【王位戦エントリー編】序の口なんだよ……【※】
【※注意】
ショッキングな過去描写が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
「忘れられない。今から二十年前の話だ。当時、キハダくんは第2王女だった」
「第2王女……。そういえば、キハダ理事長は『仲良くしている王族なんて一人もいない』と言っていましたが、何かトラブルでも?」
「胸糞が悪い出来事があったのだよ……」
バロさんは自身の手首を白くなるほど強く握りしめ、背中の羽を苛立たしげに震わせながら、話を続けた。
「私と同じ悪魔族の王族が、キハダくんを襲った。あろうことか、彼女の子宮を魔法で強制摘出しようとしたんだ」
「――ッ!」
息が詰まる。
同意を得ることもなく、命を宿すための臓器を強奪するなんて、狂気じみている。
前世で女性だった記憶があるからこそ、その尊厳を踏みにじられる恐怖が、嫌というほど分かる。
想像しただけで、虫唾が走った。
キハダ理事長が、そんな地獄のような被害に遭っていたなんて。
恐ろしい話に体が竦みそうになったが、今の俺は王位戦に挑み、この世界を救うと女神様に誓った研究者だ。
最後までバロさんの話を聞くべきだと、気持ちを切り替えるように深呼吸をした。
「すまないね、アダムくん。聞くだけで身の毛がよだつ話だが、幸いにも未遂に終わったんだ」
「……救ったのは、さっきの写真に写っていた赤髪のお医者さんですか?」
「そうだ、ロイドが発見した。でも、最初にその異変に気づいたのは、彼のもとで研修中だったエルフ族の女学生だったんだよ――」
バロさんが語った過去は、あまりに不気味で、聞いているうちに憤懣やるかたない思いで満たされた。
当時、第2王女だったキハダ理事長は、極秘で王族直轄の病院を訪れていた。
初めての出産を控えた王妃様に、サプライズで挨拶したいと思っていたからだ。
だが、第2王女は知らなかった。
悪魔族の男が、魔力で気配を消しながら、執拗に彼女の後をつけていたことを。
彼は病院内で「奇遇だね。お茶でもどう?」と偶然を装って接触し、年上の王族という立場を利用して、第2王女を路地裏へ連れ出した。そこで彼女の首を絞め、魔力を封じて失神させた。
そのまま、意識を失った王女をぎこちない手つきで運び込もうとしている男の姿を、偶然、昼休み中の女学生が目撃していた。
当初、女学生は「貧血で倒れてしまった女性を介抱している」のだと思ったが、王女の首に残った生々しい絞痕を目視して、明らかに許しがたい凶行が起きていると判断した。
女学生はすぐさま、指導医であるロイド氏の休憩室へ駆け込んだ。
「ロイド先生、お助けくださいっ!」
女学生の尋常ならざる様子から、ロイド氏は大急ぎで病院の受付を確認した。すると、昼休みのわずかな時間に、特別個室が不自然に予約されていることを知り、医師としての危機感を抱いた。
最悪の事態――殺人を想定したロイド氏は、女学生を休憩室に待機させ、単身で個室へ踏み込んだ。
そこでロイド氏が目撃したのは、魔法のメスで第2王女の腹部を切り裂こうとしていた、外道と化した悪魔族の姿だった。
「恐ろしい。もし、その女学生が見つけていなかったら……」
「抜き取られていただろうね」
「その外道はどうなったんですか?」
「法律家として、私が死刑判決へ持ち込んだ。なのに、ヤツは収監から半年も経たずに、自害したよ」
「えっ、自害? でも、王族の死刑囚なら厳重に監視されていたはずです。その監視下で、簡単に命を絶てるものなんですか?」
拍子抜けするほどの、あっけない結末に納得がいかず、俺は聞き返した。
「私も君と同じ疑問を抱いているよ。ヤツは亡くなる直前、刑務所で面会に来た息子と会話をしていたらしい」
(ん? ちょっと待てよ、息子がいるってことは)
「バロさん。その加害者は既婚者でありながら、第2王女に手を出したんですか……」
「あぁ。しかし、自害されてしまった以上、真相は闇に葬られたままだ。私は今でも後悔しているよ。もっと早く処刑しておけばよかったと。この一件を機に、私とキハダくんは王族の地位を捨てる道を選んだ」
「はぁ……あまりにも後味が悪い……」
「アダムくん。まだ、序の口なんだよ……」
背中の羽をポリポリと掻きながら、バロさんはまたしても、衝撃の事実を告げた。
「その五年後、二人の重要人物が亡くなった。ロイド氏。そして、亡き王妃・レンゲ様だ」
「レンゲ様まで……」
「彼女は、私たちが目指していた『種族の垣根をこえた研究所』の設立を、誰よりも熱心にサポートしてくれた恩人だった。事業計画も完成し、夢が形になる寸前だった。しかしね、彼女の死後、計画は白紙になったんだ」
先ほどバロさんが口にした「強大な王族の闇」によって、彼らの夢は破れてしまったようだ。
しかし、腑に落ちない。
誰がロイド氏とレンゲ様を殺した?
キハダ理事長を狙った実行犯は、もうこの世にいない。
本来なら、二人は生きて、今頃、世界を変えていたはずなのに。
(あっ……もしかして……!)
「例の死刑囚の、息子は……?」
「生きているよ」
「刑務所に?」
「いや、息子は犯人ではない。父親の自害をきっかけに、彼は世捨て人のように研究に没頭していると聞いているが」
「じゃあ、一体誰が! 誰が、レンゲ様たちを殺したのですか?!」
らしくない。自分でも驚くほど、声を荒らげた。
レンゲ様が生きていれば、バロさんたちの夢は叶い、この世界の理不尽も少しはマシになっていたはずだ。
俺の叫びに応えるように、バロさんの漆黒の羽が渦巻く。
急速に視界が墨を流したように真っ黒に染まり、深い闇に飲み込まれていく。
思わず目を閉じた瞬間、口の中にサクッとした食感と、優しい甘みが広がる。
(この感触……)
目を開けると、俺の口元にはバロさんの手によって、アンズの手作りクッキーが運ばれていた。
「これ以上は踏み込んでいい領域ではない。君は、アンズと共に夢を叶えるんだ。王位戦の対策は明日から始めよう。さあ、おやすみなさい……」
バロさんがパチン、と指を鳴らす。
その乾いた音を合図に、俺の体は宙に浮いた。
そして、気がついたら、俺は書斎ではなく客室のベッドの上に、大の字になっていた。
「残念……知りたかったのに……」
天井を見上げて、ムッと唇を尖らせる。
不本意ではあったが、今回は引き下がることにした。
バロさんの言葉には、「これ以上語ってしまえば、君の命が危ない」という警告と、不器用だが情に厚い親心を感じ取ったからだ。
それに、俺が王位戦で勝ち、研究所を設立すればいい。
バロさんたちの夢を、俺が継ぐ。
俺は手元のタブレットを抱きしめながら、眠りについた。
<余談>ロイド氏の名前の由来
・ロイド→血液凝固阻止薬【ダナパロイド】から




