【王位戦エントリー編】今日、君にその全てを話そう
「アンズ、ありがとう。これって……」
「詳細はお父さんから聞いてね! じゃあ、おやすみなさい〜♡」
アンズはプレゼントを俺の手に押し込むと、俺とバロさんの前で投げキッスをして、そのまま嵐のように走り去ってしまった。
(萌え、萌えキュン。脳内報酬系が刺激されて、ハートマークのドーパミンが一気に放出された感覚。なんてこった。このドバドバな感じ、特効薬とでも言えるのだろうか……)
アンズの破壊力に見惚れていた俺は、手元の、明らかに高級そうなタブレット型コンピューターに目を落としたところで、バロさんへのお礼を言い忘れていたことに気づく。
「あっ、ありがとうございます。バロさん」
「構わないさ。アダムくんは研究者だから、こうした端末には見慣れているかもしれないが。それにしても、今日も我が娘は花のように美しいな……」
「えぇ、そうですね……」
実際、この世界に来る前――前世では、実験データの解析やレポート作成のたびに、片時も手放さず使っていた。だからこそ、手のひらに伝わるタブレットの重みは、久しぶりに頼れる相棒と再会したようで感慨深い。
「このタブレットは特注品だよ。理事長先生を経由して、信頼できる研究者たちに極秘で開発を依頼していたんだ」
「特注、ですか?!」
「お気になさらず。娘から聞いたよ。君はいつもメガネを媒体にして魔法を使っていたが、今は事情があって使わなくなったと。『お父さん、アダムに似合う最高のアイテムはないかな?』と、大事な娘から相談を受けたら、親として動かないわけにはいかないだろう?」
娘のことが大好きなのはわかる。
だけど、幼馴染の俺にまで、特注でプレゼントを用意してくれるなんて……。
「太っ腹すぎませんか? もしかして、俺に何かしらの対価を求めているのですか……?」
捻くれ者らしく茶化してみると、どうやら俺の予想は当たっていたらしい。
バロさんは軽く咳払いをして、ある条件を提示した。
「アダムくん。私からは二点、君に託したいことがある。まずは、娘を見てやってほしい」
「アンズを、ですか?」
「あの子は今、歌声を失っている。歌いたいのに、歌えないんだ」
「えっ……」
絶句した。
素直で、いつも明るく俺を支えてくれるアンズが、歌えないという苦しみを一人で抱えていたなんて。
「先日、ザダ校の生徒さんが交通事故に遭っただろう。あの日以来、娘は自責の念に駆られているようだ」
「そんな。アンズは何も悪くないですよ」
「あぁ。それは私も知っている。娘が抱えているのは、精神的な問題だ。いわば、イップスのような状態なんだ。だからこそ、アンズが誰よりも信頼している君にお願いしている……」
先ほどまでの淡々とした表情は消え、今のバロさんは、痛々しいほどに娘を案じる父親の顔をしていた。
俺は手元の端末を握りしめながら、アンズへの思いを口にした。
「わかりました。俺はアンズと、彼女の歌のおかげで、夢に向かって前進できています。いつも助けてもらっているので、今度は俺が、彼女の歌声を取り戻す番です」
「……あぁ。娘を頼んだぞ」
「はい。それで、二点目はなんですか?」
「その件だが、早速タブレットを起動してごらん」
「わかりました」
バロさんの指示に従って、俺はタブレットの電源を入れる。
「うわぁ……」
(こういう、新品のデバイスに電源を入れる瞬間って、何度経験してもワクワクするんだよなぁ〜)
だが直後、別の意味で、心臓が飛び出しそうになった。
起動音と共にデスクトップ画面に現れたのは、ある食事会の風景を写した一枚の写真だった。
中央で堂々と座っているのは、すました顔のキハダ理事長。
その左隣には、ワイングラスを片手に、思案に耽るバロさん。
二人の間には研究者のオオバコさんがいて、楽しげな雰囲気は伝わるが、残念ながら彼女は立ち上がっているせいか、口元から下しか写っていない。
そして、キハダ理事長の右隣には、研究者のニカさんが並んでいた。
まとまりのない、いかにも個性豊かな面々だ。ここまでは、俺の知っている大人たちである。
問題は、ニカさんが大切そうに抱えている写真立ての中の人物だった。
ストロンチウムの炎色反応を思わせる、鮮やかな真紅の髪。
知的なメガネをかけたその紳士は、どこかバロさんに似た雰囲気をしていたが、その眼差しは柔らかい。
この人物を、俺は知らない。
なのに、彼の紅い右目には、強烈な見覚えがあった。
馬好きの少女、イブと同じ――「3」の数字が刻まれていた。
(この男とイブは、血縁関係なのか……?)
「どうしたんだ、アダムくん。顔色が悪いようだが?」
「……い、いえ!」
危うく「イブ」と名前を口にしかけて、慌てて取り繕う。
彼女とは約束をしている。
右目のことも、出会ったことも、決して口外してはならない。
とは言っても、この写真の人物については、どうしても気になってしまった。
「ニカさんが持っている、この写真の人物は?」
「彼は王族でね、誰よりも優秀な医者だった。だが、優秀すぎた。だから、このメンバーの中で、彼だけが殺されてしまったんだ」
「……殺された?」
「しかも、亡くなった時は無惨な姿だったよ。右目を抉り取られていた」
予想だにしなかった凄惨な事実を知り、思考が激しく掻き乱された。
抉り取られた右目。
イブの右目に宿る「3」の瞳。
誰が彼を殺し、その瞳を少女に移植したのか。
暴走しそうになった俺の思考を、バロさんの低い声が引き戻した。
「アダムくん。この写真に写っているのは、君が持っているタブレットの考案者と開発者たちだ。君には王位戦で勝ってほしい。研究所を作るという夢と、誰もが平等でいられる未来――私たちの果たせなかった願いを、君に叶えてほしいんだ」
「バロさん、どうしてそこまで……」
「私たちも、かつて君と同じ夢を見ていた。特に、私とキハダくんは、王族として、なんとしてでも理想を実現するつもりでいた。だが、その行く手を阻む『強大な王族の闇』に、私たちは敗北した。今日、君にその全てを話そう」
バロさんは怒りを表情には出さない。
だが、その背には、力強い漆黒の羽が広がっていた。
今回も最後までお読みいただきありがとうございます!
本編でアダムの脳を直撃した「萌えの衝撃」ですが、医学的に言うと「報酬系(ドーパミン経路)」が過剰に活性化した状態です。
ドーパミンは「期待」や「喜び」を感じた時に放出される神経伝達物質ですが、アンズの投げキッスのように強い刺激を受けると、脳内は一気に多幸感で満たされます。
アダムが「特効薬」と感じたのも、あながち間違いではありません。
……もっとも、その後のバロさんの話で、アドレナリンの方に切り替わってしまったようですが。
いよいよ語られる過去と真実。
アダムはこの理不尽にどう立ち向かうのか。
次回もよろしくお願いいたします!




