か接点があるのだろうか……?
そういえば、思い出した。俺の父親が家を買う前、オオバコさんはニボルさん家の隣に住んでたっけ……。
(いや、考えすぎだろうけど……もしかして……父親とオオバコさんって、付き合ってたりしないよな?)
ふと心の奥底に抱いた疑惑を晴らすため、意を決して聞いてみることにした。
「あの、オオバコさんって、俺の父親と……仲良しというか、親しい関係だったりするんですか?」
オオバコさんは驚いたのか、飲んでいたジャスミン茶を盛大に吹き出してしまった。
(……この前の研究取扱者会議のデジャブか?)
「何を言ってるんだー!」
彼女は珍しく声を荒げると、眉をひそめて続けた。
「恋仲なわけないよ! 私は純愛派だからね。妻子持ちの旦那さんに手を出すなんて、ありえないから!」
そう言い切るオオバコさんの表情は真剣そのものだった。そもそも、オオバコさんが純愛派だったとは……ちょっと意外だ。
「それは……大変失礼しました。ところで、俺の父親、オオバコさんに失礼なことをしていませんでしたか?」
父親は母親にモラハラをしていた人物だから、オオバコさんにまで迷惑をかけていないか少し不安になった。
「全く! むしろ管理職者として、土地開発の許可とかも積極的に出してくれるから、私としては助けてもらってるんだよねぇ。まぁ、研究取扱者の方がポジション上だから、当然といえば当然だけどさ」
なるほど……。つまり、オオバコさんの立場からすると、父親は役職上の指示をきちんとこなしている“良い部下”に見えるってことか。上司からは評価されているのかもしれないけど……下の立場の人からしたら、パワハラ系の上司でしんどいだろうなぁ。
そんなことを考えていた矢先、注文していたランチセットが運ばれてきた。
「担々麺は麺が伸びやすいから、とりあえず先に食べな」
オオバコさんが俺の方を見て、さらっと気遣ってくれた。その自然さに少し驚きつつ、箸を手に取る。
(そうだ……10歳の時に家を出されてから、両親には一度も会ってないな……)
でも、俺には両親がいなくても支えてくれた人たちがいる。
(ニボルさんたちがいれば、十分だ……)
それに、今は寮生活をしているし、過去のことを深く考えても仕方がない。
そう思い直し、気持ちを切り替えるためにも、麺を勢いよく啜ることにした。
<余談>研究取扱者試験については、1部の【研究取扱者試験編】にて、主人公が資格を取得する流れを執筆しております。