【王位戦エントリー編】悪魔族の王子とは、絶対に結婚するなよ ※ケイ視点
【※注意】主人公ではなく、第4王女・ケイちゃん視点です。
「どう? ビジネスはうまくいってるのかい」
「はい。キハダ様に教えていただいた流通ルートを確保できたおかげで、大助かりですよ」
「それは良かった」
しまった……。アタシは内心で舌打ちした。
キハダ理事長から情報を引き出してやろうと思っていたのに、先手を打たれてしまった。
今のアタシたちは重厚なカウンター席に並んで座り、目の前ではシェフがお肉を焼いている。
しかもこのシェフ、キハダ理事長の顔馴染みだからか、仕事の話ばかりで隙がない。
(この雰囲気じゃあ、とてもじゃないけど暗い話なんて切り出せないじゃないッ!)
アタシはウズウズしながらも、結局、目の前の豪華な料理には勝てず、舌鼓を打った。
「う〜ん! 全部美味しいわねっ……!」
「左様ですか。王女様にそうおっしゃっていただき光栄です」
シェフが恭しく頭を下げた。
「あら……? アタシ、王女だと名乗っていないはず……」
「私が前もって連絡した時に伝えておいたんだ」
キハダ理事長が即答した。
「お気遣い、どうも……」
「当たり前のことをしただけだよ。最近、王子たちが狙われているんだ。君の身の安全を考えれば、この配慮も当然ってわけだ」
「へぇ……かっこいい。スマートね。恋人ができるのも納得だわ」
「おいおい……」
アタシがおちょくると、キハダ理事長は苦虫を噛み潰したような顔をした。
一方で、シェフはポカンと口を開けて固まっていた。
「あら? 刺激が強すぎたかしら」
「いえ……知りませんでした。キハダ様にお付き合いされている方がいらっしゃるとは。今度、ぜひご紹介を……」
「そうだな。だが、前もって伝えておくよ。私の恋人は同性のエルフ族だ。それでも、構わないかな?」
問いかけではあったが、理事長の眼光は鋭く、拒絶を許さない気迫を漂わせていた。
(うっわ……。ギラギラしてる。本当にオウレン先生のことが大切なのね……)
「キハダ様、そんな猛獣のように睨まないでくださいませ。我々はこの店で、あらゆる事情を抱えたお客様を見てきました。差別などいたしません。ただ、お客様が笑顔で、楽しく食べてくれること。その一心で技を磨いてきたのです。実際にこのことを教えてくださったのは、他ならぬキハダ様。あなたですよ」
「素晴らしいわね!」
シェフの言葉から溢れる尊敬の念に、アタシは胸を打たれた。
キハダ理事長も、少しだけ目元を緩ませる。
「ありがたいね。今度、彼女を連れてくるよ。やはり私は、エルフ族と縁があるらしい……」
「えぇ。キハダ様、昔からそうおっしゃっていましたね」
「あぁ。エルフ族のおかげで私は生き延び、今こうして自由に生きていられる。世間は彼女たちを弱小種族だと言うけれど、私は決して思わない。彼女たちの心は、高潔だよ」
水のグラスを眺めながら、「運命とは不思議なものだ」と呟くキハダ理事長だったけれど、ふと顔を上げてアタシを真っすぐに見つめた。
「ケイさん。君は……恋人がいるのかい?」
「アタシはフリーよ。婚約者もいないけれど?」
「ふーん。なら、私からひとつアドバイスをしよう」
理事長は水を一気に飲み干すと、凄みを利かせた声で言い放った。
「ケイさん。悪魔族の王子とは、絶対に結婚するなよ」
(あぁー、そういう忠告ね……)
あまりにも直球すぎる発言に、逆に拍子抜けしてしまった。
「わかってるわ。メタノの件でもう懲り懲りだもの」
「そうか。そういえば、その第9王子。謹慎が明けたのに、いまだに登校していないらしいね」
「ウソ! それは初耳だわ……」
アイツのことだから、反省もせずに、特別科でふんぞり返っているに違いないと思っていた。
「王位戦に向けて、裏で何か企んでいるのかもしれない。これだから、悪魔の男は……。すまない、少し席を外すよ」
膝に掛けていたナプキンを丁寧に畳み、テーブルの端に置いた彼女は、そのままお手洗いへ向かった。
珍しい。
ここまで嫌悪感をあらわにするキハダ理事長なんて、なかなかお目にかかれない。
「王女様。キハダ様のことを、どうかよろしくお願いいたします」
突然、シェフがストローの挿さったコーラを出してくれた。
何から何まで計画的なあの理事長のことだ、アタシの嗜好までしっかり伝えておいてくれたらしい。
「えぇ、もちろんよ!」
「嬉しいお返事、ありがとうございます。キハダ様は厳しく見えるかもしれませんが、本当は誰よりもお優しいお方なのです。王女様には、自身と同じような苦しみや、嫌な目に遭ってほしくないのだと思います」
「わかってるわ。融通が利かないところはあるけれど」
――彼女の実行力とストイックさは、アタシから見ても最高にかっこいい大人だと思う。
(まぁ、本人には絶対に言わないけどね!)
そう思った矢先、アタシの頭にぽんと温かい手が触れた。
「おいおい。私のことを頑固者だと言ったのは誰かな?」
「ち、違いますっ! 褒めてるわよ!」
「それはどうも。じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「はーい! ご馳走様!」
嬉しいことに、今日の会計はキハダ理事長の奢りだった。
その上、彼女はアタシを助手席へエスコートした後、運転席に座り、慣れた手つきでナビを操作していた。
「女子寮前まで、責任を持って送るよ」
「えー、いいんですか?」
(正直、彼氏にしたいくらい、理想のエスコートだわ〜。そこらの王子様よりずっと紳士的!)
浮かれていたアタシは、帰りのドライブも楽しもうとしていた。
だがその時、車内に着信音が鳴り響いた。
「もしもし……はぁ?」
三コール以内に電話に出たキハダ理事長の顔が、一瞬で強張った。
「何を言っているんですか。元教頭先生」
「教頭っ?!」
アタシは身を乗り出した。同じ王族でクラスメイトの双子がやられた、あの事件。
事件を起こした本人からの電話を見逃せるはずがない。
「シーッ!」
「静かにしろ」と言わんばかりに、キハダ理事長は口元に指を当てた。
でも、諦めが悪いアタシは強引に、通話の音声に耳を澄ました。
『助けてくれ! 殺され――ッ!』
プツン、とすぐに回線が切れた。
「何よコイツ! 最悪のタイミングで切れたじゃない!」
「まさか……。ケイさん、悪いが急いで君を女子寮に送るよ」
アタシには、彼女の声がいつもより覇気を失っているように思えた。
事実、ハンドルを握ろうとする彼女の細長い指先が、震えていた。
「もしかして、キハダ理事長。アタシを送った後、一人で教頭の所へ行くつもり?」
「君には関係ないことだ。大丈夫だから」
聞く耳を持たない。
責任感の強すぎる大人だから、一人で地獄へ飛び込むつもりだ。
こうなったら、強引にでも付いていくしかない。
「大丈夫じゃないわ。キハダ理事長とアタシは、関係あるでしょう?」
「ケイさん……」
彼女は顔に出さない。
それでも、その瞳はいつもと違って、どこか不安そうだった。
「その震えている状態で運転するのは危ないわ。アタシが代わりに運転しようかしら? 未成年だけど」
「何を言っている!? 冗談はやめなさい!」
「なら、取引よ。アタシは運転しない。だから、アタシを寮に送る前に連れて行ってちょうだい――元教頭先生のところへ」
キハダ理事長は渋っていた。
だけれど、アタシの決意が揺るがないことを悟ると、彼女は諦めたようで、無言でアクセルを踏み込んだ。
行き先は、女子寮ではなく――黄泉路の始まりとも言える場所だった。




