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【研究取扱者試験編】論文提出〜匂い松茸味しめじ〜

【※用語補足】

成分分析せいぶんぶんせき:物質の中にどんな成分(成分=材料や要素)が入っているかを調べること。例えば、料理に「砂糖」「塩」「小麦粉」がどれくらい入っているかを測るイメージです。


・毒性の検証けんしょう:その物質が「体にどのくらい害を与えるか」を調べること。薬の研究や食品の安全確認で使われる用語です。


論文ろんぶん:特定のテーマについて、独自の仮説・見解・論理的な根拠を証明する文章。感想文や報告書とは異なり、客観的な事実やデータに基づいて作成します。


序論じょろん:論文の冒頭部分。「なぜこの研究をしたのか」「どんな背景があるのか」を説明するところ。読者に研究意義を伝えます。


先行研究せんこうけんきゅう:自分が研究するテーマについて、過去に他の研究者が発表している研究。論文の中で「過去にはこんな研究がありました」と紹介して、自分の研究の新しさや独自性を示すために使用します。


参考文献さんこうぶんけん:自分の研究や論文を書くときに参考にした本や資料。最後に「この本を参考にしました」という形でまとめて示します。

「女神様、試薬と実験道具を!」


 研究室での実験を開始した俺は成分分析(せいぶんぶんせき)や毒性の検証(けんしょう)を通じて食用キノコと毒キノコの違いを明らかにしていった。面白いことに日本で馴染みのあるキノコしかなかったため、調べるのは簡単だった。

 

 食用キノコはえのき・しめじ・しいたけ・まいたけ・なめこ・ひらたけ・きくらげ・まつたけの8種類。

 どれも美味しいから、あとでニボルさん家に提供する。

 

 一方、毒キノコはツキヨタケ・クサウラベニタケ・ドキツルタケ・ベニテングタケの4種類。

 ツキヨタケはしいたけ、クサウラベニタケはしめじ、ドキツルタケはまつたけに似ている。

 ベニテングタケは俺たちがこの前遊んだアクションレースゲームに出てくるキノコのモデルになっているくらい毒々しい見た目をしている。


 12種類のうち4種類は毒キノコだから、人間だと食べられない。確かにエルフなら毒に関係なく全部食べることができるのだから、種類の詳細までは知らなくてもいいよなぁ……と改めて思った。しかし、人間は死ぬ場合もあるからそうはいかない。

 

 全種類のキノコを特定し、名人に貰った地図を確認したところで、不思議に思ったことがある。

 毒キノコの生育場所がとある山の森林だけなのだ。どういう理屈でここに現れたのだろうか?

 

 仮説として、ここは異世界だから、魔法が関与している可能性もゼロではない。エルフ族による魔法の影響を受けて毒を持つのか、それともエルフの魔力が多く集まる場所でしか生成されないという環境要因によるものなのか。


(なんだろう……まるで、ファンタジー世界ならではの謎解きをしているみたいだ)


 気になりつつも考えていてはキリがない。理屈についてはエルフ族のオウレン先生に聞けばいい。そう思い立ち、俺はニボルさんの家を訪ねた。

 玄関を開けると、「こんにちは」という声が聞こえた。リビングに向かうと、サラが甘い香りのするクッキーをお皿に並べながら、笑顔で迎えてくれた。


「サラ、クッキーを焼いたのか?」

「うん! これから、アダムさん家に届けようと思ってたんだよ。来てくれてありがとう。一緒に食べよう?」

「あぁ。いただきます!」


 俺はオウレン先生に聞きたいことがあったが、とりあえず大好物のクッキーを頬張ることに。サラと一緒に味わっていると、ソファに腰かけたオウレン先生が、声をかけてくれた。

 

「アダムくん、私に質問があって、ここに来たんでしょう?」

「あっ、はい」


(オウレン先生って、俺の顔を見ただけで分かるんだよなぁ〜。次に理由を教えてくれるんじゃあないかな?「そうね」って言いながら)


「そうね。聞きたいことがあるって、顔に書いてあるわよ」

「オーちゃん! ぼくも思った! あっ、論文提出のお話じゃない?」

「ゴホッ!」


 その一言に、思わず咳き込むと、サラが「ごめんね! 大丈夫ー?」と慌てて飲み物を差し出してくれた。子供らしい気配りは微笑ましいが、10歳にして「論文提出」という言葉を理解しているなんて。オウレン先生も目を丸くしていた。

 

「サラちゃん! 図星(ズボシ)よ、それは……」

「へっ、そうだった?! でもアダムさんなら合格できるよ! ぼくも剣術検定(けんじゅつけんてい)、受かりたいんだ。頑張る〜!」

「おぉ……。一緒に頑張ろうな」

「うん! じゃあさ、焼き立てだから、一緒にクッキー全部食べよ?」

「あぁ」


 再び口に入れると、ほろ苦いココアの風味と甘さが広がる。甘いものを欲していた俺にとって、クッキーは最高のご褒美だった。

 

 完食すると、サラは「ごちそうさまでした! 二階で勉強してくるね〜!」と元気よく階段を駆け上がっていった。その小さな背中を見送りながら、俺はオウレン先生と目を合わせた。


「サラちゃんね、あなたに色々助けてもらったからって言って今日クッキーを作ったのよ。かわいいよねぇ」


 知らなかった。もしかしてサラは色々迷惑かけたと思って、気にしてしまうタイプなのだろうか? それに前から思っていたが、オウレン先生はサラのことをかなり溺愛(できあい)しているような……。


「そうだったんすか……むしろ、サラはかなり気を遣ってくれてる感じがします。そうだ。俺のこと、さん付けだし……」

「色々気配りができる子なのよ、サラちゃんは。あっ!さん付けしてるのには理由があるのよ。サラちゃん曰く、『この世界へ来る前に生きていた年数も含めるとぼくよりお兄さんだ! だからアダムさんって呼ぼう!』って言ってたよ。それでじゃない? でも敬語は使ってないから同級生だと思ってるし、名前だけでもって感じなのかもね。うちのサラちゃん、かわいい……。そうだ、差し支えなければ。あなた、ここに来る前は何歳まで生きてたの?」


 そういうことか。俺が異世界に来る前の年数も踏まえてくれて、年上だと判断したってわけか。面白い着眼点(ちゃくがんてん)だ。それにしても、やっぱり俺の予想は当たっていた。オウレン先生はサラのことを娘のように可愛がっているみたいだ。そんなオウレン先生は前世での俺の年齢を聞いてきた。俺も先生の年齢を知りたかったから、女性に聞くのは失礼かもしれないが、聞いてみることにした。


「35歳です、ちなみに先生は?」

「そっか……。えっ、私?! 32よ。私はエルフだし、まだ若いからね!」

「あっ、先生は20代でいけますよ」

「えぇー! 本当に」


 オウレン先生は喜んでいた。確かに見た目は20代っぽい。精神年齢はちゃんと32歳で大人なんだろうけど。お互いの年齢を知ったことだし、話を切り上げて、ランプ市の地図を取り出して質問を始めた。


「先生、すみません。この付近にだけ、毒キノコが生えていることがわかりました。何か理由があると思うんですが、わからなくて……」

「そうなんだ……。すごい、よくここまで分かったね。そうだ、『エルフのキノコ伝説』って児童書は読んだ?」

「あっ、それはサラの部屋に置いてあったので読みました」

「えっと、その物語の主人公はエルフの子でさ、外からやってきた悪者が住んでいた森を荒らして、動物たちを追い出そうとするじゃない。それで主人公が神聖なキノコを食べて、森を守るために立ち上がるってシーンがあったでしょう。その住んでいた森は……まさにその毒キノコの生えている場所がルーツなのよ」


「面白い」と素直に感想を述べる。児童書だけど、ちゃんと根拠があるとは思っていなかった。

 

「しかもその森がある【三族山(さんぞくやま)】って、ちょうど他の種族が住んでいる地域と境目なの。エルフ族以外にも鬼族と吸血鬼族が住んでたから、どう領土を分けるか大変だったんじゃないかな、昔は。そもそもこの国ってエルフは昔からいたんだけど……悪魔とか他の種族が増えてきて、土地の奪い合いが起きたのよ。でもエルフの人たちはその三族山(さんぞくやま)にはとても思い入れがあったの。だから、毒キノコが生えたんじゃないかしら?」

「わかりました。それって魔法の影響とか関係ありますか……?」

「まぁ、魔力の影響はあるかもしれないけど……その関係性については何もわかっていないわ。それに人間は魔力を持たないから、論文に書くとむしろ発表の時にツッコまれると思う。触れないほうがいいかもしれない」


 まさか、そこまでハッキリ言われるとは思っていなかった。


(どういうことだ。俺は魔法を使える。でも、それだけじゃ不十分ってこと? 魔力――魔法とは別のキーワードがあるのか)


 すぐに聞き返す。

 

「オウレン先生。魔法と魔力って……違うんですか?」

「えぇ、違うわ。魔法を扱える時点で、あなたはすでに才能がある。だけど、魔力は人間以外の種族が持つものなの。私自身、エルフで魔力を持っているから、詠唱せずに魔法を使えるわ。その話って聞いたことある?」

「あー……。そういえば、サラと一緒にパソコンで調べたときに、人間は道具を使って口頭(こうとう)で魔法を唱える必要があるって書いてあった気がします。そういうことだったんですね……。人間にとって、この世界は生きづらい世の中ですなぁ〜」


 何が平等社会だ。

 女神様はどうして俺をこの世界に導いたのだろうか――人間として。

 ふと視線を落とした俺を見て、オウレン先生は「こっちを向いて」と真っ直ぐ言った。


「でも、アダムくんには誰も真似できない研究者としての好奇心と探究心があるじゃない? だからこそ、今回の試験であなたの素晴らしさを他の種族にも知ってもらいたいの!」


 珍しくオウレン先生が熱弁(ねつべん)している。そこへ「ぼくも!」とサラがひょこっと現れる。どうやら途中から話を聞いていたらしい。


「人間だからって気にすることないよ! 大切なのは自分が何をしてきたかでしょう? だって、ぼくはアダムさんを人間だとか王子様だと意識したことないもん!」

「確かに。サラの言うとおり、個人の行動や性格が重要ではある。それでも、種族や歴史的な背景を完全に無視することはできないんだよ……」


「そっか……」と言って、『アドバイスしたけど、ちょっと的外(まとはず)れなことを行ってしまったのかな……』という表情をして(へこ)むサラ。そんなサラの様子を見て、オウレン先生は膨れっ面で俺を(にら)んでいた。


(しまった、俺の言い方が悪かったかもしれない……)


「いや、俺のことを分かってくれてそう言ってくれたんだろう。それに今日、二人からいいアドバイスを(もら)ったから、それを発表で積極的にアピールしたいと思う」

「そうね……!サラちゃん、私たち良いこと言ったわ!」

「本当にー?! それなら良かった!」


 そんな感じでオウレン先生とサラを(なだ)めてから、家に帰った。


 オウレン先生から、人間はそもそも魔力を持っていないという背景を知ったため、論文には魔力のことは触れない方向で作成することに決めた。残念ではあるが、エルフ族の歴史を理解できたので、そういった背景を書いていければいいと切り替えることにした。そして、キノコ全種類の特定もできたことから自分の実験研究に関して、いよいよ論文の執筆(シッピツ)に入った。


 まずは序論(じょろん)を執筆し、続いて各章を段階的に書いていく。この過程で、参考文献(さんこうぶんけん)からの引用(インヨウ)を用いながら、自分の研究がどのように先行研究(せんこうけんきゅう)と異なるのか記述していくことにした。まぁ……キノコの研究してる人間はこれまでにいなさそうであった。文献(ぶんけん)とか見ても、エルフ族しかいない。


(だから、あのキノコ名人は俺のことを見て感動したってわけね)


 逆にいうと……エルフ族以外の種族にはなかなか理解されにくいかもしれないため、「序論(じょろん)はしっかりと背景を説明しておかないとな〜」と思いながら、集中して文章を構成していった。単なるキノコの種類について述べるだけでなく、エルフ族の人々が支えてきた自然と歴史の共存についても触れることにした。「この研究が、エルフの文化と人間との関係を変えるきっかけになるかもしれない」と思いながら、俺は論文を完成させ、無事提出した。あとは1ヶ月後の試験に向けて、研究発表の準備を開始した。


(はぁ、なんとか論文を書き終えた。あともうちょっとだ……!)

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