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ファンタジア・サイエンス・イノベーション〜第10王子:異世界下剋上の道を選ぶ〜  作者: 国士無双
第二部 【本論】第10王子、異世界下剋上の道を選ぶ
54/103

【バイトSOS編】研究者の手も借りたい

 とあるお昼休み。

 昼ご飯を食べ終わったタイミングで、アンズが俺・ケイ・サラの3人に明るく提案してきた。


「みんな、今日の放課後、ファーストフード食べに行かない?!」


 サラは即座に手を挙げる。


「行きたい! ぼく、この前行けなかったから……」


 すると、ケイが気前良く返事を返す。

 

「そっか! なら、サラの分はアタシが奢るわよ!」

「いいのー?」

「もちろん!」


(揚げ物が食べたい気分、わかる。でも、俺の分も奢ってくれたらもっと嬉しい……なんて言ったら怒られるよな。クレジットカードのように、ケイの奢りリストに永年登録できればいいんだけど……)


 そんな冗談を思いながら、「アンズ、俺も――」と言いかけたその瞬間、アンズのスマホから着信音が鳴り響いた。


「あれー?! 副店長からだ。今日バイトじゃないんだけど……」

 

 アンズは少し困った顔をしながらスマホを手に取り、電話をしに遠くへ行ってしまった。


 そして5分後――アンズは暗い顔をして戻ってきた。


「アンズちゃん、どうしたのー?」とサラがすかさず心配そうに尋ねる。


「大変なことになったかも……」とアンズはため息をつきながら話を続けた。


「バイト先の社員さんたちが、会食が原因で体調不良になっちゃって……全員、出勤停止なんだって。人手が足りないから、しばらく代わりに出てほしいって言われた。ごめん、今日は行けない……」


 サラはすぐに「大丈夫だよ! 」と返しながらも驚いた様子で、「大変なことになったんだね……」と優しく答える。


 一方、ケイは眉をひそめるどころか、「んじゃあ、今日の放課後はアンズのバイト先に行く?」と軽快に提案する。「いいかもー! ぼく、アンズちゃんのお店行ったことない!」とサラは目を輝かせる。


(アンズはまだ学生なのに、人手が足りないって……そのバイト先、大丈夫なんだろうか?)


 心の中でモヤモヤしながらも、俺はアンズに声を掛けることにした。


「アンズ、無理しないで。疲れたらちゃんと休憩を取るんだ……」

 

「ありがとう! 大丈夫、無理せず頑張るよ!」とアンズは少しだけ明るさを取り戻し、笑顔を見せてくれた。

 

 そして、放課後の鐘が鳴った瞬間、アンズは「行ってきますー!」と慌ててバイト先へ向かって行った。


「アンズちゃん、大丈夫かなぁ……。体調不良の人が多いって言ってたし」とサラが不安そうに呟く。

「心配よねぇ。じゃあ、アタシたちも向かいましょう!」とケイは(かばん)を肩にかけながら、すぐに行く準備を始めた。「アダム、あんたも行く?」と誘われ、一緒に行けたら良かったが、俺には一晩寝かせていた成分の実験結果を確認するという重要な作業があった。


「行くよ。でも、ちょっと実験の確認をしてから向かう予定。現地で会おう」

「 「りょーかい!」 」


 そう伝えた後、アンズだけでなく、ケイとサラもアンズのバイト先へ向かったようだ。

 なので、俺はすぐに部室――実験室へ移動した。ニコは……まぁ、ほとんど幽霊部員みたいなものなので、結局、今の部室は俺一人だけになった。

 

(こういう静かな部室も……たまには悪くないな)


 そう思いながら、机に広げたノートと器具を前にして、俺は独り言を漏らす。


「いやー、本当(ホント)退学にならなくてよかったなぁ……。こうやって、好きなだけ悠々と実験できる場所なんて、なかなかないからな〜」


 静まり返った部室に、自分の声が少しだけ響く。そんな心地よい静けさの中で、俺は黙々と実験結果を記載していった。


 

 ふと異世界転生する前の日々を思い出す――俺は大学の研究室で事務処理に追われ、残業漬けの毎日を送っていた。だから、こうやって夕方から実験に没頭できるなんて、あの頃の俺にとっては夢のまた夢だった。


(実を言うと、研究室の環境に嫌気が差し、一度だけ転職しようと決意して、とある都道府県に薬剤師枠で内定をもらったことがある……)

 

 なぜ公務員試験を受けたのか――より研究できる環境に没頭したかっただけでなく、ライフワークバランスを見直したかったからだ。だが、公務員という職種にはジョブローテーションがつきものらしい。俺の興味がある研究所に配属される可能性もあれば、申請書類の窓口業務を担当することだってある。


(窓口業務なんて、絶対に向いてないし嫌だ……)


 そんな率直すぎる理由で、結局俺は大学に残った。その結果、働きすぎて倒れ――いや、異世界転生する羽目になったわけだが。

 


 今こうして振り返ると、王立科学院で研究取扱者として活動する俺の立場は、公務員に立ち回りが近い気もする。順序よく昇進しているし、研究に集中できる環境も整っている。前世の自分と比べると、ずっと恵まれているのかもしれない。


 そんなことを考えながら実験結果をまとめていた時、スマホが振動した。画面を見ると、オオバコさんからの連絡だった。


「もしもし。オオバコさんですか?」

「ヤッホー! アダム、元気そうじゃん? 大変だったね〜、聞いたよ。バク閣下から」


 そうだ……思い出した。俺が退学処分になりそうな時、オオバコさんが例の盗聴器について、許可を申請してくれてたんだ。


「オオバコさん、その……ありがとうございました」

「えー? 何々ー? 急にお礼なんて言っちゃって……かわいいとこあるじゃん」

「いや、本当に。あの許可証がなかったら首の皮一枚どころか、完全にアウトだったと思います」

「ふーん、そうかもねぇ〜」


 そういえば……ふと気づいた。オオバコさんから電話がかかってきたのは今回が初めてだった。


「ところで、電話してくれるなんて初めてじゃないですか?」

「首の皮が繋がっただけあって、今日も頭の冴えは絶好調みたいだね?」

「そうかもしれません。オオバコさんの保護メガネのおかげで視界もクリアですし」


 ……あ、つい体に関する言葉遊びをしてしまった。


「あっはっは〜! そうだね。とりあえず、明日王立科学院で集合して、そこで話そうと思ってたけど、空いてるー?」

「明日は……学校ないんで、空いてますよ」

「わかったー! んじゃ、明日ね! 集合時間はチャットで送るね!」


 そう言い残し、彼女は電話を切ってしまった。相変わらず、ハリケーンのごとく、勢いがある人だ。


 オオバコさんとの電話を終え、実験の結果も一通りまとめたところで、アンズのバイト先へ向かった。やはり予想通りといったところだろうか……店内はとても忙しそうだった。入口には『人手不足のため、本日から短時間営業になります!』といった注意書きが貼られている。

 普段は5〜6人いる従業員も、今日はアンズを含めて2人しかいないらしい。それでも、アンズは笑顔を絶やさず、黙々と仕事をこなしていた。今日はドリンクを作る担当のようだ。一方、レジに立っているのは例の副店長だろうか? その姿はなんとなく頼りなく見えたが、アンズがフォローしながら店を回している様子が伺えた。

 

(アンズだけでなく、副店長も見た目が若いな……)


 そのレジ担当の女性は、白髪のボブヘアにピンク色の瞳をしていた。そして耳が尖っている――エルフ族だ。

 彼女もアンズ同様、明るい笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「お客様、こんばんは。ご注文はお決まりですか?」


 その声に気づいたアンズが、カウンター越しに俺へ手を振ってくれた。


「アダムー! 来てくれてありがとう! ケイちゃんたちはあそこら辺にいるよ~!」


 アンズの言葉に頷きつつ、ふとレジ担当の女性が驚いたように俺を見つめていた。


「あっ! もしかして……アダム・クローナルくん?」

「えっ。俺の名前を知ってるんですか……?」

 

 突然フルネームで俺のことを呼ぶレジのお姉さん。


「そっか! あなたがランプ市を盛り上げてくれたのよね〜。ワタシの名前はシンイ・フォレスト。このお店の副店長だよ! 以後お見知りおきを〜。アンズちゃんのカフェラテはとても美味しいのよ。さて、何を飲みますか?」

「それなら、カフェラテで……」


 『シンイ・フォレスト』――姓名があるから、もしかすると彼女も王族なのかもしれない。


「シンイさんは……第一王女なんですか?」

「えっ?! 違うよー! 第5王女だから、超下っ端だし、ペーペーだよ。それに、第一王女様が行方不明になったのって15年ぐらい前でしょう? ワタシ、25歳よ?」

「そ、そうでしたか……失礼しました」

「ふふっ、面白いね、キミ! アンズちゃんがキミのこと面白いって言ってたけど、その意味がよく分かったわ。さて、ちょっとここで待ってね!」


 そう言いながら、シンイさんはにこやかに次のお客さんを案内していく。


(すごいな……社交的で明るい王女様だ)


 俺はアンズが作ってくれたカフェラテを片手に、ケイたちのいる座席へ向かった。

 ケイだけでなくサラも、俺と同じようにカフェラテを飲んでいる。二人とも俺に気づいたようだ。


「アダムさん、実験お疲れ様!」

「アダム! あんたもカフェラテにしたのね」


 俺は軽く会釈しながら席に腰を下ろした。ケイは第4王女だ。さっき会ったシンイさんと王位が1つ違いのはずだが、彼女たちは知り合いなのだろうか?


「ケイ、ちょっと聞きたいことがあるんだ――」

「研究関係の質問ならお断りよ?」

「いや、王族のことだ。シンイさんが王女様なのは知ってるか?」


 ケイは驚きもせず、「もちろん」と即答した。


「フォレスト家って、昔から存在しているエルフの王族家だからとても有名よ。3兄弟いて、シンイさんが長女。あと、第7王子の長男と、第8王子の次男がいるわ。有名だけど、あんたもしかして初耳?」


 さすがケイは情報通だ。一方の俺はというと、そういった世情にはほとんど関心がなく、疎いタイプだ。


「初めて知ったよ。それにしても、あの二人体制でよく(さば)けてるな……。アンズが学生ということもあって、短時間営業にするって決断にしたんだろうな」

「事情はそれだけじゃないわ。長男さんが精神的に病んでるみたいで、シンイさんが通院をサポートしてるそうよ」

「そうか……」


(精神疾患――。俺が異世界転生前に働いていた研究室でも、同じような状況に陥った学生さんや職員を何人も見てきた。彼らが再び元気になるまでには時間がかかったけど、信頼できるサポートがあれば大丈夫、きっと乗り越えられるさ。それに、シンイさんのような存在がいれば、第7王子も心強いかもしれない)


 過去の記憶を回想しながら、俺はカフェラテを少しずつ飲んでいく。

 そんな俺に、ふとサラが声をかけてきた。


「アダムさん、明日はどうするの? ぼくは久しぶりにおじさんのところに帰る予定だけど……」

「俺は、明日王立科学院に行く予定。オオバコさんから呼ばれたからさ」

「オオバコお姉ちゃんが? 呼ぶなんて珍しいね。何か特別な用件でもあるのかな?」

「俺も詳細はまだ知らないんだ」


(やっぱり……珍しいことなんだな)


 ケイは俺らの会話に強い興味を示さず、軽い口調で言い放った。

 

「アタシも珍しく実家に帰る予定よー。アダム、がんばれー!」


 俺も久しぶりにニボルさんの料理が食べたいところだけど、明日はオオバコさんとの約束がある。仕方ない――。


 そう思いながら店が閉まる直前まで待っていると、バイト終わりのアンズがふらふらと疲れ切った様子で出てきた。


(かわいそうに……忙しかったんだな)


 だが、明日以降、彼女だけでなく、自分自身も忙しさに巻き込まれるなんて、このときはまだ想像もしていなかった。

【第5王女ことシンイさんの名前の由来】

生薬名:シンイ(辛夷)

効能:鼻づまり、鼻水

花言葉:「友情」「信頼」「歓迎」

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